第3話 夢。積み重ねられた努力の傷跡。

 そう言ってココは恐る恐るシュルツの表情を伺った。彼が自分の体のことを心配してしまうのではないかと―――ううん、違う。私が血を吐いたことについて、シュルツが自分自身を責めてしまっているのではないかと私自身が恐れたから。


 でも、シュルツはココの吐血を見るとすぐさま彼女を自らに抱き寄せて、自身のエーテルをココに分け与えていく。


 ココが血を吐く理由。それは高度な魔動器を創り上げる為に多大なエーテルを使ってしまうから。だが、彼女が内包するエーテル量はあまりにも乏しすぎた。それでも魔動器制作に自身のエーテルを注ぐことを止めず、さらに生命活動を維持するためのエーテルさえも使ってしまっていた。その命を削る行為が体を過度に疲弊させ、慢性的な虚弱体質を導いていたのだった。

 ココはエーテルを限界以上に使用し続ける。それは彼女の夢を現実のものとするために、一切の躊躇をせずに使い続けていた。


「大丈夫、もう大丈夫です。今、僕が不足したエーテルを補っていますから。でも、君の体はこんなにも衰弱しきっている。正直に言って欲しい。君が苦しんでいるのは、僕の起動実験が原因なのでしょう?」


 シュルツはココの体を循環するエーテルを観る。その生命を維持する流れは所々で断絶し、シュルツから補充されたエーテルがその断裂から零れ落ちていってしまっている。それ程までに彼女の体は深く傷ついていた。


「大丈夫。私は大丈夫なのです。シュルツ、ごめんね。貴方をびっくりさせてしまった。これはいつものこと、慣れてる。だから、そんなに悲しい顔をしないで」


 ココは不意に咳き込んでしまう体を無理矢理に押し留める。それから、シュルツの手を握り返しながら、これからのことを話し始めた。


「今はちょっとだけ体に力が入らないけど、聞いて欲しい。これから貴方と私は一緒にこの天異界を駆け巡る。エーテル結晶を採取しに冒険に出たり、現世界に下天して沢山の従者を系譜入りさせるんだ」


 この話はシュルツが目覚めたときにココから一度聞かされたこと。だけど、彼女にとっては一番に大事な核心。だから、シュルツはもう一度その会話をなぞっていく。


「従者ですか?」

「そう。たくさん力をつけないと、天異界の中央には行けないから」

「天異界の中央には何があるんですか? そのために君はこんなにも命を削らなくてはならないのですか?」

「叡智の法がある。それを手に入れなきゃならない」

「叡智の法‥‥‥」

「うん。でも、天異界の中央には強い人たちがいっぱいいる。その人たちを越えて行かなきゃならない。だから、貴方と一緒にたくさん力を付けていきたいの」


 ココのほんのりと高揚した頬に、シュルツはそっと触れた。ココの熱意が伝わってくる。「そうでしたね。僕は狭間の奥底でこの輝きを見たんだ」彼女の揺るがない決意の瞳。だからこそ彼は自分の気持ちを、ありのままに伝える。


「大丈夫です。すべて上手くいかせます。僕が必ず君を天異界の中央に連れて行ってあげます。だって、君は僕に体を―――この世界に目覚めさせてくれた。でも、それ以上に君は僕にとっての光そのものなのですから」

「私は貴方をシュルツ・ニーベルと名付けた。シュルツ、本当に貴方の目覚めをずっと待っていたんだよ。そして貴方は私の初めての系譜従者。私はまだまだ系譜原典として力不足だけど、これからいっぱい頑張る。だから、シュルツ、よろしくです」


 ココはシュルツの胸にもう一度耳を寄せる。

 二千年前、ココは『原初の狭間』から生命の鼓動を宿した『不思議な石』を手に入れることが出来た。その石を人形体の深奥で融合させようとした。それは9番目の意思でもあったから。でも、それは失敗した。来訪者の解放という最悪の結果を招き、来訪者の力の頂きたる熾灼シシャクまでも顕現させて天異界と現世界を含むすべてを滅失させようとしたのだ。それを何とか封印し、八核オクタ・コアの助けを借りてシュルツが失ってしまった人格を育ててきた。そして、今こうして会話を交わすまでになった。本当に嬉しい。

 シュルツの手のひらから暖かな温もりをココは感じている。それは系譜を通じて彼女にエーテルが流れ込んできている証左でもあったが、そんな事実よりもシュルツとの繋がりを感じることが出来てココは一層嬉しくなる。

 唐突に、1階の玄関の扉が荒々しく開け放たれた。


「でけぇ音がしたから、急いで帰ってきてみたわけだが。‥‥‥まあ、大丈夫みたいで安心したべ」


 玄関の扉を開けたのは黄土色の機械然とした体躯の魔動器人形。体の関節音を鳴らしながら、ココとシュルツを交互に見やって、それから2階を見上げた。「見事な大穴だべー」と飽きれた様子の魔動器人形は、人間と同様の姿であるシュルツとは異なり鋼鉄の肌を露わにしていた。


「ペルン、お帰りなさい。私はこの通り大丈夫!」


 シュルツに抱えられているココは、ペルンと呼ばれた魔動器人形に向かって笑顔を向けている。

 ペルンはシュルツの肩をぽんと叩き「ココに対するエーテル補充。いい判断だべ。これなら体の回復が早くなるからな。良くやったべ」と彼の行動をねぎらった。それから、ペルンはココの瞳を覗き込む。


「ココ、俺に体の具合を良く見せてみるべよ」


 ペルンの言葉にココは「うん」と頷いて、彼を見上げた。

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