異端勇者は日常を愛している

泉里侑希

1.勇者殺し

001-1-01 勇者

 とある学校にある体育館に類似した施設。通常の体育館に比べて四倍ほど広く、ステージもスポーツ用のテープラインもない、まっさらな広場。通称「訓練場」と呼ばれているところに、十七歳の少年少女が二十人ほど集まっていた。皆一様に半袖半ズボンの体操服を着用している。


 普通なら体育の授業を行う学生に見えるだろう。だが、彼らは普通の学生ではないのだ。


 それは教官らしき男性が授業の指示をしてから明らかとなる。


 生徒たちは二人一組に分かれると、お互いに向き合い、何やら構えを取り出した。そして、次の瞬間。


「『ファイア』」


「【宣誓】、彼の者を貫かん。【光の槍シン・スピア】」


「●◆▼――〈風の鉄槌エアハンマー〉」


「〈戒めの水ホールド・ウォーター〉」


「『雷撃ライトニング』」


 炎が噴き上がり、光で形成された槍が投げ込まれ、風の槌が突進し、水が縄のように蠢き、雷が直進する。


 それ以外にも、常識ではありえないような現象が訓練場の各所で発生していた。その原因は誰が見ても学生たちで、彼らはペアを組んだ者と摩訶不思議な術で戦闘を繰り広げている。


 繰り返し言おう。彼らは普通の学生ではない。


 彼らは世界を救った“勇者”なのだ。




 五十年前、人類は有史最大の事件に見舞われることとなった。行方不明となる人々が世界中で続出し、その数は世界人口の三パーセントにも及んだのだ。


 当初、魔法のように忽然と消えることや被害者の関連性のなさなどから、事件の解決は困難を極めた。犯人の特定どころか、再犯防止さえままならなかった。


 当たり前だろう。被害者は世界各所で発生していた上、人目の多い場所で消える者もいたというのに、犯人を目撃したという人が一切いなかったのだから。


 事件発生の瞬間に居合わせる人たちは少なからずいたが、それでも「被害者の足元が突然光り出したかと思ったら、被害者がいなくなっていた」といった荒唐無稽な証言しか聞き取れなかった。


 各国の捜査機関が手を焼く中も被害は増大していき、何の成果も得られないまま数年が経過した。


 ある日突然世界から消えることを誰もが恐怖する折、事態は急展開を迎えることになる。何と、行方不明者の一人が唐突に帰還したのだ。それだけではない、その後も次々と帰還するものが現れた。


 世間は大いに騒いだ。行方不明者たちが帰還したことで犯人が彼らを解放したと考え、自分たちにその脅威が降りかかる可能性が低くなったと認識したのだ。


 だが、行方不明者たちが語った事件の真相の元、それが楽観であったことが証明される。


 彼らは全員、「異世界へ勇者として召喚され、その世界を救うために奮戦していた」と口にした。


 最初は大半の者が嘘だと切り捨てた。それぞれが異なる世界に召喚されたと言って、各々別の世界の話をしたのだから仕方のないことかもしれない。常識のある者ならば、催眠術や薬で妄想に取りつかれていると考えるだろう。


 しかし、話終えた帰還者たちが特異な力――異能を行使したことで、全ての人々が納得せざるを得なくなった。



 勇者召喚。


 異世界の危機を救うために呼び出され、勇者として戦う。ファンタジー小説や漫画の定番であるそれが、世界を揺るがす事件の真実だった。


 ただし、物語の勇者召喚とは異なり、その実態は夢も希望もない。


 ひとつ、召喚された原因(世界の危機)を排除しない限り、元の世界には帰還できない。加えて、救国を達成したとしても大した報酬など得られず、一日いちじつ以内に強制帰還されてしまう。


 よって、創作定番のロマンスなどありえなく、大抵は元の世界へ帰るために馬車馬のように戦うことになる。


 ひとつ、特別な力など与えられない。異能の適性が高く習得が早いというアドバンテージはあるが、逆を言えば学ばなければ力を得られない。つまり、召喚当初は全くの無力ということ。平和な現代社会をすごす人間が、危機的状況の世界に送られてどうなるか……。行方不明者に対し帰還者が三分の一の人数であることから、どれほどの苦行なのかは想像に難くないだろう。


 それでも帰還を為した者たちは、異世界にて死ぬ物狂いで異能を学んだのだ。


 ひとつ、勇者召喚は一人一度とは限らない。確率は高くないが、一度召喚された者が二度三度と、一度目とは別の世界へ召喚されるケースも存在した。一度の救国で終わりと安心できないのだ。


 以上の三点からの結論。勇者召喚とは“世界の危機を救う”という“仕事”に派遣される“使い捨ての社員”というわけだ。しかも、本人の意思に関係なく雇用契約が行われ、報酬は一切ない。怪我をしても、それどころか死んでしまっても、何も保証されない。ブラック企業も裸足で逃げ出す鬼の所業だ。



 それらのことが判明してから、勇者召喚は一種の災害として扱われた。


 ただ、人々も指を咥えて眺めていただけではなく、勇者召喚の研究や帰還した勇者たちのアフターケアなどに手を尽くした。


 結果として、五十年経った今でも召喚を防ぐ術は見出せず、研究自体の進展もあまりないのだが、それでも勇者たちには手厚い保障が用意された。


 そのひとつが“独立区アヴァロン”。


 茨城県沖にある人工島のことを指し、勇者召喚から帰った者たちが一堂に暮らす独立自治区だ。


 隔離処置とも捉えられるが、こればっかりは仕方がない。普通にはない能力を持った者など、普通の人々には――特に権力に浸かった者たちには疎ましく見えてしまうだろう。抹殺処分にならなかったのは、勇者たちを敵に回した方が恐ろしいことと、先人たちの努力の結果だ。


 それに、隔離するためだけにアヴァロンが作られたわけでもない。きちんと保護の役目も担っている。


 それは未だに残る勇者への偏見から守るためであったり、異世界で覚えた異能を一層モノにしてもらうためだったり。


 特に後者は重要だ。勇者召喚は一度とは限らない。今後のために、覚えた力を十全に振るえるよう訓練することは最優先課題なのだ。



 ――訓練場にて妙な技で戦い始めた少年少女たち。


 そう、彼らは異世界から帰還した勇者であり、この施設はアヴァロンの教育機関の一つ、“国立波渋はしぶ学園高等学校”にある異能訓練場なのだ。


 現在行われている戦闘は異能訓練の一環で、対人戦闘の授業だった。


 世界を救ったことだけはあり、皆洗練された動きを見せており、訓練の重要性を理解して真剣に戦っている。そこに普通の学生の姿はなく、歴戦の勇者がいた。


 とはいえ、全ての勇者がここまで優秀なわけではない。波渋学園は異能訓練をする関係上、実力ごとにクラス分けをしていて、今いる彼らは同学年で最も優秀なクラスなのだ。


 そんな中、一人目立つ少年がいた。


 といっても、とびきり優秀というわけでも、目に見えて劣っているわけでもない。どこまでも普通だった。


 誰もがギラギラと覇気を放っているにも関わらず、彼だけは淡々と戦闘をこなしていく。黒短髪で日本人然とした平坦な顔立ち、背丈はそこそこ高いが体躯は細め。特筆することのない容姿というのも、彼の“普通さ”を際立たせているだろう。


 相手をしている少年も、雰囲気につられて苦笑いを浮かべている。


 そうこうしているうちに戦闘訓練の終了が合図され、そのまま授業も終わりとなった。今日の授業はこれで全課程終わったため、あとは帰るのみ。そのせいか、場には弛緩した空気が流れていた。


 覇気のない少年も、さっさと家に帰ろうと出口へ向かおうとする。


 ――が、それは一声によって止められた。


「待て、伊藤一総いとうかずさ!」


 少年もとい一総が声の方へと振り返る。


 そこには偉丈夫がいた。身長は一総と同じくらいだが、筋肉の引き締まった肉体は均整が取れていて、見る者によっては美しく映るだろう。また、身体だけではなく、顔も二枚目だ。


 彼は二枚目な顔を歪ませ、不快そうな心情を浮かばせていた。


 それを見た一総は若干眉にシワを寄せると、彼の通称を口にする。


「何の用だよ、『勇者ブレイヴ』」


 すると、『勇者』と呼ばれた少年は、歪ませた表情の種類を変えた。不快な様子は変わらないが、先程までよりは気まずい感じだ。


「外の人間はともかく、仲間内で『勇者』って呼ぶのはやめてくれ。気が引ける」


「……そうか。すまないな、師子王」


「いや、構わない」


 彼の名前は師子王勇気ししおうゆうき。一総が呼んだ通り、『勇者』という通称がある。


 勇気が他の勇者たちを差し置いて『勇者』の名を冠しているのには理由がある。それは彼が歴史上最多の勇者召喚数十五回を誇っているからだ。


 二位が十回で歴史上二人しかおらず、四位は七回で一人。同学年でも優秀なクラスメイトたちも四回なのだから、どれだけ破格な数字かは理解できるだろう。


 世界を十五回救った実力は言わずもがな、その精神も素晴らしいの一言。平和を重んじ、正義を愛する。真面目で誠実。困っている人がいたら迷わず手を貸す。才能に奢らず、常に努力をし続ける。完璧な人間がいるとしたら勇気のことを指すのではないかと思えるほど、彼には全てが揃っていた。


 だからこそ、誰もが『勇者』と呼ぶし、他の勇者たちも彼が『勇者』と呼ばれることに不快感を覚えない。まぁ、真面目な性格ゆえ、本人は勇者たちに『勇者』と呼称されることが引け目に感じるようだが。


 閑話休題。


 そんな勇気が声を掛けた理由を一総は思い当たっていた。彼の性格から考えれば、ひとつしか心当たりがない。ゆえに、彼の嫌がる『勇者』と口にして話を逸らそうとしたのだが、効果はなかったようだ。


 勇気は「そんなことよりも」と前置きをして、話を続けてしまう。


「さっきの戦闘訓練はなんなんだ?」


「『なんなんだ』と言われても」


 何のことだか分からないと肩を竦めると、勇気は眉を逆立てた。


「まさか自覚がないのか?」


 無論、彼が何を言いたいのか理解しているが、正直に白状するかは別問題だ。一総はまだ話を有耶無耶にすることを諦めていなかった。苦笑いとも呆れとも取れる微妙な表情のまま、勇気に視線を返す。


 曖昧な一総の態度も焦れたのか、勇気は言葉を放った。


「まるで気合が入っていなかったじゃないか! なんなんだ、あの戦闘。機械的に淡々とこなすあれは“戦闘”じゃなく、もはや“お遊び”の域だ。あんな手抜きをするようじゃ、本当の戦闘の時に死んでしまうぞ!」


 真面目で努力家な彼の目からは、一総の戦闘訓練の様子は『不真面目で怠慢』と見えたらしい。実際、真意はともかく、一総は相当手抜きをして訓練をしていたので何も言い返せない。だから、話を逸らそうと努めていたわけだが……。


 反論のない彼の態度を受けて、勇気は湧き上がる怒りに両肩を上げたが、息を吐いて落ち着かせる。そうして、次に出た語調は一総を慮ったものだった。


「君のことを『救世主セイヴァーの名折れ』とか、『運が良かっただけの勇者』とか、『楽して世界二位』とかバカにする者も多い。普段の行いから良くてしていかないと、そういった悪い評判は払拭できないぞ。伊藤一総、ボクは君のためを思って意見を述べているんだ」


 彼の瞳に映るのは、本気で一総を心配する心。混じり気のない純粋な善意だ。


 ゆえに――だからこそ、一総は内心で舌を打つ。


 勇気は良い人間だ。助けの求めには率先して応じるし、困っている人も見捨てない。他人を騙すなんてことはしないし、約束は必ず守る。確固たる信念も持っているし、それを貫く実力もある。


 だが、どんなに完璧な人間でも欠点は必ず存在する。勇気にとって、それは『自分を疑わないこと』。彼は自分の価値観が常に正しいと思い込んでいるのだ。


 確かに、勇気の価値観はイコール現代社会の価値観と言っても良いから、大抵の人が同じ意見を口にするだろう。そのため、悪癖に拍車が掛かっているともいえる。けれど、全人類が同じ意見を持つとは限らないのだ。


 今回もその悪癖が発症している。一総が『バカにされたくないと思っている』ことを前提に話を進めている。他人にバカにされても平気なんてありえないと思い込んでいるのだ。


 これの厄介なところは、勇気自身に悪意がないこと。百パーセント善意で意見を発していること。


 勇気が一総に物申すことは、何もこれが初めてではない。彼に対して反論しても無意味なことは悟っていた。


 それなので、一総は黙って踵を返すことにした。


「あっ、ちょっと待ってくれ。話は終わってないぞ!」


 勇気が静止を呼び掛けるが、気にせず歩を進める。


 もう授業はなく、あとは帰宅するだけ。それならば足早く帰路についてしまおう。


 他のクラスメイトたちから「せっかく勇気が気にかけてくれてるのに」とか「感じ悪い奴」とか囁いているのが聞こえてくるが、全部無視だ。


 その程度で気に病む一総ではないし、どうせ明日になれば勇気共々落ち着いているはずだ。


 そんなことをボンヤリと考えながら、荷物を取りに教室へ戻る。


 その道すがら、唯一持ち出していた私物、スマートフォンがバイブレーションを震わせた。


 先程のやり取りから推察できる通り、一総には友人がいない・・・。よって、スマホに届いた通知が誰からなのか、彼はすぐに察した。


 彼はズボンのポケットからスマホを取り出し、中を確認する。一件のメールが届いていた。


 案の定、内容は一総の予想通りのものだった。



 宛名:アヴァロン自治政府

 件名:救世主招集

 内容:本日十七時までに、波渋学園本棟の第一会議室まで来られたし。



 メールを一読し、盛大に溜息を吐く。


「ままならないなぁ」


 彼の呟きは、人気のない廊下に溶けて消えた。

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