第31話 絆の結び目。家族の語らい。

「ん、これのこと? これは、ずっと昔に出来たものだから今は全然痛くない。それに、ユリちゃんのとこに来てからは傷は増えてないもんね。そうだよね、ユリちゃん」

「はい。ココ様に襲い掛かってくる敵は悉く屠って参りました。私の目が黒いうちは、ココ様の玉の肌に傷は付けさせません。ただ、先日のシュルツさまの件についてはリヴィア様がいらっしゃらなかったらと思うと‥‥‥。でも、シュルツ様も彼なりに一生懸命に原始術法を抑え込もうと頑張っていました。そのときに出来てしまったシュルツ様のお怪我の具合が心配です」

「ふむ」


 シュルツの原始術法の暴走があって以来、シュルツの名前を出すとリヴィアは眉間にしわを寄せて押し黙ってしまう。怒りを抑え込んでいるというよりは、リヴィアの中で葛藤がせめぎ合っているのだろう。傍から見ても十分にそれが分かった。ユリは、リヴィアとココを見つめて胸中で思う。ココは聖霊の愛し子。聖霊にとっての『愛し子』は何物にも代えがたい存在であり、ありていに言えば母であり、そして娘のように愛しく守らねばならぬ存在。そして聖霊世界のかなめ


「リヴィア様。シュルツ様の件は―――」

「分かっておる。そのことについてはペルンからも言われておるよ」


 ばつが悪そうにリヴィアは湯船に鼻下までつけて、ココと同じようにぶくぶくと気泡を立てた。




 それは数日前に遡る。

 ココが意識を取り戻してからも、ココとシュルツはお互いに話す機会を持てないでいた。ココとシュルツはお互いに話をしたかった。ココはシュルツに「私は元気。だから、負い目を感じることなんてないよ。一緒に前を向いて冒険しよう」と心配するシュルツを励ましたかったし、シュルツもココに「ごめんなさい」と謝りたかった。しかし、リヴィアが二人を会わせないようにしていたのだ。リヴィアは「ココは未だ療養中で話せぬ。話したいことがあるのならを通してもらおう」と、頑なにお互いに直接会うことを阻んでいた。

 確かに聖霊にとっての愛し子は尊き存在であるから、その行動には理解はできる。しかし、あまりにもココとシュルツの面会を拒む姿に、そのときのユリは家族が壊れてしまうと懸命に説いたのだ。「リヴィア様。ココ様の家に集う人は、みな家族なのでございます!」と。それでもシュルツを拒絶するリヴィアの態度に変化の兆しは見えなかった。


「あの糞ウナギの馬鹿に、言っておかねえとなんねえべ!」


 ふんと鼻息も荒く、ペルンがどしどしと足音を立ててリヴィアが看病するココの部屋に向かったことが転機となった。ペルンはリヴィアが居座るココの部屋の扉を力任せにぶち破り、押し入っていく。そして言い放った。


「おい、リヴィア。おめえいい加減にしろや。おめえはココを守っているつもりだろうが、単にシュルツにビビっているだけだ! 魚類だからって甘えてんじゃねえ」 


 ペルンがリヴィアの首根っこを押さえて居間に引き摺ってきた。その居間にはシュルツを待たせてあったから。リヴィアはシュルツの前で数瞬押し黙り、口をもごもごと動かしていたが、にわかに大きく頭を下げた。


「シュルツ、一度しか言わぬから良く聞くのじゃ。今回の件は、吾が悪かった、すまぬ。変に気を回しすぎておった」


 ペルンが鼻息荒くふんぞり返り、ユリが微笑んでいた。


「ほれ、シュルツ。おめえはココの部屋に行ってこい。何か話したいことがあんだべ?」

「はい、ペルン先輩。ありがとうございます!」


 シュルツが足早にココの部屋に向かっていく後ろ姿をながめて、それからペルンが振り返ってリヴィアに席に着くようを促した。不安そうにしている姿にペルンは「リヴィア、大丈夫だ。心配するようなことにはなんねえよ」にやっと笑いかけた。


「それによ、おめえは心配しすぎなんだべ。当人同士でしか分かり合えないやり取りってがあるもんだ。心配しすぎのウナギは、俺の淹れる茶でも飲んで少しは落ち着くといいべよ」


 がははは! と不安を一蹴させるようにペルンは笑って、茶の用意を始める。ユリもそんなペルンを手伝って、濃いお茶を湯呑に注いでいく。ずずっと、茶のすする音だけが居間に響いていた。


 シュルツはココの部屋のドアを叩き、そして開く。そこには大きな紅い瞳でシュルツをじっと見つめてくるココの姿があった。シュルツはベットで上半身を起こしている彼女の姿を見て、一瞬心が詰まった様に震える。だが、彼は息を大きく吸い込み、ココに一番に言いたかったことを伝えた。


「ごめんなさい。ココ、本当にごめんなさい」


 シュルツはココに対して謝り続ける。


「系譜浸食でココを‥‥‥僕が連樹子を使ったから、ココがすごく傷ついて。僕がココの体を壊したんだ。謝って済むことじゃないのは分かってる。でも、どうしてもココに謝りたいんだ。本当にごめんなさい」


 ベッドで上半身を起こしているココは、シュルツの言葉を一つ一つ頷きながら聞いている。


「うん」

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