第24話 なんね、それ?(河東×朝倉)

「あんたさ、放課後っち暇やろ?」

 

 休憩時間中。俺は前の授業があまりにもつまらな過ぎて、つい居眠りをしてしまい、その余韻が残っているせいか、大きな欠伸をした時、隣の席の女子から不意に声をかけられた。

 

 河東かわとう 麻衣まい

 

 気が強く、誰にでも遠慮なしに物を言う。そのせいで、男女問わず、河東を怖がり避ける生徒も多くいる。かく言う俺も苦手だ。隣の席だけど、ほとんど話した事がない。

 

 背中の中程まで伸びた艶のある黒髪。前髪は眉の上で切りそろえられており、その性格を表すような凛々しい眉と大きな瞳。可愛いというよりも、綺麗と言う言葉が似合う。だが、その性格のため、友達が少ないと思われた。

 

 休み時間も一人でいる事が多いから。

 

「……?」

 

 俺はなんの事か分からずに、まだ眠気の残る頭をフル回転させ考えている。そんな俺を呆れた様な表情で見ている河東。

 

「……文化発表会で作る出し物の資料ば図書館に借りに行かなんやろ?」

 

「……あ」

 

「班の中で、あたしとあんただけ部活しとらんけん、借りに行く係になったやん?話しば聞いとらんやったろ?」

 

「……そ、そうやったね」

 

 あからさまに溜息をつく河東が、スマホを取り出し、LINEを開いた。

 

「あんた、班のグループに招待すけん、LINEば交換して」

 

 俺は慌ててスマホを取り出すと河東とLINEの交換をした。赤いリボンを付けた黒猫のアイコンが新しく表示されている。

 

「……猫、好きなん?」

 

「は?どげんでも良かし。てか、放課後よろしく」

 

 素っ気なく返事をした河東がもう用済みと言わんばかりに背を向け、スマホを扱いだした。

 

 

 

 放課後。俺は河東と図書館に行く事に対して、とても気分が重たかった。まぁ、図書館で待ち合わせて、資料を見つけて、ささっと帰ろう。そう思っていた。

 

「なんばしよるん?早う図書館に行こう?」

 

「……?図書館で待ち合わせやないん?」

 

「は?別に一回帰るわけやなかし、一緒に行ってん良かろうもん?」

 

「……」

 

「嫌なん?」

 

「そういうわけじゃなかけど……」

 

「そんなら、早う行こう?ほら、さっと立ってさ」

 

 俺は河東から急かされるように席を立つ。すると、河東は俺の袖を掴み引っ張りながら歩きだした。

 

「に、逃げんけん……」

 

「は?そんなん分からんやん?」

 

 教室にいたクラスメイト達も河東から袖を引っ張られて引きずられる様にして歩く俺を見て笑っている。

 

 廊下に出てから、河東がやっと俺の袖を離してくれた。


「ほら、行こう」

 

 袖を離され立ち止まっていた俺に河東が怒ったように急かす。

 

「……なん、その顔?」

 

「……なんもなかよ。ただ、恥ずかしかった」

 

「……それはあたしも同じったい。あんたが素直に着いてきてくれれば、こげんことばせんでんよかったったいやん」

 

 怒っているのか、河東の頬が少し赤くなっている。これ以上、怒らせたら俺の命が危ない。本能的に感じ取った俺は、仕方なく歩きだした。

 

 しばらく無言のまま、二人並んで歩いている。図書館は学校から歩いて十分程にある。沈黙の続く十分はとても長く感じた。

 

「……ねぇ、朝倉あさくらはなんで部活ばしよらんと?」

 

 図書館まであと少しという所に来て、河東が口を開いた。少し俯き加減でいつものように強い口調ではなかった。

 

「俺?俺は小さな頃からの習い事があるけん、部活ばする暇がなかっちゃん」

 

「習い事?」

 

「うん、レスリング」

 

「レスリング?稲沢と同じ?」

 

「そ、稲沢と同じ道場」

 

「ふうん……なら、あんたも鍛えよるん?」

 

「うん、それなりに。もう中三やけんさ、体も作っていかんと勝てん」

 

 そう答えると、俺のぺたぺたと肩や腕、背中を触りだし、次に自分の肩や腕を触り、少し力んでみたりしていた。何だかその姿が、普段の河東から想像できなく、可愛らしく感じる。

 

「レスリングって、怪我とかせんと?」

 

「するよ。俺はまだ大きな怪我とかなかけど、骨折したりする奴もおるしね」

 

「……そうったい。怖くないとね?」

 

「あんま、考えた事なかね。それより、もっと強くなりたい、上手くなりたいっち思う方が強かけん」

 

「ふぅん……あんた、すごかね」

 

「……どげんしたん、具合でも悪かとね?」

 

 俺はそれを言った途端、しまったと思った。つい、普通に会話をしていたせいで、他の友達にツッコミを入れるような事を言ってしまった。相手は河東なのに。血の気が引いていく。

 

「……なんね、それ?」

 

 じとりとした目で俺を見ている。俺は自分の顔が引きつっているのがわかった。そんな俺を見て、河東が、可笑しそうに吹き出した。教室では見かける事のない笑顔。

 

 こんな表情も出来るんだ……


 俺はつい河東の笑顔を見つめていた。それに河東も気がついたのか、バツの悪そうに顔を逸らしている。

 

「ほ、ほらっ!!図書館についたけん、急いで資料ば探すよっ!!」

 

 図書館の入口へ早足で歩きだす河東を、俺も置いていかれないように慌てて追いかけた。

 

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