あなたの今いる場所

 埋めたはずの溝口君が今日も私の家へやってくる。

「いらっしゃい」

 死んだはずの溝口君が訪ねてきても私はもう動じない。

 いやぁ、と言って頭をぽりぽりと掻きながら溝口君は話す。

「申し訳ないね、毎回のことながら」

 溝口君の指にさっき出血したばかりのような赤い血が付く。

「私の身から出た錆だからね。仕方がないよ」

 溝口君の姿はあの日から何も変わっていないけど、頭部の血塗れが私のやったことを忘れさせてくれない。

 ちょっとした諍いで溝口君を突き飛ばした。そして、取り返しのつかないことを起こしてしまった。

 会話をしながら私は溝口君を大きいボストンバッグに入れて家を出る。裏山へ行くのだ。

 溝口君を殺したのは私だ。隠すことを決めたのも私だ。

 その日はしとしとと雨が降っていて、早く済ませないと大降りになりそうな天気だった。

 溝口君は私が殺してしばらくしてから訪ねてくるようになった。私が殺したことを恨みも、怒りもしなかった。ただ、自分は土の中にいるべきなのに出てきてしまったから埋め直して欲しいとだけ言った。

 私はそれをただ受け入れる。初めのうちは動揺と、慣れない手つきで帰宅することには疲れ果ててしまっていたが今となっては日々のルーチンの一つだ。

 こんなことして、何になるのだろう。そんなことを思う。

 埋めて、また出てきて、埋めて、その繰り返し。溝口君は私に復讐もしない。最初はいつか人にバレるのではないかと思っていたけれど裏山には人通りが全然なくて一連の作業は見つからないまま続いている。

 一人で淡々と続けていることというのは、気づかれない時は面白いくらいに気づかれないものなのだ。

「ねえ、溝口君はこのまま土の中に戻りたいの」

 夜道を歩きながら、バッグ越しに溝口君に話す。

「出来たら戻りたくはないよ」

「寂しい?」

「土の中は冷たいし、寂しいよ」

「そう」

 歩きながらそんな会話をする。あまりにも淡々とした溝口君の口調に「それなら私の家に帰ってくればいいのに」なんてことを思ってしまう。溝口君を殺したのは、私なのに。

 いつもの埋める場所に辿り着く。スコップを地面に差し込んで、土を掘り出していく。

 もしかすると、私は知らないうちに狂っているのかもしれない。この土の下には今でも変わらず溝口君の死体があって、既に全身はズブズブの腐敗をしているのかもしれない。そして私はそんな現実を見つめたくなくて、こうして腐らず、意思疎通も出来る溝口君の幻覚を見ているのかもしれない。

 慣れた作業でも、この時間は重く、苦しい。溝口君が無言で私の作業を待つ時間が、初めて彼を埋めた時の記憶を甦らせるからだ。

 私が恥も何もかも捨てて、溝口君に縋り付けばまたあの生活が帰ってくるのだろうか。溝口君が私の家にいて、二人で穏やかな日々を過ごすという生活が。溝口君の頭が血に濡れていても、そんなことはきっとすぐに慣れてしまう。私がこんな毎日に慣れたのだから、そんな毎日だって慣れるはずだ。

 ぽっかりと人一人埋まる穴が出来る。

 私はボストンバッグから引きずり出した溝口君をそこに横たわらせる。

「すまないね、いつも」

「そんなことないよ」

 そんな状態にしたのは私なのだから、謝らなければならないのは私なのだ。本当は、ここに埋まるべきなのは私なのかもしれない。

「ねえ、溝口君。溝口君がここから出して欲しいって言ったら私は埋めないよ」

「そう言って欲しい?」

 溝口君は責めるわけでもなく、そう言った。

「わからない」

 私は溝口君に土を被せていく。

「さようなら」

「さようなら」

 また明日とは言わないで、私は溝口君を埋めていく。

 私は溝口君を殺したのだ。溝口君は死んだのだ。そして私は誰にも言うことができなくて、溝口君がどこにいるかは誰も知らない。

 私だけは正しい居場所を覚えていないといけない。

 溝口君は土の中にいるのだ。今も、こうして今も。

 私だけは、それを忘れてはいけない。溝口君の今いる場所は私の家でも、ここではない何処かでもない。

 ずっと溝口君は、土の中にいる。〈了〉

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