第28話 お願い(五木×桧原)

「〇月29日」

 

 僕の隣で雑誌を読んでいる五木さんがぼそりと呟いた。小さかったけど、僕へはっきりと聞こえるくらいの声。

 

 僕はあれから図書室じゃなくて、屋上出入口前ですごしている。五木さん曰く、二人だけの秘密基地。

 

 だけど、あの時から少し変わった事がある。今までは一人で過ごしていたけど、今は五木さんも時々やってくる様になった。邪魔をしないなら、僕が来ても良いと言ったのだ。

 

 毎日じゃない。

 

 五木さんがやってくる時は予めLINEで連絡がある。

 

 やってくると僕のイヤホンを片方から外し、自分の耳へとつける。そして、静かに雑誌を読んだり、スマホを触ったりして過ごしていた。

 

 ほとんど、会話らしい会話はない。

 

 だけど、今日は違った。

 

 不意に五木さんが僕へと話し掛けて来たのだ。

 

「……?」

 

 僕は五木さんの言葉の意味が分からなかった為、ぼやっとした顔で五木さんの方を見ていたのだろう。

 

「私の誕生日っ!!」

 

 五木さんはそう言うと、ぷくぅっと頬を膨らまして僕を睨むようにみている。その顔を見た僕は昔飼っていたリスを思い出してしまった。

 

「え、あっ……そ、そうなん?」

 

「ソーナンスッ!!」

 

 あるアニメのキャラクターの真似をして敬礼をする五木さんの行動に、固まってしまった僕。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……誕プレ、待っとるけん」

 

「えぇ……」

 

「五木さん、欲しい物とかあるん?」

 

「ピアノ……」

 

「……おもちゃの?」

 

「違うしっ!!ピアノば弾いて……私だけの為に」

 

 初めこそ勢いがあったが、途中からは消え入る様な声へ変わった。二人だけの静かな秘密基地じゃなければ聞こえなかったくらい。少し頬が赤く染まっている様に見える。

 

「えぇっ?!」

 

「だ、だめなん?」

 

「……」

 

「ご、ごめんね……無理ば言うて」

 

 黙ってしまった僕に、しゅんっとなり俯いてしまった五木さん。

 

「い、いや、良いけど……僕はそんなに上手くはないよ?」

 

「それでも良かよ……私はあんたに弾いてもらいたいんやけん」

 

 頬を赤らめ、ごにょごにょと唇を尖らせて喋っている。そんな五木さんを見ていると、断る事もできないし、適当に弾くわけにもいかない。

 

「わ、わかったよ。五木さんの誕生日まで、練習してくるけん」

 

「ありがとうっ!!絶対、絶対、約束やけんねっ!!」

 

 太陽の様な眩しい笑顔。きらきらと輝くその表情から思わず視線を逸らしてしまう。僕と五木さん。不相応な事くらい分かってる。だけど、僕の心の中で、五木さんの存在が大きくなってきていた。

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