デウス・エクス・マキナ (4)

 ドングリから誕生した人間の男はぼーっとした顔でこちらを見ていた。ハヤトがおそらく「言の葉」というやつを入れたのでしばらくしたら話ができるようになるだろう。


 マヤコは辛抱強くその時を待った。ここへ来て初めて自分と認識を共有できると思われる者が現れたのだ。早く彼と話がしたかった。

 男の視線がようやく定まってきた。


 「驚かせてすまなかった。俺の言っている言葉はわかるか?」


 そう言ってドングリの男性に最初に話しかけたのはハヤトだった。


 男が頷いたのを確認すると、白衣の少年が続けて質問をした。


 「君は今、大きくなってあそこから出てきた。どうやって出てきたのかわかるか?」


 男はきょとんとした顔でハヤトと先生を交互に見ていた。的を得ない質問をぶつけている先生を押しのけて、マヤコはへたり込んでいる男性の前に膝をつき話しかけた。


 「大丈夫?私は篠崎マヤコ。高百大学の学生です。あなたは?」


 男性の表情がパッと晴れた。


 「僕は神田ヒロシ。君の大学の近くの玉田エレクトロニクスに勤めている。ここはどこだ?」


 マヤコは自分が知っている限りの情報を神田ヒロシに話した。クローンのことやハヤトのことは説明ができなかったので先生に説明してもらった。神田ヒロシは多少なりともクローンについての知識があるようで、マヤコより飲み込みが早い様子だった。


 説明が終わると、神田ヒロシはマジマジとジオラマを観察した。彼はまだ、ハヤトがヒト型を作るところを目の当たりにしていないので、自分がドングリからできたと言うことはどうしても信じられない様子だった。


 無理もない。マヤコだって自分がドングリだった可能性は否定しないものの、実感は全くないだから。


 そんな迷える新人類の困惑には無頓着な先生の興味は、もっぱら「二人がどうやって大きくなったのか」であった。

 マヤコと神田ヒロシは、何度もここへ来る前の状況について説明する羽目となった。


 二人の経緯は若干異なっていた。


 マヤコの場合は、突如として現れた謎のジオラマを見ていたら、時間が飛びはじめ、やがてジオラマの人形が動きだしたと思ったら、その通りの情景が目の前に出現し今に至る。


 神田ヒロシは、家の中に謎の黒い球が出現し、割れ、流れ出てきたスライム状のものを触っているうちに無意識に人形を作ってしまい、それが動きだしたのを見ているうちにこうなったと言う。


 神田ヒロシが見ていたジオラマは、美しい庭園のようなところで、二体の人形が何かしていたそうだ。


 その様子からして、さきほど小屋の外でハヤトがドングリからヒト型を作り、それをマリナが拾い上げていたシーンなのではないかとマヤコは推測していた。


 そのドングリのヒト型は、後の神田ヒロシ本人なわけで、彼は自分自身が創られるところを見ていたというのか?考えれば考えるほど、マヤコの頭はこんがらがってくるのだった。


 しかし、マヤコも神田ヒロシも直前にジオラマを見ていたという共通点ははっきりしている。


 あちら側ではこちら側がジオラマで、こにらではあちら側がジオラマなんだ。このカラクリの仕組みがわかれば、双方を行き来する事ができるかもしれない。


 マヤコは元いた世界に帰れるかもしれないという密かな期待を抱き始めていた。


 「なるほど。今その中にいるヒト型たちを大きくする方法はすぐにはわからなそうだな…。しかし、新規で創ったやつは、今の方法で人間にできそうだな。ハヤト、もう一人作ってみてくれないか。今度はドングリ以外で。」


 先生はマヤコたちがどれほど混乱していようとお構いなしで、実験を続けるつもりらしかった。その感じにマヤコは少々反発心を抱き始めていた。

 マヤコたちの生みの親であるハヤトは、不憫な二人を多少なりとも気遣ってくれているらしく、こう言った。


 「お前たち、大丈夫か?先生は続けるつもりみたいだけど。」


 マヤコは神田ヒロシを見た。神田ヒロシはヒト型を作るところを見せて欲しいと言った。

 ハヤトは頷くと、小屋の中を見渡し、テーブルの上に無造作に置かれていた何かのキャップを見つけると拾い上げ、手の中でしばらく転がしていた。


 しかし、いつまでたってもヒト型は出現しなかった。ハヤトはおかしいな…と呟きながら、今度はその側にあった消しゴムのようなものを拾い握った。


 しかし、そこからもヒト型は出現しなかった。手に持っていた消しゴムを投げ捨てると、ハヤトは両手のひらを先生に向けた。


 「だめだ先生。ヒト型ができなくなった。」


 「なんだ?ハヤト、こんなタイミングでスランプか?」


 ハヤトは黙って肩をすくめた。

 と、その時、ジオラマの方から何やら騒がしい音が聞こえてきた。


 スガガガガァアァ〜

 ビィイィヒャラララァアァ〜


 何か機械的なノイズのような音だ。


 何事かと見に行くと、ジオラマのちょうど中心あたりの建物の屋上から、奇妙な装置のようなものが天に向かってズルズルと伸びて来ているところだった。

 例の音はその装置に括り付けられたスピーカーから聞こえているようだった。

 その場にいる全員が音を発している装置に注目すると、そこには先ほど妙な踊りを踊っていた鳥人間が立っていた。


 鳥人間がこの装置を操作しているようだ。

 やがてスピーカーのノイズが小さくなり、声が聞こえてきた。


 「聞こえますか、聞こえますか、我らが創造神よ。そちらに我が同胞、神に触れた能力者、篠崎マヤコと神田ヒロシを送り込みました。聞こえますか?聞こえますか?聞こえているならどうぞお声を!」


 鳥人間に自分の名前を呼ばれマヤコはゾッとした。


 「あいつはいったい何なんだ?知り合いか?」


 先生がマヤコたちに詰め寄った。当然マヤコも神田ヒロシも、あんな奴は知らなかった。

 スピーカーからの声は続く。


 「どうぞお返事を!聞こえますか?聞こえますか?」


 鳥人間がひっきりなしに呼びかけてくるが、誰もどうしたらよいのかわからないで、全員が黙ってしまった。


 「あれ?この周波数であってる?ちょっと?聞こえてますか?」


 鳥人間の口調が急に自信なさげに変わってきた。


 「あの?お返事を!もしもし?創造神?ハヤトさん?」


 「え?俺?」


 急に名前を呼ばれて、ハヤトは困惑したように返事をした。


 「あ!ハヤトさん!よかった!俺ですよ!ナミヲですよ!」


 「え?誰?」


 「私にこの世を知る知恵を授けてくれたじゃないですか!あの頭の中がバリバリ剥がれるやつ!」


 その感覚にマヤコは覚えがあった。言の葉だ。

 ハヤトも同じことを思いついたようだ。


 「もしかして、あいつは、昨日、言の葉を入れたヒト型のうちの一体なのかも??」


 ハヤトは先生に向かって言った。


 「昨日、四体のヒト型に言の葉を入れたんだ。結果はいつもと変わらず、みんなすぐに捻れて死んでしまったと思ったんだけど…。」


 「なぜお前は黙ってそういうことをやるんだ?」


 「ハヤトさん!ハヤトさん!聞こえますか?」


 ナミヲと名乗った鳥人間は、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、ハヤトを呼んだ。


 ハヤトの作るヒト型は、どれもだいたい親指サイズで、子供が作った粘土細工のような不恰好な形をしている。

 鳥人間…ナミヲは、だいたい平均的なサイズをしているが、他のヒト型よりもリアルな細かい作りになっていて本当に小さい人間がそこにいるかように見える。


 「ナミヲ、君はそっちにいるヒト型たちを大きくする方法を知っているのか?」


 先生がジオラマに向かって声をかけたが、ナミヲには先生の声は聞こえないようだった。


 「ハヤトさん!ハヤトさん!早く!早急に篠崎マヤコと神田ヒロシを活性化してください。」


 鳥人間ナミヲは先生を無視して話し続けた。彼にはハヤトの声しか聞こえない様子だ。

 ハヤトはあまり乗り気でない様子だったが、自分だけが対応可能だと認めて、渋々ナミヲとの会話を始めた。


 「おい、ナミヲ?活性化って何だ?」


 「あれですよ!知ってるはずですよ!楽園の食べ物を口にすればよいのです!」


 「お食い始めか!」


 先生が口を挟んだ。どうやらナミヲの言う活性化に心当たりがあるようだ。ハヤトに会話を続けるように促す。


 「ナミヲ?活性化したらどうするんだ?」


 「それは篠崎マヤコと神田ヒロシが知ることでしょう!どうか、どうか、お願いしますよ!我ら囚われの民に解放を!」


 そこまで言うと、ナミヲはばたりとその場に倒れてしまった。


 「おい!ナミヲ!?大丈夫か?!」


 それからいくらハヤトが声をかけてもナミヲは起き上がらなかった。死んでしまったのだろうか?ジオラマのちょうど真ん中あたりにいるので、ナミヲを拾い上げる術はなかった。


 一行はナミヲの生存確認は諦めて、ひとまず先生の研究室に戻る事になった。


 研究室に戻ると、先生は開発チームのメンバーと会議をするとのことで部屋を出て行ってしまった。マリナも家の仕事があるからと言って帰ってしまい、研究室にはマヤコと神田ヒロシ、ハヤトが残された。


 ハヤトは先生の椅子に座り、何か考え込んでいる様子だった。マヤコはその美しい横顔から目が離せず眺めていた。


 「ねえ、篠崎さん、君は高百大学の学生だって言ったね。」


 最初に口を開いたのは神田ヒロシだった。


 「家族は?家族もあの町に住んでいるの?」


 マヤコは首を振った。いくら考えてもマヤコには家族の記憶がなかった。両親や親戚など、町で暮らしていたときはいたような気もするが思い出せなかった。


 「よく覚えていない…」


 マヤコは消え入りそうな声で言った。


 「いや、実は僕も子供の頃の記憶とかが曖昧なんだ。母親の姿をうっすら覚えてはいるんだけど、何だかまるで夢の中の記憶みたいではっきりしない…。」


 どうやら神田ヒロシもマヤコと同じ状況らしかった。いつのまにかハヤトがこちらを向いてマヤコたちの会話を聞いていた。


 「君の生みの親は俺だ。君たちが望まないような結果にはしたくない。だけど、俺たちは君たちのことを何も知らないから、間違った提案をするかもしれない。

 先生たちは種族を引き継ぐことしか考えていない。しかも優秀な遺伝子だけ残そうとしている。そもそもその発想が人類を滅没に導いたのではないかと俺は考えている。

 君たちには自由にあるがままに、多様性を持って生きてほしいんだ。

 先生はきっと間違った提案をしてくる。そしたらどうか全力で反発してほしい。俺の意見は大概通らないからね。」


 そう言ってハヤトは照れ臭そうに笑った。


 マヤコと神田ヒロシは自分たちの創造神がいくらまともな考えを持っていることに心底安堵した。

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