第15話 秘密基地(五木×桧原)

 昼休み。給食を食べ終わるとすぐに校舎屋上出入口前の踊り場へと移動する。ここは、教材等がたくさん置いてあり、人が二人座れるか座れないかのスペースしかない。そして、僕はそのスペースを、教材を移動し埋めている。そうする事で、誰かがここに来てもこんなスペースがある事に気が付かない。

 

 僕はそこに到着すると、教材の間に隠していたクッションを取り出すと床に敷き座り、ポケットに忍ばせていたジュースと文庫本を取り出した。そして、イヤホンを耳に挿すと、お気に入りの音楽を流す。

 

 

 誰にも知られていない秘密基地。

 

 あっという間に流れいく時間。

 

 昼休みも残りあと僅か、僕は本を閉じ、ふと顔を上げた。

 

「……っ!!」

 

 目の前に胡座をかいて座り込み、その膝の上に頬杖をついて、僕の方をじっと見ている女子がいた。

 

 た、確か、二組の五木いつきさん。とても明るく男女問わず友達の多い彼女。そして、可愛い。彼女に憧れる男子も少なくない。そんな五木さんが少しつり目がちの瞳で僕の方を何も言わずに見詰めている。短いスカートから胡座を組んだ長い足が目に飛び込んで来る。

 

 そんな事よりも、僕は秘密のこの場所がバレてしまった事のショックのほうが大きかった。

 

「……」

 

 僕は何も言えず耳からイヤホンを外し、片付けを始めようとした。

 

「ねぇ、あんたさ、一組の桧原ひばるやろ?」

 

 それまで何も言わずに、僕を見ていただけの五木さんが口を開いた。

 

 確かに体育などの合同授業では五木さんの二組と一緒になる事があるけど、大人しく目立たない僕の名前を知っていた事に驚いた。だって、五木さんは、僕とは対極的な人種だから。

 

 そんな事を考えていた僕に、五木さんがまた口を開く。

 

「ねえ、桧原さ、返事くらいしてよ?」

 

「……そうです、僕が桧原ひばる啓介けいすけです」

 

 何故かフルネームで答えてしまった僕。そんな僕の返事がおかしかったのか、五木さんはぷぷっと吹き出し笑いだした。

 

「なん、その変なおじさんです……みたいな言い方」

 

「……ごめん」

 

「は、なんば謝りよるん?」

 

「い、いや」

 

「あんた、昼休みさ、いつもここにおるん?なんか、秘密基地みたいやん。てかさ、いつもここ教材ばっかでこんなスペースないやん?もしかして、この場所、隠しとったん?」

 

「う、うん。ここは一人で静かに本ば読めるけん」

 

「そっか、そっか。それならごめん。邪魔ばした」

 

「い、いや、僕もそろそろ戻る頃やったけん」

 

「そうね……あ、心配せんでも良かよ。ここの事は誰にも言わんけん」

 

「……えっ?!」

 

「ん?私がばらすと思ったん?そげんな事はせんよ。だって、桧原、めっちゃ良い感じで本読みよったやん?大切な場所とやろ?そんなんば無くすわけにいかんやろ?私と桧原、二人だけの秘密基地って事で」

 

「……うん」

 

「なら、桧原、遅れん様にね」


 五木さんは笑顔でそう言うと、僕の前から去っていく。五木さんは誰にも言わないと言っていたけど、でも、半分諦めていた。この場所の事を。片付けを終えた僕は、一つ大きな溜息をついた。

 


  それからしばらくの間、僕はあの場所へ行かず、図書室で昼休みを過ごしていた。昼休みの図書室は人が少なく、隅の方で何やら絵を描いている女子と、少し離れた所で読書をしている男子だけ。

 

 イヤホンから流れてくる音楽。音はかなり小さくしており、読書の邪魔にならない。

 

 心地よい。

 

 静かな図書室。

 

 それでも、やっぱりあの場所には敵わない。五木さんにばれてしまったのはしょうがない。学校の中なんだから。いつかは誰かに知られるとは思っていたから。

 

 そんな時である。

 

 心地よく聴いていた音楽が急に聞こえなくなった。正確にいうと、片耳だけから。そう、誰かが僕のイヤホンを片耳から外したのだ。

 

 僕は驚いて外された方に目を向けた。そこにいたのは、少しむすっとした表情をしている五木さん。

 

「ここにおったん?」

 

 図書室だからか、少し控えめな声で僕へそう言うと、イヤホンを持ったまま隣の席へ座った。

 

「なんば聴いとるん?」

 

 五木さんが僕の方へ体を寄せ、外されたイヤホンを自分の耳へと挿した。

 

「クラシック?」

 

 頷く僕。

 

 ふぅんと素っ気なく返事をした五木さんは、それでも、イヤホンを外すわけでもなく、音楽聴いている。

 

 触れ合う肩と肩。

 

 五木さんは男子の友達も多いので気にならないんだろうけど、ほとんど女子と触れ合う機会のない僕は内心、凄くドキドキしている。

 

 ふと五木さんの方へと視線を向けた。机の上に両肘をつき、その手の上に顎をのせ、瞼と閉じて音楽を聴いている。

 

「きれいな曲やね」

 

 瞼を閉じたまま、小さな声で僕へと言った。

 

「なんて曲?」

 

「……えっと……クライスラーの『愛の悲しみ』」

 

「ふーん……」

 

 それから五木さんは何も言わずに聴いている。僕は再び、本へと視線を戻したけど、全く頭の中に内容が入ってこない。

 

 しばらくそんな状態が続いた。

 

「ねえ、桧原」

 

 沈黙を破り、五木さんが僕の名を呼んだ。僕にだけ聞こえる位の小さな声。

 

「……なに?」

 

「あんたさ、あれからあそこに行ってないやろ?」

 

「……うん」

 

「なんで?」

 

「……」

 

 僕は何も言えず、視線だけを五木さんへ向けた。

 

「私が来たけん?」

 

 ちらりと僕の方へを見た五木さんと視線が交差する。僕は下を向いてしまった。

 

「……」

 

「私は誰にも話しとらんよ?」

 

「……うん」

 

「……」

 

「……」

 

「ごめんね……」

 

 ぽつりと呟く様に言う五木さん。

 

「……な、なんで?」

 

「私があそこであんたに話し掛けたけん……行きづらくなったとやろ?」

 

 つり目がちの大きな目で僕を見ている。そして、ふっとその瞳を僕からそらした。

 

「もう絶対行かんけん……あんたの邪魔ばせんけんさ……あの場所、大切とやろ?」

 

「……うん」

 

「良かった、私のせいで二度と行かんとかなったら嫌やったけん」

 

 嬉しそうに笑う。僕は五木さんのその笑顔を見て胸が痛んだ。少し五木さんの事を疑っていたから。

 

「……あと、クラシックも良いね。私、この曲好きになった」

 

「そ、そう?」

 

「うん。良かならたまに聞かせてね」

 

「……わかった」

 

「絶対やけんね」

 

「……うん」

 

「約束ばい?」

 

「……うん」

 

 僕の返事を聞いた五木さんは目を細めると、ポケットからスマホを取り出した。

 

「よし、それなら……LINE交換しよ?」

 

「……な、なんで?」

 

 五木さんからのLINE交換?突然の事で僕は声が裏返りそうになった。そんな僕の慌てぶりを、五木さんが不思議そうに見ている。

 

「何でって、約束やろ?また、聴かせてくれるとやろ?」

 

「……うん」

 

 なんだかんだで僕は五木さんとLINEを交換した。ほとんど勢いに押された感じだったけど、女子とLINE交換したのは初めてだった。五木さんにとって深い意味がない事は分かっている。だけど、僕は自分が好きで聴いている音楽を良いと、好きになったと言ってくれた事が嬉しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る