第5話 前途多難

 



「ふぁぁぁ」


 空から燦々と注がれる日の光とは裏腹に、俺は未だに消えない睡魔と闘っていた。

 バッチリ寝たはずなのに、どこか重たい体と瞼。まだキャンパスライフは1日しか経っていないはずなのに、この疲労感は流石におかしい。


 ただ、幸いな事にその理由には心当たりがあった。想像の遥か斜め上を行くほど、慌ただしかった入学式とオリエンテーション。

 そして……澄川燈子との遭遇。


 ぶっちゃけ面と向かって何をしゃべったのか詳しくは覚えてない。何かを言ってたみたいだけど記憶にない。ただ、その姿があの日のあいつに重なった瞬間、言い表せないような嫌悪感と怒りが湧いたのは確かだ。


 昔、あの時は言えなかった鬱憤を晴らすかの様に。


 きっとそのせいだな。イライラしながら近くのラーメン屋に向かってヤケ食いしたよ。オススメナンバーワンの極究極煮干しラーメン大盛にオールトッピング。更には替え玉までしてしまった。

 うん。美味しかったよ? 昨日は美味しかったよ? 今日の自分に爆弾を残す事になろうとは。ちょっと胸焼けがしてる。


 眠い、疲れ、胸焼け。

 誰がキャンパスライフ2日目にして、こんな最悪トリプルコンボの状態に陥ると予想出来るだろうか。講義が始まる前で良かった。これで1コマ目から講義が入っていたら大変な事になってた気がする。


 まぁ少しは自分にも反省点があるけど、その大部分の原因はあいつだ。

 まさか大学で一緒になるとは。しかも東京でもない本州最北端だぞ? ……まさかストーカー? いや、それはないだろ。あれ以来あいつと会った事はないし姿も見た事がない。

 となれば、偶然か? だとしたら自分の運の無さに呆れてしまう。


 新天地で心機一転。その先で偶然。最悪の言葉以外思い浮かばない。


「はぁ、どうなっちゃうのかねぇ。俺の大学生活」


 そんな溜息を零しながら、足を進める通学路。アパートを借りているという割に、少し長めの距離が今となっては良い休憩時間だ。


 大学の近くにもかなりアパートはあった。中にはほとんど隣接している様なところも。そう考えると、徒歩10分は掛かる俺のアパートは大学生にとって離れた場所と言って良い。

 でもまぁ、家賃も広さも申し分ない。そして何より、先人である姉のアドバイスも決め手の1つだった。


『あんまり近いと、逆に遅刻しちゃうよっ! だから絶対少し離れた方が良いからっ!』


 単純に朝が苦手なだけじゃ……とは思ったものの、そこは弟らしく貴重な意見として取り入れさせてもらった。


 結果として早速その恩恵にあずかっている訳だし、今度会ったらお礼言っとこう。


 そんな事を考えていると、もはや大学の正門を通り過ぎようとしていた。

 とりあえず、時間には余裕がある。ガイダンスが行われる教室も昨日と同じ。場所は覚えているし、ゆっくり行っても間に合いそうだ。

 ただ、気がかりなのは隣の席だった宮原さん……もだけど、今の状況的には澄川燈子。


 でも昨日結構言ったし、固まってたし……そんな目に遭って昨日の今日で性懲りもなく話し掛けて……


「あっ、日南君っ!」


 ……完全に油断してた。


 正門を抜けた直後に聞こえて来た声。それはまさに昨日、ここで聞いたモノと一緒だった。

 フラグ回収早すぎる。しかもわざわざ正門の裏? まぁ確かに正門の前に居たら、その姿目にした瞬間回れ右するけど。

 だとすれば、完全に用意周到だ。昨日のあれがあったにも関わらずだぞ? なになに? 私メンタルも強くなりましたってか? そりゃ確かに凄いけどさ。


「おっ、おはよう! 少しで良いから……」


 悪いけど昨日言った通り……


「時間……」


 俺に二度と関わるな。


「……うるさい」

「えっ……」


「話し掛けるな。関わるな」


 俺のその言葉を最後に、駆け寄って来た足音は聞こえなくなった。

 一瞬だけその姿が見えたものの……俺は一度も振り返る事も立ち止まる事なく、教室がある2号館を目指してキャンパス内を突き進んだ。


 ふざけるなよ。話し掛けるなって言ってんだろ? 関わるなって言ってんだろ?

 顔も見たくないし、声も聞きたくない。本心で言ってるのに、まさか照れ隠しだとでも思ってないか?


 だとしたら、とんだ勘違いだ。今度面と向かって話したら、自分がどうなるか分からない。自分を守る為の行動であって、お前と一生関わりたくないって行動でもある。

 それを理解しろよ。


 あぁ、また具合が悪くなってきた。


「あっ、おはよう! 日南君!」

「えっ? あっ、おはよう……」


 って! 宮原さん!?

 その瞬間は我に返ったという表現が1番良く合っていた。

 完全に別な事へ意識が集中していて、そういう意味では油断はしてたと思う。とは言え、なんで今までイライラしていたのに普通に挨拶出来たのか……自分でも少し焦る程だった。


「ん? どしたの? 具合悪い?」


 待て待て、朝から忙しいぞ。一難去ってまた一難? いや、宮原さん自体は災でも難でもないんだけど……


「いっ、いや? 大丈夫」


 何もこのタイミングで、朝から遭遇しなくても良いんじゃないか? 


「気のせいなら良かった。ごめんごめん、なんかそんな感じしちゃって」


 しかも軽く察知されてね? 何だこの人。ってか、どこから来たんだよ。正門から真っすぐ来たけど居なかったよな?


「はは……それより宮原さんはどこからキャンパス内に?」

「あぁ、裏門だよ。私車で来てるんだけど、駐車場は裏門の方だからさ」


 くっ、車? 大学に車? ……ここではもしやポピュラーなのか?


「へっ、へぇ。そうなんだ」

「初心者マークは手放せないけどね? ふふっ」


 ふふって……はっ! なに暢気に話してるんだよ。危ない。気を付けろよ太陽。


 友達としてなら良い。けど、決して気を許すな。そう誓ったばかりだろ?

 その明るい笑顔も、優しい笑顔も……絶対に真に受けるな。過去の過ちを繰り返すな。


 距離感を保って、親身にならない。

 落ち着いて……静観しよう。


「それより、教室行くでしょ? 一緒に行こうよ」

「えっ、あぁ……ちょっとトイレ寄って行くから先に行ってて?」

「そう? 分かった! じゃあ教室でね?」


 あぁこれで良い。これで良いぞ日南太陽。今までの自分を信じて、慎重に立ち振る舞え。

 二度とあんな気持ちを味わいたくなかったらな。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「やっぱりここは必須だよね?」

「まじ? 必修科目多すぎじゃなーい?」


 ……結局こうなるよね!?

 てか、授業始まるまでのガイダンスって全部学籍番号順なの? もう耳に入る2人の会話でお腹いっぱいなんですけど? 算用子さんの名前もバッチリ分かっちゃったしさ。寿々音すずねさんね? 

 算用子寿々音……見た目とギャップあり過ぎじゃない? あっ、いや……流石に本人目の前で言えないけどさ?


「そう言えば明後日あれだね?」

「あぁー、1泊2日のオリエンテーションでしょー?」


 そう言えば、確かにプリントに載ってたな? そんなオリエンテーション。


「これを機に同じ学部の皆と仲良くならないとね。日南君?」


 うおっ、急に話振ってきた……


「そうそうー。どうせなら……」


 ……楽しく行こうだろ? いや、それは重々承知なんですけど……


「ははっ、頑張るよ」



 なんか不安で仕方ないんだよなぁ。



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