第1話 「各々の朝」

 ーそこは豊かな土地でした。

 北と南の方角には山があり、緑の草原と木々が風に吹かれて揺れ、風はほとんど抵抗を受けることなく流れていく。その土地はまるで山を水平に切り開いたようですが、何故か自然と開けた土地があり、位置的にも山の中腹辺りです。

土地の隅の方には、北の山から川が流れています。

川はそのまま東に流れ、土地の下山先である集落に流れていきます。

土壌も栄養豊富で質もいいので、植物が育つのにいい環境でした。

 しかし、そこは豊かでありながら謎な土地で、天気はほとんど晴れで、他の天気は稀。

15年前の雨以来、他の天気に変わっていないのです。

 気候はポカポカとした優しい暖かさで、風が吹けば少し肌寒く感じる程度で基本薄着でも生活できる程度。


 そんな場所に1つの建物がポツンと建っていました。

小さなボロい喫茶店のようにも見えるが、中はそこそこ広い。机やカウンター席には所々年季が入っているのか、少し傷が付いていたりしており、ここには人も住んでいます。

 その住民は…少し奇妙な人達です。


「アァァァァァァァァ!?誰だ、俺の朝飯用に残してたサンドイッチ食ったのは!」


 叫び散らかしていたのは、白髪の青年。

打たれ弱そうな少し細い体で、日を全く浴びてないのか肌も白いこの青年は、冷蔵庫の前で現状の疑問に思った事を叫びます。


「……朝からここで叫ぶなよ、夜冬よると。あと珍しく声を上げるからびっくりするわ」


 白髪の青年に『夜冬よると』と名前を呼んだのは、キッチンで皿洗い中の長い黒髪を後ろに束ね、ポニーテールにしている一見性別が分からない顔の整った人。


「うぅ…折角のサンドイッチが…」

「サンドイッチぐらい作ってやるぞ?」


 冷蔵庫をそっと閉めた夜冬は、黒髪の人に向き直ると、


ひかる!お前には分からんのかぁ!気になる人から貰ったものを他の奴が盗ったんだぞぉ!男なら分れよォ!」


ひかる』と呼ばれた男の青年は、皿を洗いながら喋る。


「あの娘だろ?あのー、八百屋の店員さん。あの人最近婚約してたってのを聞いた気がする。」

「ゴフッ…」


 夜冬は光の言葉で謎のダメージを負い、膝を着く。


「あの集落もまだ治安悪い時あるけど、幸せになれるなら良かったな。婚約しててもサンドイッチ作ってくれただけマシだな?」

「……」

「確かに夜冬の気持ちも分からんでもないが、物が物だからな。サンドイッチって…デザート食われた子供かお前は…ん、おいここで縮こまるな。」


 夜冬は体を丸めて、地面に伏していました。


「やめてあげなよ~光くん。そんな一気に言われちゃったら、現実がグサグサッ!と夜冬くんを刺しちゃうよ」


 そう言ったのは、カウンター近くの丸机に座って居る長い茶髪の女性です。


「そんなに言ってない気がするが…てか美雪みゆき、そこで銃の手入れしようとするな。端で窓開けてやってくれ」


美雪みゆき』という名の女性は、頬を膨らませて机の上に広がっている銃を抱えて空間の隅に移動し、机の上に広げた。

分解していたのはボルトアクション式のライフル"L96A1"と自動拳銃である"M1911A1"でした。


「もう〜、塗料を使うわけじゃないんだから別にそこでも良かったでしょ?」

「あのなぁ、キッチン付近で物騒な物扱うなよ…、オマケに昨夜…ん、今朝?あぁもう、時差が凄いな。ともかく、最近使ったばっかりだから火薬臭いしそこでしなさい」

「はーい!」


 美雪は大人しく移動した場所で窓を開けて、作業に取り掛かります。

全パーツが念入りかつ吟味されたパーツで本来の原型の銃の性能を底上げするだけでなく、緊急時の排莢や装填、使用感や操作の確実性を上げて、それでいて本人がその銃の使い方を身に染みつけることで、更なる精度の向上に繋がります。

 全パーツを分解、清掃し、パーツの欠損が無いかなどを確認したあと、組み立て直します。

分解と手入れ作業は30分、組み立ては5分程度掛かりました。

 机の隅にはガラスのコップに冷たい緑茶が注がれており、それを飲んで美雪は一服します。

美雪が終わるまでの間にキッチンに居た光は夜冬をなんとか起こして、部屋に戻らせ、コーヒーを片手に小説を読んでいました。


「光くん、あの兵士達ってガスを保有してたんだよね?何のガス?」

「え?あぁ、美雪は狙撃だから詳細は言ってないんだったな。あれは『死なない人』を作る薬みたいなもんだ」

「死なない人!?そんなのあの世界の技術で作れるのものなの?」

「いいや、多分偶然の産物か何かじゃないか?あと厳密に言うと不死って訳じゃない。『生きた屍』って言えば、分かりやすいかな?」

「生きた屍って…ゾンビの事?なるほどねぇ、それなら少し納得…」


 光は本を閉じて、コーヒーを啜ります。


「それで昔に廃墟になった町があった。資料はもう無いけど、原因がそれだ。それで、作製兼保有していたあの基地は別拠点を作って、役割を分担するつもりだったのかもしれない。幸い、暁月が行った時にはまだ無かったから、1回で消滅させられたがな」

「怖いなぁ…」

「けど、1つだけを運搬した履歴があった。それがどこに行ったのか、分からないがな…けど、一つだけじゃ、そこまで酷くはならないだろう」

「被害が出ればすぐ噂になるし、大丈夫でしょ?」

「そうだな」


 光と美雪は同時に背もたれに体を預け、身を休めます。

時間は朝の8時過ぎ。

喫茶店の横に不自然に生えている1本の木には10数羽の鳥が集まって、開いたままの窓枠にも数羽の小鳥が並んでピヨピヨと鳴き、そのうちの2羽は美雪の肩と頭に乗っていました。


「よしよ~し」


 美雪は窓枠の小鳥たちを指で優しく撫で、小鳥たちは気持ち良さそうに目をうっとりさせます。




数分すると、小鳥たちは親鳥達の元に戻って行った。

 そして次に来たのは、寝ぼけてフラフラと階段を降りてくる赤髪の男性と、それをウザそうに後ろから睨む銀髪の眼帯の女性。


「おはよう。アウロラ、ルナさん」

「おはよぉ…光、俺もコーヒーよろしく…」

「おはよう」


 光は体を起こして、キッチンに向かって赤髪の男性『アウロラ』の為にコーヒーを入れます。


「ルナさんは、牛乳?」

「いや、水でいい」


 銀髪の女性『ルナ』にもコップに水を注ぎ、その2つをテーブル席に置くと、ルナはしっかりコップを握ったが、アウロラは取っ手部分を掴み損ねました。


「……寝ぼけてんな、アウロラ」

「帰ってきてから緊張の糸切れて記憶が飛んでる…くぁ〜」


 アウロラは顎が外れそうなほど大きな欠伸をして、体の中の空気を入れ替え、そして、次はしっかりと取っ手を握って中身を飲み込む。

 熱々のコーヒーを一気飲み。


「ふぅ、目が覚めた」

「水につけといてくれ、後で洗う」


 一方、ルナは水を少しずつ飲んでいました。


「ルナさんは目が冴えてるね、そんなに深く寝てなかったの?」


 美雪が無表情のルナに話しかけます。


「そうだな、私はあの一撃以外何もしてないからな。疲弊する事も回復する事も無い。睡眠も本来は取るほどでは無かった」


 淡々と事実を告げる。


「そうなんだぁ…でもあの強力な一撃を放って、全然疲れてないなんて凄いなぁ~」


 美雪は首を縦に振って、1人で納得していました。

この喫茶店の入口で軋みをあげて扉が開きます。


「ただいま~!」

「………」


 元気の良い声が1つだけ、入口から聞こえた。

そこには茶色の長髪の少年と、青髪の青年が木刀を持って帰ってきました。

 声の主は、明るく元気な長髪の好印象な少年。


暁月あかつき、おかえり」


 長髪の少年『暁月あかつき』に返したのはルナ。


「ユウト、お疲れ様」


 涼しい顔をしている青髪の青年『ユウト』には、光が労いの言葉をかけます。


「全く…『美雪をマッサージするから、暁月の相手を頼む』とは、釣り合いが取れてないぞ」

「まぁまぁ…そんな事言わずに…。結局相手してくれただろ?」

「はぁ…後で良い酒を調達してくれ」

「あいよ」


 ユウトは木刀2本を壁に立てかけてから、階段を登って上の階へ消えていった。


「暁月、疲れたか?」


 ルナはユウトと同じように木刀を壁に立てかけていた暁月に近寄って声をかけました。


「うーん、そんなに目立つほど疲れてないよ!けど、ただ2本の木刀の乱打を防いでたから、右手が痛い…」

「容赦が無いな…あいつは。まぁ任務終了後だから、少しは弱まってただろうけどな」

「弱まってあれじゃ、厳しすぎるよぉ…ルナ姉は大丈夫?あの技凄い力使うでしょ?」


 すると、無表情だったルナの顔は微笑んで、


「あぁ、大丈夫だ。一撃だけじゃ全然疲れない」


 そう言って暁月の頭を撫でた。


「そっか~、良かった!」


 遠くから見ると2人はまるで姉弟でした。


「とりあえず…今朝はご苦労さま。明日も休日にするからゆっくり休んで」


 アウロラは伸びをしながら、リラックスした様子で言った。


「「「了解」」」


 彼らはそれに対して、各々返事をした。

 元気に返事した者、覇気のない者、生返事をする者、こんな様ではあるが、彼らは所々他の人とは違う存在である。

 故に、彼らは組織として固まっていました。

『ノーネーム』

 それが彼等の組織名。

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