第6話 遥かなる強者に、その術を穿て!

 山腹に草木一つない斜面が広がっている。火山ガスが吹き出しており、所々の吹き溜まりにガスが結晶化していた。その斜面に窪地があり、その奥に大きな亀裂が走っていた。ちょうどその奥底に目的の制御魔動器はある。家屋ほどの大きさの円柱の形をなした魔動器は、地中深くで形成されているエーテル結晶石の測定・記録・調節を行っていた。それはココがエーテル結晶石の研究を進めるためであり、自身のエーテル不足を補うための糸口を探すためでもあった。そして思わぬ副産物として地中のエーテル結晶石から僅かではあったがエーテル結晶の欠片を入手することが出来た。これに目を付けて、浮島の環境に悪影響が生じない範囲内でエーテルの欠片を吸い上げていたのだった。


 その魔動器を興味深そうに調べる者がいた。


 黒を色調とした軍服を纏った男の周囲には、無数に散乱した魔獣の肉片の山が出来ている。魔動器の機能をあらかた確認し終えた男は、手近にあった大型魔獣の首に腰を下ろして腕を組んだ。「意外にも速いな。面白くなりそうではないか」男の視界の映る白く乾いた亀裂の断崖。その岩肌を交互に弾く音が断続的に響いていた。


「ほう? 視認を超える速さ、身体能力としては申し分ないぞ。ふむ、やはりこの浮島は当たりであったようだな。辺境と侮ってはいたが、存外に楽しませてくれる」


 男の言動が終わらぬうちに突如鉄杖が男の眼前に躍り出て、その頭部を横殴りにした。鉄杖の末端による強撃で男の頭蓋は砕かれ、首があらぬ方向に折れ曲がる。確実に脳漿のうしょうが飛び散ったはずだとシュルツは思ったが、その軍服の男は絶命することも倒れることもなく悠然と少年を見下ろしていた。


「ふはははっ! いきなり殴りつけるとはな。だが、どうだ? 期待して待ってやってみればこの程度のエーテル支配度だとは。随分なめられたものだ」


 頭蓋にめり込んでいた鉄杖を片手で押さえつけてシュルツを蹴り飛ばす。もんどりを打って倒れるシュルツに向かって、男が「忘れものだ」と鉄杖を投擲してきたが、既の所すんでのところかわす。

 軍服の男はというと、シュルツが与えた鉄杖の攻撃事態が幻のごとくに消え去ってしまい、全てが攻撃する前の状態に戻ってしまっていた。


 攻撃の無効化。


 実存強度の絶対的な差によって生じる現象。シュルツの攻撃が現実化されずに、全てが無効化されたのだ。エーテル支配度こそが強者の基準である。


「そうか、これが天ノ則者あまつのことわりのもの。実存強度の差というものなのですね。うーん、どうやって殺したものでしょうか。ちょっと困りました」


 知識を実戦によって体感したシュルツは改めて軍服の男を見やる。自らにとって実存強度の絶対的上位者を天ノ則者あまつことわりのものと呼ぶ。実存強度が0.1000以上離れれば攻撃は全く通じない。まして、1.0000以上も離れるなど論外だと言われている。弱者は強者に針を刺すことすらできない。それがこの世界のことわりだった。


「所詮は魔動器人形か、つまらん。俺が相手をするまでもないが―――、情報は集めねばならんな。さて、人形がらくたよ。俺の興味が湧くように踊ってみせろ」


『聖ヱ術・数多の欠片から永遠の具現に偽生と黒』


 その軍服の男は手に赤黒い球状の物体を現わして、自らの椅子にしていた大型魔獣の骸に埋め込んでいく。


「この異形獣キメラと戦わせてやろう。勝てたならば人形がらくたであっても、褒美を与えてやる。どうだ? 少しは俺を楽しませてみせろ」


『聖ヱ術・身体に淀む影。光に導く陽炎』


 男は異形獣を白き光で包み込み、獣の身体能力を大幅に向上させていく。それは強化魔術であり、明らかに筋肉・速度・保有エーテル量が増加し強化されていた。

 軍服の男は淡々と作業を続けている。そもそもその男にとってシュルツ自体はどうでもよく、対話すべき対象だとは露にも思っていない。ただ、浮島の辺境周辺部になぜ人形がいるのかを知りたいだけだ。


 生み出されていく異形獣は男の周囲に転がっている屍を取り込んでいく。ただ、浮島に生息する鋸牙狼イバラ―――上顎犬歯が鋸のように発達した犬型の魔獣の屍を核としたためか、姿形は鋸牙狼イバラと同じ姿をしていた。ただ、表皮から無数に脚が生えており、腹の下には取り込んだ獣の頭部が生えていた。「魔動器を守護する獣を異形に変えたのですか」シュルツは異形獣に向き直り、その姿をつぶさに観察する。姿が鋸牙狼に近しいなら攻撃も生来のものと同様なのだろうか? シュルツは地面に突き刺さった鉄杖を手に取り、構え直した。


 実存強度

   シュルツ      4.2700

   異形獣キメラ       4.2651 


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