第33話 いつもの食卓。大魚料理のレシピを求む!
◇◆
「えー、本日の朝食は芋尽くしです。コロコロ芋と葉野菜のサラダ、蒸し芋の香草添え、ちょびちょび果実のジャムと、ふっくら芋パンに温かミルクとなります」
シュルツがテーブルに料理名を言いながら並べていく。ペルンから料理指導を受けながら、日々是修行を合言葉に、今ではシュルツが作っている。ペルンは並べられていく彩とりどりの皿に盛り付けられた料理を眺めながら「まったく、朝から森に吹き飛ばされていたにしては、うまそうな朝食を作ったもんだべ。それによ、風呂の修繕より畑の開墾だ。
「芋パンの焼きたての香りが、最高です」
椅子から身を乗り出して、涎が垂れるのをそのままにパンを食い入るように凝視している。
「ココは焼きたてのパンが好きですから、小麦粉の量を若干多めにしました」
「っ! シュルツちゃん、良く分かってる」
「シュルツ様の料理の手際には本当に感心でございます。食材も残り少ないなかでもこんなにも豊かな食卓を作り出せるなんて、すごいです」
「皆で囲む食事は楽しいね」
食卓の上を彩とりどりの話が賑やかに溢れている。ココが言ったように皆で食卓を囲むことは楽しい。それに食事を囲む人たちの関係を良く表わすのだとシュルツは思う。ココと離れて食べていた食事は味がなく、色もなく食べ物という感覚すらなかった。だから、こうやって皆で楽しく食事のときを過ごせるのはとても嬉しかった。何よりも食事はそれを囲む人たちの笑顔から始まるのだとシュルツは食事を盛り付けながら一人納得するのだった。
皆の前に皿が並んだのを見届けてからココはすぅーーっと大きく息を吸った。
「みんな、朝ごはんだよ。いただきます」
「主たる女神よ。貴方の慈悲に感謝して、この食事を頂きます」
ココとユリの食事の祈りを待ってから、それぞれパンを取ったりサラダをよそおったりして食事が進んでいく。そして、話題が自由都市ナトラの話になった。ユリが一人浮島に残ることに皆が思案するなかで、シュルツが思いついたように言う。
「それなら、浮島を引っ張っていけば良いと思います。ココの魔動器で牽引すれば、ユリさんと一緒に行けますよね?」
「おお、シュルツは面白れぇことを考えるべな。んじゃあ、魔動器とか言わずにそこの大食いのウナギにでも引っ張てもらえば楽勝だべよ」
「おい、ペルン。上等じゃ! 吾は売られた喧嘩はすぐに買う主義じゃ。今すぐ表に出るがいい、ペルンっ!!」
「シュルツちゃん。それ、とてもいい発想。浮島から離れられないなら、浮島ごと私の魔動器で持って行っちゃえばいい。浮島は天異界に固定されているから、それよりも強い力‥‥‥そう、リヴィアちゃんの実存強度があれば浮島を空間から遊離できるはず。うん、いいかも」
食卓の上でそれぞれの会話が行き交う。ユリは呆気にとられた表情のままで、ココを見つめていた。その横では、リヴィアがペルンを窓から投げ飛ばしていたのだが。
「ユリちゃん。私はこの浮島を引っ張って行くって決めたよ」
ココの大きな瞳に見つめられて、心が温かく体が震えるように感じた。いくらココ達と一緒に暮らしていても、浮島から自由に離れられない自分はココ達とは別のものなのだと一線を引いていた。そうでもしなければ、寂しさが心を満たしてしまうから。ココ達を浮島の外で守れないやりきれなさが怒りに変わってしまうから。だから、自分の心をどこか遠くに、離れた場所に置いていた。だけど、かつては無理矢理に胸の奥に閉ざしてしまった一緒に冒険できる夢をもう一度抱いても良いというの?
ココはユリの手を力強く握った。
「一緒に冒険に行こう。ずっと思ってた。私はユリちゃんと天異界をいっぱい冒険したいって」
「ココ様。本当によろしいのでございますか? 私は災いを、黒魔術師をよぶかもしれません。ですから―――」
「ダメ。私はユリちゃんと一緒が良いの。それにどんな困難が襲ってきたって、この前みたいに皆で力を合わせれば必ず乗り越えられるよ。だから、一緒に冒険に行くの」
「ええ。ええ、もちろんでございます。私めでよろしければお願いしとうございます」
少し声が上擦っているユリの声音。それをシュルツは何だか良いなあと頬む。だから、追加で、ジャガイモ料理を食卓に運ぶのだ。
いろんな食事を皆に出したいとシュルツは思う。だが、リヴィアの召喚と連樹子の一件でペルンの畑の作物がなぎ倒され、食べられるものといえば芋のみとなっていた。そのために、ペルンは作物の早期収穫を求めて促成栽培に日々励んでいるのだ。人数が増えた分だけ、特にリヴィアの大食によって食料があっという間に底をついてしまう。
よく食べるのは良いことだべ! と気合をさらに入れ直したペルンが新たな畑の開墾を始めている。シュルツはペルンに言われたわけでもなく、早朝になると畑に出かけるペルンについて行く。一人よりも二人の方が早く畑を開墾することが出来るし、それに食事を囲む皆の笑顔がシュルツにとっては嬉しかったのだ。その笑顔の為に、シュルツはペルンの作業を見よう見まねで繰り返す。そんな二人のもとに応援だといって、ココが作業用魔動器「畑をうなうなちゃん号」と一緒にやって来て、畑づくりの毎日。
そんなある日の事。畑の畝を作っているシュルツにペルンが木刀を放って寄越した。
それ以来。
畑仕事の前にペルンが稽古をつけてくれるようになった。「俺のことは、ペルン師匠。これだけは譲れねえべ!」「はい! ペルン師匠」そんな感じで修行が始まっていく。ある程度の基本が終わると、鍬が手渡されて開墾の始まりだ。
畑の作業は朝のうちに終わり、それから夕方までは自由時間となっていた。だから、シュルツはその時間を利用してペルンから教えを受けた型を、同じように繰り返し、何度も何度もその型の軌跡を体と木刀でなぞる毎日を過ごしているのだった。
―――と、シュルツはリヴィアの声で我に返る。
見やればリヴィアがシュルツの顔を覗き込んでいる。その後ろでは家屋の玄関が開き、肩で息をしているペルンが戻って来ていた。
「なぜ、食卓に魚が並ばぬのじゃ? この浮島には魚が泳いでおろう?」
「畑に魚はいねえべ。それも分からねえとは、やっぱウナギはウナギだべよ」
「ペルンさん、その物言いはどうかと思いますよ。リヴィア様。今日の食事の後に魚を取りに行くのは如何でしょうか?」
「ウナギがウナギを釣ってくんのか~? がはははっ!」
リヴィアがまたもペルンを窓からぶん投げて、椅子に座りなおした。その隣でココが口いっぱいにパンを頬張って、口の周りに沢山のジャムをつけている。それをユリが食卓用の布で丁寧に口元のジャムをふき取っていた。
リヴィアはそんなユリをみて、にやりと笑みを浮かべて高らかに宣言した。
「よし! ユリの案に乗ったぞ。ならば、この吾が魚を捕まえてこよう。ココ、大物を仕留めてくるがゆえ、楽しみに待っているのだ。」
「うん。大きな魚、楽しみ」
ココも期待のこもった眼差しをリヴィアに向ける。それがリヴィアの気持ちをさらに熱くさせてしまった。彼女の白群色の髪がざわざわと波打ち、気合が込められているのが傍から見ても分かるほどに。
と、シュルツがデザートの芋プリンを炊事場から運んできていた。ペルンの席の前に置かれた芋プリンは、席の主が不在のまま、リヴィアが無造作に食べてしまっている。ユリが「あの、それはペルンさんの分ではないでしょうか?」などと、ため息交じりに言っているのがシュルツの耳に聞こえた。
家の外からはペルンの抗議を伴った声が近づいてきているようだ。今日も一日、賑やかになりそうだなあとシュルツは思った。
◇
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