第4話 きっかけ(中田×笠原)

「ツーアウト、満塁のピンチっ!!」

 

「ピッチャー、振りかぶって投げましたっ!!」

 

「ほらーっ、生田いくた君と齋藤さいとう君っ!!掃除ばきちんとしてよっ!!終わらんやろ!!」

 

 帰りの掃除時間、男子二人が真面目に掃除をせずに、箒と雑巾を使い野球を始めた。いつとふざけて遊んでいる男子。私は美化委員として注意した。それでもなかなか遊ぶ事をやめようとしない。

 

「おい、二人とも、ちゃんと掃除して早う終わらせて、部活行こうや」

 

 いつもなら生田君達とバカな事ばかりしている笠原かさはら君が、遊んで掃除を真面目にしない二人へ少し強い口調で声を掛けたのだ。

 

 おかしい。

 

 生田君達もきょとんとしている。お喋りもせずに、黙々と掃除をしている。

 

「笠原ぁ、お前が真面目に掃除とかどげんしたん?」

 

「早う終わらせて部活行きたかだけたい」


 ぴしゃりと言い放つ笠原君の気迫に押されたのか、生田君と齋藤君の二人も真面目に掃除を始めてくれた。そのせいか、意外と早く終わる事が出来た。

 

 掃除が終わった瞬間、鞄を手に取ると脱兎のごとく教室から走り去っていく笠原君。それを見ていた皆も唖然として見送るしかなかった。

 

 静まりかえった教室。

 

 奇抜とも言える笠原君の行動に言葉を失っていたのだ。

 

「お、俺も部活行こ……」

 

 齋藤君がなぜか申し訳なさそうにそう言うと、生田君と二人で教室から出ていく。それにつられたのか他の皆もぞろぞろと教室を後にした。

 

 気がつくと教室に残ったのは私だけになった。

 

「どげんしたとやか……笠原君」

 

 本当なら喜ばしい事である。いつもは遊んでばかりいて手を焼いていた男子が真面目に掃除をしてくれた。小言を言う回数もぐっと減る。それなのに、気になってしまう。

 

「さっちゃん、どげんかしたん?」

 

 部活が終わり、一緒に下校している同じ女バスの柏木ちゃんが、先程から黙り込んでいた私を心配して声を掛けてくれる。だから私は笠原君の話しを柏木ちゃんにした。

 

「何か大切な用事でもあったとやろか?だってあの笠原君やろ?サッカー部の三バカトリオ」

 

 三バカトリオ。

 

 担任の先生に付けられたあだ名。いつも三人で集まりバカな事ばかりしている。それは決して授業妨害など悪質なものでは無いが、まるで小学生男子みたいな幼稚な遊びやイタズラ等をキャッキャッと楽しそうにしているからだ。

 

 だが、笠原君は次の日も、その次の日もそれからずっと真面目に掃除に取り組んでいた。いや、掃除だけではない。私と同じ美化委員の仕事も積極的に行ってくれていた。おかげで早く終われて部活にもすぐに行ける。だけど今までは何かと理由を付けて逃げ出していたのに。何があったのだろう?何が彼をつき動かしているのだろう?

 

 私はそれが知りたかった。

 

 だから笠原君を観察する事にしたのだ。

 

 そして、観察し始めて数日後。

 

「ねぇ、中田なかたさんって笠原の事ば好いとるん?」

 

 それは突然だった。同じクラスの五木いつきさんから質問されたのだ。

 

「えっ、なんで?!」

 

「最近さぁ、中田さんって笠原の事ばかり見よるやん?」

 

 あっ……そういう事か。私はただ笠原君がおかしい理由を探るために観察していただけが、周りからはそう見えたのだろう。私は五木さんの誤解を解くために、笠原君を見ていた理由を話した。

 

「ふぅん。やけん笠原の事が気になっとるったい」

 

「気になっとるって言うか……」

 

「頑張ってねぇ」

 

 私の真意が伝わったのか、伝わっていないのか分からないが、にこりと微笑んだ五木さんが手を振りながら去っていく。

 

「お前さぁ、最近なんで真面目に掃除しとるん?委員の仕事もばってんが?」

 

「なんでん良かろうもん……」

 

 少し離れた席から、齋藤君と笠原君の話し声が聞こえてくる。

 

「お前ってもしかして……中田の事ば好いとっと?」

 

「……好いとるっつうか……あいつ、今、女バスでレギュラー取れる様に頑張っとるらしいけん……俺がちゃんとしとけば、掃除とかが長引かんですぐ練習に行けるやん?」

 

「それって……好いとるけん、応援したいっち言うのと変わらんとやなか?」

 

「わからん。わからんけどさ……」

 

 その後の言葉は笠原君の声が小さくなって聞こえなかった。でも、なぜか嬉しさと恥ずかしさの入り交じる不思議な気持ちになった。ふと、視線を感じ前を見ると、いつの間にか、そこに五木さんがたっていた。

 

「ふふふっ」

 

 意味深に笑っている五木さん。私はその顔を直視する事ができなかった。

 

「恋せよ乙女ってね」

 

 そう言うと五木さんは私へぱちりとウインクをして、また別の女子のいる席へと戻って行った。

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