第3話「集落のアカツキ」前編

 大規模な任務が終わって2日経過した日の事です。

4月中旬に入り始めた頃の昼過ぎ、暁月夜桜は喫茶店のような家のある山から降りて、集落に来ています。

 この集落の文化は平均的な時代より劣っており、木造や石造りの建物も多く、高さも無い。

道も整備されず、土が踏み固められただけの単純な道に建物が並び立っています。

そんな道を暁月夜桜はとある場所に向かっていました。


 集落の入口から目的の場所への距離は200m程度、しかし少年はすぐに辿り着きません。

 何故なら、


「あ!アカツキ兄ちゃんだ!」

「アカツキー!肉が今なら焼き立てだ!食うかー?」


 向かう途中で沢山の人に絡まれるからです。

道端で小さな子達が遊びながら手を振って呼ぶ。

同い歳の少女達が長椅子に座って呼ぶ。

40代の男が汗をかきながら店の中から呼ぶ。

その他にもすれ違う人、立ち話してる人、忙しそうに動く人も手を振ったり、呼んだり、笑顔で会釈をしています。

それらに対して、暁月は一つひとつに関わる為、短い道も蛇行する様に移動する。

 だから目的地は近いようで遠いのです。


 道端で遊ぶ小さな子達にとって、少年は『万能な英雄』です。

困った事があれば助けてくれる、色んな知識を学ばせてくれる、そんな単純な事ではあるが、この集落にとっては十分な万能でした。


「アカツキ兄ちゃん、お昼から見回り?」


 鮮やかな黄緑の髪をした男の子が、声を掛けます。


「見回りじゃないよ!鍛冶屋さんところに用があるんだ。ティー」


 黄緑髪の男の子は『ティー』という名前で、少し大人しめの色白な男の子。

暁月には、色々な知識を教わるのが好きな子です。


「その用事が終わったら遊んでくれる!?」


 次に声を発したのは、赤茶色の髪の男の子。


「うーん…またその後、別の用事があるから、また今度遊ぼう!カープ」


 赤茶髪の男の子の名前は『カープ』、集落でも良く目立つ元気な男の子です。

元気過ぎて、やんちゃな性格なので時々怒られます。


「カープ!アカツキお兄ちゃんはいつも忙しいんだから、急かしたらダメだよ!」


 明るい橙色の髪の女の子がカープに怒ります。


「ダージリン、いつもありがとう。でも頼まれたなら遊ぶし、気分転換にもなる!あと、お姉さんにサンドイッチ美味しかったって言っておいて!」

「分かった…アカツキお兄ちゃんがそう言うなら……」


 橙色の髪の女の子『ダージリン』は、真面目で纏め役な立ち位置に良くなる子です。

八百屋の4姉妹の末っ子で、この前結婚が決まった長女のお姉さん持ちです。

 そして、ダージリンは最近暁月に対して特別な感情を抱き始めている模様。


「じゃあね3人とも!他の子にもよろしくね!」


 暁月は手を振って、その場を後にしました。


「「うん!ばいばーい」」


 カープとダージリンは元気よく手を振り、ティーは静かに手を振っていました。


 集落の大人達にとって、少年は『怖かったが良い少年』という微妙な認識でした。

 この集落は時々獣に襲われますが、いつも何人もの死傷者や負傷者をだし傷つけ追い返すのがやっとでしたが、少年は30頭もの獣を相手にし1人で簡単に殲滅し、それを見て大人達は恐怖しました。

あまりに人間離れした動きを少年はしていたからです。

 しかし、その少年は見た目や行動に反して、とても好青年でした。

大人達は次第に彼の印象は和らぎ、とても良い好青年として変化していきました。


「アカツキ、今日はあの子達と遊ばないのかい?」


 店からは香ばしい匂いを放ち、1人の40代の男が店の中から声を上げます。


「用事があるからね!また今度かな」

「そうかそうか、若いのに頑張るなァ。この集落の大人より働いてるんじゃないか?」

「さぁね~、でも僕よりは皆働いてる。だからこそ、活気があるんじゃないかな?」


 男は笑いながら、布で汗を拭います。


「がっはっはっ!全体的に見て回るあんたが言うんだからそうなんだろうな!」

「そうそう、肉が焼けたって聞いたから、寄ってきたんだけど!」

「おう、そうだったな。一応余熱で温度は保ってあるから美味いぞ」


 そう言って男は炭煙で黒くなった網の上から、骨のついた大きな肉の塊を持ち上げ、まな板の上に置いた。

その肉を包丁で骨から剥がすように切り落とし、その肉を木製の串で刺し、暁月に手渡します。


「おぉ、美味しそう!」

「ははは!代金は要らねぇから味わってくれ!」

「本当!?頂きます!」


 そして暁月は焼かれた肉に齧り付きますが、齧り付いただけで噛み切れはしませんでした。

この集落の肉は高価ではあるが質は良くはなく、ほとんどが固い肉で好き好んで買う人は少ないのです。

 しかし、身体を強く形成する為の栄養があり、集落の若い男達は頑張ってその肉を貪る。

その肉は暁月達にとってただただ固い肉でしかないが…


「流石に1回じゃ噛み切れないか!ははは!」


 男は楽しそうに笑う。

暁月は固い焼肉から出る肉汁をしゃぶりながら、歯で何度も同じ部位を噛んでは擦切るように顎を動かす。

 その顔は男から見ると、目はニコニコしてるのに口は険しい、同時に2つの表情が出ている様子だった。

集落の人間が知る暁月の顔は良い笑顔か、緩んでいる顔なのだが、険しく顔を歪める暁月の顔は珍しいのです。

 そんな珍しい顔を男は何度も見ていたりします。

少し経つとやっと齧り付いた部分が切れて、串の肉と口の中にある肉とが切り離され、


「うんうゆ…おいひい……じゅる……」


 肉を食べる為に出てきた唾液が思わず暁月の口から垂れそうになるが、それを吸い込んで飲み込む

「んぐ…もぐ……」


 口の中で再び同じような動作が行われます。

 噛み切った分串と一緒に粘る必要も無くなった為、楽にはなっていました。


「おー、頑張ったな!また欲しくなったら来ればいいぞ。まだ肉はあるからな!用事があるんだろ?足止めさせて悪かったな」

「はぅい!ひつもありがほうごはいます」


 暁月は笑顔で礼をした後、片手に焼肉の串を持ち、顎を動かしながら歩き始め、ルナが居たら叱られる食べ歩きでしたが、用事もあるので食べ歩きします。

 すると、1人の女子が足早に暁月に寄ってきました。




 同い歳や1歳差の集落の女子達からは、少年は『集落のどの男子よりも魅力的』という完全に恋愛意識の対象です。

 全ての女子達がそうではありませんが、6~7割の女子達は暁月に恋愛感情を持っている程。


「ねぇねぇ…!どうする?声かける?」

「で でも、今アカツキくんはお肉食べてるからちゃんと喋れないんじゃない…?」

「そうだよ、またの機会にでも」


 少しだけ時間が戻って、今の暁月は串の焼肉に齧り付いていました。

それを少し離れた辺りから女子達は見ています。


「あぁもう…!そう言って何回逃してきたの!暁月くん色んな人に呼ばれたりするから中々大変なんだよ!」


 建物の陰から顔を引っ込めて、連れの2人に説教するリーダー的な女子。


「ふえぇ…」

「仕方ない気がするよ、あの人と話すのは誰もが楽しいとか嬉しいとか言う程だし」


 気弱な女の子と無表情な女の子が反応する。


「思うんだけど、私達に構わず1人で話しかけに行けば良いんじゃないの?」


 それに対してリーダー的な女子は、様々な感情が入り乱れた顔になる。


「だ だって!私だけ抜け駆けするのもあれだし?不平等というかやっぱり2人にも悪いし?」


 無表情な女の子は、溜息を着く。


「はぁ…ようは恥ずかしいんだね」

「…!!」


 リーダー的な女子は図星だったようで、顔を真っ赤にしていた。


「てか先に手を打たないと、他の人に取られちゃうよ。他にもあの人を好きな人沢山居るんだよ」

「わ わかってるけど…あぁー!」


 真っ赤な顔を隠して、伏せてうずくまってしまった。

立場は逆転して、いつの間にか説教され返されている状態になっています。

それに追撃するように、無表情な女の子はドンドン正論を突き付けるように言葉を発し続ける。




 そんな中、気弱な女の子は建物の物陰から暁月を見て、暁月は今肉を噛み切り終わった所でした。


(髪とか顔とかやっぱり女の子みたい…身体とかどんな感じなんだろ…)


 暁月の服は、年中長袖長ズボンで身体の肌は全く晒されない見た目になっており、誰一人暁月の体を見た人は居らず、集落の男達や女子達は色んな想像をする。

『本当は丸い体型』『筋肉が凄く出ている』

『傷とか怪我だらけ』『逞しい体付きしてる』等全く不明で憶測が飛び交う程。

 この気弱な女の子は妄想の中では強気で色々考え込む女の子だが周りの目とかを気にして行動に移せない子でした。


「───……」


 そして思わず考えてる事を呟いてしまったりする。

後ろではまだ説教が続いている為、その声は掻き消されていました。


「どうしよう…お肉食べてるし、喋れないし、うーん…」


 まじまじと暁月を凝視していると、ふと暁月の手に目が行った。


「……あっ」


 それはそれは綺麗な手。

指がすっと長く綺麗な形をして、大人の女性かのような繊細な手。

それを見て思ったのは、

『触ってみたい…』でした。


 少しして暁月は動き出し、それに合わせて気弱な女の子は覚悟を決めて、建物の陰から身を出して足早に近づくと、後ろの2人は足音に気付いて、呆気を取られた。



 暁月に1人の女の子が近寄ってきました。

 見た目は気弱そうだが足取りは強気で勇気のある感じの子。


「あ あの…!握手しても良いですか…!」


 当然、無視はしない暁月なのだが、口にものがあるので頷くことぐらいしか出来なかった。

串を持っていない方の手を女の子に差し出して、顔はにっこりと笑った。

女の子は頬や耳を赤く染めながら、礼を言った。

 ゆっくりとゆっくりと暁月の手に女の子も手を伸ばしていく。




 初めて父親以外の異性の手を握った。

その初めては初恋の人で、片思いなだけの関係だけど嬉しかった。

そして初めては優しい握手。

私の事を全く知らないだろうに、とても優しく握ってくれて、その手をもう片方の手も使って、両方の手で包むように触れた。

繊細な肌で見た目通り女性のような手でありながら、手の甲は固く軸がしっかりとしてる指は男性な感じ。

 そして、手が少し冷やかに感じられた。


「…ンっ…あのさ、時々物陰から僕の事見てたよね?」


 突然の言葉に動揺した。


「え、あっ、ご ごめんなさい!」


 気付かれてたんだ…やっぱり視野が広いというかなんというか…

というより、今お肉飲み込んだの…?

私なんかの為にわざわざ……


「謝ることは無いよ!もっと気軽に話しかけに来てもいいんだよ?僕も楽しいからさ」


 そう言って私に他の人と同じように満面の笑みを見せてくれた。

離れて横から見ていた笑顔なんかと比べると、まるで違った。

輝かしく温かい笑顔。

元気を分けてもらっているようなそんな笑顔。


「は はい…」


 いざ近づくと分かった事があった。

アカツキくんは見た目通りのとても優しい人だ。けれど、私…いや、私達にはとても釣り合わない人だった。

何か根拠がある訳じゃないけれど、直感的に私達じゃ駄目だと悟った。


「あ あの!時間とってごめんなさい!握手ももう大丈夫です!」


 アカツキくんの手を握っていた手をサッと引っ込めた。


「そう?ほんの一瞬だから気にする事ないよ。またね!」


 アカツキくんの手を握っていた手を触る。

 私はもう満足だ。



暁月は他にも寄り道をしながら、歩いていきます。

暁月と話す人は皆笑顔になって行きました。

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