『白黒の夢』 *流血表現有

それは幼い時に見た夢だった。


目の前で、母が死んだ。黒い大型トラックが、引き殺した。何度も、何度も引き殺した。


夢だった。


母は雪のように白く、血飛沫は張り合うかのようにどす黒かった。私を突き飛ばした母の手は、折れてしまいそうなほど真っ白で、私はその手を掴み損ねて、母は亡き人になった。


色の無い予知夢だった。


*


はじめて白黒の夢を見た時、私は泣きながら飛び起きて母にすがり付いた。母が、まるで夢を再現するかのように、天に昇ったのは、それからたった一週間後のことだった。


しばらくは、その悪夢を繰り返し見た。母は何度も私を庇って死んだ。



母が亡くなって半年ほど経った頃だろうか、夢の内容が変わった。その夢には色がついていた。私は悪夢の終演に、心から安堵した。新しい夢には、決まっていつも、同じ男性が出てきた。私は、悪夢を終わらせてくれた彼に夢中になった。ただ、顔はよく分からなかった。まだ幼かった私には、年上のお兄さんというだけで、なんだか途方もない大人の人のように感じられた。


しかし、その幸せな夢も長くは続かなかった。


突然、夢の終わりに、彼が死ぬようになった。その終わりは様々だったが、共通しているのは彼がおぞましくことだった。


しかしその夢は白黒ではなかった。その事実だけが、私の理性を保ってくれていた。


ただ、予知夢を一切見なくなったわけではない。白黒の夢は、時々、近所の犬やペットの鳥の死を私に告げた。


私は、おぞましい夢を見ることについて、ただ気持ちが弱っているだけだと、言い聞かせることにしていた。



私は、奇妙な夢と付き合いながらも、なんとか高校生になった。始めて、好きな人ができた。両想いだった。私は幸せだった。気持ちが落ち着いているからだろうか、妙な夢も見なくなった。


ある日、私は彼氏と喧嘩をした。些細なことがきっかけだった。その晩、夢を見た。


「久しぶりだね」


幾度となく私の夢の中で死を遂げ、おそらく今日もまた死ぬであろう彼は、笑って私に話しかけた。


「久しぶり」


夢の中の私も、笑って答える。


「どこかへ行こうか」


彼は私の手をとり、私たちは並んで歩く。映画をみたり、公園を散歩したり。そうして、最後にはキスをする。


「愛してるよ」


そう言った彼の顔が歪む。手にぬるい感触。彼は死んでいた。どす黒い血に濡れて。目を覚ます。刺された男が顔面蒼白なのは当たり前だし、血はそもそもどす黒いのだ。鮮血を期待するほうが間違っている。この夢は、何色の夢?


動機を抑えて、彼氏に電話をした。夢の中の彼の顔は、彼氏にそっくりだった。


「やっと謝る気になった?」


彼の声は暖かかった。私は「ごめんなさい」と小さな声で告げて、仲直りをした。さっきの夢が予知夢なはずがない。そう言い聞かせて眠りについた。



夢は終わらなかった。


彼を刺した私の手が真っ白だったのは、きっと寒いから。公園が真っ白いのは、ただの雪化粧だ。見ていた映画は昔風のモノクロの洋画に違いない。


そう言い聞かせる度に、夢は色を失った。



「なんの映画を見ようか」


またはじまった。繰り返される夢。私はモノクロの洋画のポスターを指さした。


「公園を少し歩こう」


彼は私の手をとらなかった。私はコートのポケットに手を入れる。冷たいプラスチックのナイフが指に触れる。


きっとまた、繰り返されるのだ。このナイフで、きっと、また。


いつもの場所で彼は立ち止まった。「愛してる」という言葉が、合図。私はポケットのナイフで、彼の心臓を突くのだ。


「別れよう」


真っ赤な血が飛び散った。あたたかいものが手に触れる。世界は驚く程色付いていた。血は驚く程赤くて、彼の顔は驚く程青かった。雪なんて降ってはいなかった。


ナイフが私の手から落ちる。そのまま膝から崩れおちた。



それは悪夢の始まりだった。意識が遠くなっていった。

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