第33話 違うよ……(実藤×夜須)

実藤さねふじ……ちょっと良か?」

 

 昼休み、私がいつもの様に本を読んでいると一人の男子生徒から声を掛けられた。私は本を閉じてその男子生徒の方へと視線を向ける。

 

「……え、何?」

 

「い、いや、多田先生が実藤ば呼んで来てってさ」

 

 その男子生徒は私と目が合うとすっと視線を逸らし、少し早口で要件を伝えた。

 

「……そう、ありがとう」

 

 私がそう答えると、その男子生徒は慌てて私の前から去っていく。

 

 いつもの事。

 

 私は目付きが悪い。つり目がちでいつも睨んでいるように見えるらしい。これで明るい性格なら良かったんだろうけど、暗い。友達も少なく、一人で本を読んで過ごしている。

 

 だから、私を呼びに来た男子生徒も私が不機嫌そうに見えたから、要件を伝えると慌てて去って行ったんだ。

 

 別に不機嫌なわけじゃない。

 

 ただ人付き合いが苦手で、口数が少ない。上手く言葉を返す事が出来ないのだ。

 

 そんな周りの反応にも慣れている。昔からそうだったから。

 

 だけど、そんな私に周りとは違う接し方をしてくれる人達もいる。同じ美術部の盛田もりたさんや女子テニス部の五木いつきさん。

 

「実藤、お前、多田センから呼び出しっち、なんばしたん?」

 

 そして……多田先生の所へと行こうと席を立った私の目の前にやって来てにへらへらとした顔で声を掛けてきたこいつである。

 

 夜須やす 太一たいち

 

「……なんも……しとらんよ」

 

 こいつは家が近所で、小学校に上がる前の小さな頃からの縁であり、何かと私へと構ってくる。

 

「やろうね。お前っち、ばり真面目やけん、なんかしでかすなんてなかろうし」

 

 相変わらずのへらへらと締まりのない顔。そんな夜須をひと睨みしてふぅっと溜息をつく私。

 

「暇やけん、着いていっちゃろうか?」

 

「……着いてこんで良か」

 

「そっかぁ……じゃ、頑張れよ」

 

 夜須は少し残念そうに言うと、掌をひらひらと振り、お喋りをしている男子生徒達の輪の中へと入っていった。

 

 全く何を頑張れば良いのだろうか。私はちらりと夜須の方へ視線を向けると、もう一度、溜息をついた。

 

 私のペースに関係なく絡んでくる夜須に私は少し辟易する事がある。いつもへらへらとしたあの締まりのない顔と軽い性格に男バスでも中心的で友達も多く、私とは真逆の人間、それが夜須。

 

 何度も何度も、私なんか放っておいてと伝えた事がある。その都度、なんで?と不思議そうな顔をして私に絡む。

 

 本当に煩わしい。

 

 好きな本を読む時間が減るじゃない。

 

 でも、その反面、私はあいつに感謝している。

 

 昔からこんな目付きとこの性格の私だけど、なんだかんだで今の今まで孤立せずに済んでいる。

 

 それはあいつのお陰な事は分かっている。

 

 あいつが私に絡む事で、周りの皆から私が認識されているからだ。だから、目付きが悪く人付き合いが苦手な暗く、常に不機嫌そうに思われている私なのに、先程の男子生徒みたいな接し方はされるけど、無視したり虐められるなんて事はなかったのだ。

 

 小さな頃からいつも私の前を歩いて、手を差し伸べ引っ張ってくれて、うざ絡みしてきて、本当に煩わしいと思う事もあるけど……

 

 そんなあいつに私は……

 

 でも、あいつにとって私はただの幼馴染なんだろう。他に守るべき人が現れたら、多分、そっちに行ってしまうのだろう。

 

 私はそう思うと、胸の奥がちくりと傷んだ。

 

 

 

 そして、放課後。私は先生から頼まれた冊子を一人、誰もいなくなった教室で仕分けしていた。

 

 ほぅっと溜息をつく。

 

 こんな時に友達が多ければ、すぐに終わるんだろうけど、このクラスには友達なんて誰もいないし、私はプリントの事を誰にも話していない。

 

 そんな時である。

 

「お前、一人?」

 

 黙々とプリントを仕分けし、ホッチキスで綴じていた私へとあいつが声を掛けてきた。そして、私の前の席へと座ると、使っていないもう一つのホッチキスをとり、プリントを綴じ始めた。

 

「……あんた、部活じゃなかと?」

 

「ん、部活?今日はサボり」

 

「サボりって……あんた、大切な試合が近いんやなかったと?」

 

「確かにそうばってんが、お前一人でこれしよるんやろ?一人じゃ終わらんやろ?部活よりこっちが優先やん」

 

 さらりと言うあいつ。だけど、私達は三年生で、部活も最後の年である。一試合一試合が大切で、欠かせないもの位、美術部の私でも分かる。

 

 それなのになんで?

 

 いつもいつも……私を……私の事を……

 

「ねぇ、なんでそんなに私に構うん?ねぇ、なんでほっといてくれんの?」

 

 私の言葉にあいつは困ったような、そして、寂しそうな顔をする。そして、少し俯いて口を開いた。

 

「だってさ……俺、お前の事が大切やけんで。お前って、喋りかけてもあんまり返してくれんけど、それでも、俺、お前とのそんなやり取りが好きやけん……」

 

 作業していた手を止め、ことりとホッチキスを机に置くと、もう一度、私の方へと顔をあげた。

 

「ごめんな……そんなに嫌がっとるっち、思っとらんやった。これからは気をつけるよ」

 

 あいつはそう言うと、また寂しそうに笑い私へといつもの様に掌をひらひらとさせ去っていった。

 

 違う……違うよ……

 

 私も嫌じゃなかったんよ……

 

 私はあいつを……太一を追いかけて、それを伝えたかった。だけど、私の足は、私の思いとは裏腹に動かず、ただ、その後ろ姿を見つめる事しか出来なかった。

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