第2話 訃報

 そのあともライブハウスで女に会うことはあったが、お互いあの夜のことには触れずに過ごした。割り切った女との一夜限りの関係は嫌いじゃない。むしろ気軽に話せることが増えた。


 数日後、妻が死んだ。路上に倒れているのを通行人に発見された。妻に持病はなく、事故なのか事件なのかは解らなかった。

 怒りなのか驚きなのか喪失感なのか哀しみなのか感情がよく解らない。

 妻に嫌気はさしていたけれど死ぬなんて……。あんなに鬱陶うっとうしいと思っていたのに死んだら思い出ばかり甦る。身内だけで葬儀を終えた。



 妻の葬儀から三ヶ月ほど経ってからライブハウスへ行った。

 久しぶりに来た。秋服というより、初冬の服になっている。

 妻の訃報は周知だった。会うたびにみんながお悔やみを述べる。


 あの女がいた。ホテルに行った女。あまり会いたい存在ではなかったが無視するわけにもいかず挨拶をした。

 女は黒いワンピースを着ていた。ウエスト部分がまっていてスカートが膨らんでいる。スカートのすそからは白いレースがひらひらと出ていた。今日のスカート丈は、立っていても太ももが半分ほど見えている位置だった。メイド喫茶みたいな服だと思った。

 女はお悔やみを述べた。俺も今日ずっと言っている定型文のような言葉を返した。すぐに立ち去ろうとしたら女に呼び止められた。

 女の黒髪が揺れる。しっとりとした、まとまった毛先が宙を舞った。きちんと手入れをしているのだろう。妻の髪の毛は染色を繰り返して毛先はパサパサだった。

 女は自分が妻を殺したと言った。耳を疑ったので確認のために聞き直したが、聞き間違いではなかった。


「天城さんの幸福のためです」

 女は少し顔をかたむけて言う。足が内股になりスカートの裾のレースが少し揺れた。


「君が……犯人なのか」

「方法は秘密です。これで天城さんは自由ですね。私、妻の座を望んでいるわけではありません。天城さんが幸福に生きるお手伝いをしただけです」

 顔を傾けたまま女は笑顔でしゃべり続ける。何を言っているんだこいつは。


「警察に行こう」

 やっと絞り出した言葉だった。

「天城さんが望んだことなのに? どうして警察ですか?」

 女はきょとんとしてスマホを操作し始めた。こいつ……やばい。

「俺は妻の死を望んでなんかいない」

 これだけは伝えねばと思い、冷静を装った。


「あいつ、いなくなってくれればな~」


 女のスマホから声が聞こえた。これは……俺の声じゃないか。

「あの時の音声です。録音していました、全部入っています」

 女は急に声の音量を下げた。

「あの時……? 全部……?」

 なんのことか解らなかった。

「天城さんがシャワー浴びている間に、です。うふふ」

 女は耳元でささやく。最後のうふふ、で鳥肌が立った。


 あの夏の暑い日、打ち上げを抜けた俺たちはホテルへ向かった。

 外は夜になっても熱がこもり生ぬるい空気だった。クーラーで冷えたライブハウスから出たばかりなのでなおさらだったのだろう。

 汗のにおいが気になったのでホテルに着くなり俺はシャワーを浴びた。

 どうしてこの女とホテルに行くことになったのか。そんなことは独身時代にしょっちゅうやっていたことだった。あの日はライブも良くていつもの顔ぶれが揃っていて愉しい時間を過ごしていた。

 女の顔は見たことがあるけれど話すのは初めてだった。女と話すのは愉しかった。そのままのノリでホテルに行った。それだけだ。


「ちなみに今日の服はメイド喫茶ならぬ、冥途めいどがテーマです。奥様のご冥福をお祈りいたします」

 女は急に無表情になった。女に怯える日々が始まった。


 そのも女とはライブハウスで何度か会ったが外見上は普通の態度だった。

 挨拶を交わして他愛たあいない世間話をした。

 俺と世間話を交わすまで、女はずっと俺を見ている。話しかけないわけにはいかなかった。

 女はいつも着飾っていた。白い肌に綺麗な形の白いコート、薄暗い照明の下でも黒髪が輝いている。

 足元はロングブーツにミニスカートを履いている。もう冬なのに、いつも膝が見えていた。

 一通り会話を終えて女が去り、ホッとした俺はすかさず友人の近くへ行った。もう女と話したくはない。友人たちといると女が近づいてくることはなかった。

 それでも女の存在は気になるので時々見てしまう。

 女はいつも一人だった。言葉を交わす知り合いは何人かいるようだが、基本は一人だった。毎回ミニスカートで着飾っているが、女に声をかける男はいなかった。あんなに着飾っているとこちらまで疲れてしまう。

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