第6話 踏ん切り(奏×理央)

理央りおっ!!」

 

 昼休み、俺は後ろの席の齋藤さいとうとその隣に座っている笠原かさはらのいつものサッカー部の三人でお喋りをしていた時である。後ろから突然声をかけられた。齋藤と笠原がにやりと笑う。俺は振り返らなくても誰から声を掛けられたか分かる。聞き覚えのある声と言うか、耳にタコが出来るほどに聞いている声。そっちの方が正しい。

 

 振り返るとそこに立っていたのは、隣のクラスの女子。伊川いかわかなでだった。

 

 同じ小学校出身で同じ学団。しかも、その学団に同学年は俺と奏だけだった。そのせいもあり、今でも奏は俺に何かと絡んでくる事が多い。


「悪かばってん、家に帰ったら今週も付き合ってもらってよか?」

 

 よく日焼けした肌。肩につく位の髪を二つ結びにしている。太めの眉に少し猫目。他の同級生よりも体格は良いが、それは太っている訳じゃなく、小学生低学年の時から続けているソフトボールで鍛えていたせいである。

 

「付き合うって……デートなん、伊川?」

 

 にやにやとしている齋藤がそう言うと、眉間に皺を寄せた奏が大きな溜息を一つついた。

 

「はぁ……あんたらさぁ、私と理央と同小やろ?そんなんじゃなか事位、知っとろうもん?」

 

「いやいや、お前ら昔から夫婦やん?夫婦ならデート位しようもん?」

 

「なんば言いよっと?そんなん聞き飽きたけん、理央とはただの友達。腐れ縁。いつもノー部活デーはキャッチボールとかランニングしよるだけたい」

 

 齋藤の言葉を一蹴する奏。それを聞いていた笠原がちらりと俺を見た。笠原は俺が奏に好意を寄せている事を知っている。思いっきり、友達宣言をされた俺を心配してくれたのだろう。いつかはこの想いを奏に伝えると笠原に宣言していたが、それなのに、俺は告白する前に振られた様なものだから。

 

「良かよ、家に着いたら連絡する」

 

 俺はこれ以上、齋藤が変な事を口走って、これ以上傷付く前に、話しを元に戻したかった。

 

「分かった。でもさ、わざわざ連絡せんでもさ一緒に帰れば良かっちゃない?家、近所なんやけん」

 

「……悪い。帰りに少し用事あるけん」

 

「そうね……分かった。連絡する」

 

 放課後、奏の靴箱を確認すると、既に下校していた。俺はほっと安堵の溜息をつくと靴に履き替え玄関を出た。

 

 用事なんてなかった。

 

 ただ、友達宣言が辛かっただけである。奏の事を意識しだしたのは去年位からだった。きっかけなんて忘れた。今年、中学最後の中体連が終わったら告白しようと思っていた矢先にこれだ。家路に着く足取りが重い。この後の奏との約束も断れば良かった。

 

 俺は大きく溜息を一つついた。

 

 家に戻り着替え終わって、奏にメッセージを送るとすぐに既読がつき、メッセージが返ってきた。

 

『了解、いつもの空き地で』

 

 空き地に到着すると奏が先に来ており、簡単な準備運動をしていた。

 

「遅いよ、理央」

 

 にかっと笑って手を振る奏の姿から思わず視線を逸らしてしまった。

 

「どうしたん、理央?」

 

「い、いや、何でもなかよ……それより早う始めよ」

 

 いつものキャッチボール。奏とは小学生の頃からキャッチボールをしていた。おかげでサッカー一筋の俺はキャッチボールだけは上手くなった。二人しかいない空き地にグローブでボールを受け止める乾いた音だけが辺りに響いている。

 

「なぁ、奏」

 

「なん?」

 

 薄らと汗をかいている奏。汗を拭い、俺へとボールを投げ返す。奏が楽しそうに笑っている。

 

「あのさ、俺ら……もう下の名前で呼び合うのとか、一緒に帰るの止めん?」

 

「……え、なんで急に?」

 

 俺の言葉に奏の表情が固まった。心なしか投げるボールの勢いが落ちている気がする。

 

「俺らもう小学生じゃなかし……それに付き合っとるとかなんだとか変な噂だってたっとるし……奏も嫌やろ?俺と変な風に噂されんの」

 

「……私は……嫌じゃ……分かった……そうする」


 最初の方が上手く聞き取れなかったけど、奏は俺の提案を受け入れてくれた。その後もキャッチボールを続けたが俺ら二人は何も喋らず、ずっと無言のままだった。

 

 その次の日から俺らは『理央と奏』じゃなく『生田いくたと伊川』になった。そして伊川は、あまり俺のクラスに来る事がなくなった。来ても、俺の所じゃなくて、同じソフト部の友達に会いに来る時だけ。でも、それでいいと思う。もし、伊川に好きな奴が出来た時に、俺との変な噂が邪魔しちゃダメだから。俺はそう自分自身に言い聞かせた。

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