第3話 発表会1

 ミラは改めて室内を見渡すと、唾を呑み込んだ。


『発表会』というから少数の関係者での集まりだろうと想定していた。それは間違いでは無かったが、関係者の面子については完全に想定外で、制服組、背広組共に軍の幹部の顔が並び、さらに総統閣下までも出席予定だという。


 総司令部ビル、最上階より一つ下の決して広いとは言えない会議室。総司令ビルという場所を聞いた時から、ミラは嫌な予感を感じていた。


 ◇


魔導鎧メイルどころか武器の一切を携行禁止って、どういう事なんです?」


 移動の車中でミラは思わず声を上げた。余程の事がない限り会議室へも護衛は帯同し、武器の携行も認められている。


総統閣下あのオッサンも来るからじゃよ」


 サラッと言い放つ博士ドクに唖然とする。


「オッサンって……総統閣下ですよ⁉」

「知るか。魔導研究の環境を与えてもらっとる事には感謝しとるが、『閣下』なんぞと呼ぶ義理は無いわい」


 全く、この人は……。


「だから、今日狙われるとしたら総統あっちの方じゃ、武器はいらんよ。お前さんはワシの後ろに立ってりゃええ」

「……それ、護衛が私である必要があります?」

「大いにある。お前さんでないと、いかんのだ」


 ……一体、どういう事だろう。本来の護衛任務の人員を断ってまで、自分を連れていきたい理由の見当が付かない。可能性があるとしたら――。


「博士、伺っても?」


 博士は閉じていた目を片方だけ開いて先を促す。


「今日、発表する内容って、何なのです?」

「……一言で言えば、世の中がひっくり返るかもしれん事だ。良い方にか、悪い方にかは、わからんがね。それ以上は、訊くなよ。楽しみが減っちまうからな」


 それだけ言うと博士はたちまち大イビキをかきはじめた。


 ミラは軽くため息を付いて、外を眺めた。窓を開けたかったが、この車は完全防弾仕様で、窓も固定されている。


 その時、車内のインタホンが鳴った。運転席と後席は隔離されていて、会話は全てインタホン越しに行う。


「何か?」

 緊張を感じながらミラは通話ボタンを押す。

「失礼致します。空気清浄機の強度を上げますので、そのご連絡です。――魔素スモッグ注意報が、発令されましたので」


 ドライバーの言葉に改めて外を見ると、確かに総司令ビルの基部付近が霞んでいるように見えた。


「了解した」


 昨夜見た、魔素の輝きを思い出す。魔素とは魔導を使う際に大気に放出される、微細な粒子である。量が少なければ目に見えず、何の害も無い。


 しかしその濃度が濃くなると、人体に深刻な影響を及ぼすのだ。――

 魔導エネルギーは、魔導士のみが持つ魔導細胞で作られる。それを持たないアシッド人の体は、本能的に魔導に対し拒絶反応を示してしまう。『魔導中毒』と呼ばれる目眩や吐き気等の体調悪化が生じてしまうのだ。場合によっては命に関わることすらある。


 魔素は空気より重く、地表近くに沈滞する。かつて魔導士が栄華を極めた時代からその滞留は続いており、アシッド人はそれから逃れる為に上空へと建物を築いてきた。

 この魔導都市トレントはその歴史の結果、もはや誰も把握出来ない程複雑高度に築き上げられた階層都市なのだ。かつて「地面」と呼ばれた、土が存在する場所がどれほど下にあるのか、誰も知らない。


 魔導高炉が建造されてから、魔素スモッグ注意報が出る頻度が特に増えたように思うのは、決して気の所為ではないだろう。


 結局博士は到着するまで――到着してからもしばらくは――目を覚まさなかった。


 ◇


「失礼致します」

 ノックと同時に扉が開く。一瞬、部屋内の緊張感が跳ね上がったが、入ってきたのは親衛隊の制服を着た将校一人だった。


「総統閣下は只今こちらに向かわれております。もう少々お待ちください」


 それだけ言うと大仰に敬礼し、退出する。

 総統室は一階上の最上階だ。向かう、というほど距離がある訳ではない。全く、大袈裟なものだ。


「――失礼。煙草を一本宜しいかな」


 しばらく待たされると分かったのか、制服組の一人がテーブルの葉巻に手を伸ばす。


「どうも、魔導士臭いのでな。煙草でも吸わんと、空気に耐えられんよ」


 小太りのその将校は、軍部内でも反魔導士派の代表的な存在として有名だった。


「ワシの事かえ」

 博士はニヤっと笑い、

「総統に言って、お前さんのとこには中古の装備を回そうかの」


 フン、と将校は盛大に煙を吐き出す。魔導士マジシャンでありながらこの場にいられる博士の立場の強さは誰もが理解するところで、だからこそ嫌みの一つもぶつけなければ気が済まないのだろう。


「……今日は特に、だ」


 将校は煙草の灰を落とし、その先をずい、とミラに向けた。


「知っているぞ、そいつは混血人エムだろう。混血人エムなんぞ同席させるとは。総統閣下も出席される場なのだというのに、少しはわきまえるという事を知らんのか!」


 このような反応には、もう慣れている。それより、ここまでの高級将校にまで自分の存在が知られているとは思わなかった。

 ミラが感心していると、


「せめてその見苦しいバイザーを取れ! 武器でも隠しているんじゃないのか」

「……発言しても宜しいでしょうか」

「何だ!」

「これを外すと、さらにお見苦しいモノをお見せする事になりますが、構いませんか」

「見苦しい――?」

「戦傷で、目をやられまして」


 言いつつバイザーに手をかけると、将校の顔が歪んだ。


 公式的にはになっている。あからさまな嘘だとしても、それで周囲との摩擦が少しでも減るのなら、ミラにとっては必要な嘘だった。


「……その辺で宜しいでしょう。私の大切な部下に、それ以上の無礼な発言は控えて頂きたいですな」


 将校はその穏やかな声の主に向けて、再び煙を吹き出す。


「ふん、カンザス・シティ少佐か。――この混血人エムは、魔導騎兵大隊そちらの所属だな」


 将校は言いつつ、手元の端末を叩く。


混血人エムではありません。ミラ・サクナ・ライナー中尉です」


 カンザス少佐はあくまで穏やかに言葉を発する。ミラに今日の命令を発した、張本人だ。


「ミラ・サクナ・ライナー、か。史上最年少で魔導騎兵試験に合格。その後の活躍には、確かに見るべきものがある。しかし、だ」


 将校は口の端を歪め、


混血人エムならば、魔導鎧メイルへの適応力が優れているのは当たり前ではないのかね」


 魔導鎧は全身に魔導エネルギーを流す事により、装甲と肉体の能力向上を実現しているが、リスクもある。先に書いたように、魔導細胞を持たないアシッド人は魔導エネルギーへの耐性が弱い。その為魔導鎧を長時間装着すると魔素中毒と同じ症状を起こす事があるのだ。人によっては装着すらできない事もある。

 それ故、全身魔導鎧フル・メイルを装着できるアシッド人は非常に少なく、能力と適応力を兼ね備えた彼らは魔導騎兵と呼ばれ、魔導士から恐れられていた。


「……適応力だけで、魔導騎兵になれるわけではありませんよ。彼女の働きを見れば、ご理解頂けると思いますが」


 将校は荒々しく灰皿に煙草を押し付け、


「そのへらず口を閉じんか! 加えてその混血人は、ライナーの娘だというじゃないか。よくぬけぬけと入隊できたものだ――」


 その瞬間、一際甲高いノック音が響いた。


「総統閣下がお見えになりました!」


 総員、起立して姿勢を正す。――入ってきたのは、丸眼鏡を掛けた痩せぎすで、小柄な男。そして、その後ろから全身魔導鎧フル・メイルを纏った、二人の魔導騎兵。


 ……親衛隊、か。


 魔導騎兵の中でも、一部のエリートしかなれない総統直轄部隊、親衛隊。その全身魔導鎧は専用の黒色に染められ、両側面に入った二本の白いラインは親衛隊の象徴。さらに通常のマスクは眼の部分がバイザー型になっているが、親衛隊仕様は顔の中心に円状の魔導カメラが埋め込まれており、無機質さが強調されている。「親衛隊の1つ目」として敵味方問わず、恐れられていた。


 ザッ、と皆が一斉に敬礼をする。総統も敬礼し、入口に一番近い席に座った。それを合図に全員着席する。


「……さて」


 総統が口を開く。


「我が友、博士よ。事前に聞くところによれば、今日は長年に渡る研究の成果を持ってきてくれたとか。期待しているよ」

「すまんが、その期待に添えるかはわからんぞ」


 大袈裟に腕を広げる総統に、博士は遠慮無い言葉を発する。


「今日この場で言えるのは、理論だけじゃ。本来はここから実験を重ねにゃ、使い物になるかどうかも分からんレベルのな」

「理論! ――そう、理論だ。我々が欲しているのは正になのだよ、博士」


 総統は眼鏡の奥の目を見開き、


「理論とは何か。理論とは、アイデアだ。結論に至るまでの、新たな道筋を示す希望だ。それは、限られた天才にしか描く事ができない。理論を検証して使えるようにするのは、その他の凡人が行えば良い。凡人はいくらでもいる。しかし天才はそうはいかん。……なぁ、博士。我が友人よ。君のその光り輝く頭から生み出された数々のアイデアが、一つでも私の期待を裏切ったことがあるかね」

「無いな。ワシはいつも、完璧な男だ」


 異議有り、とミラは反射的に口から出そうになる言葉を必死に抑える。


「そう。そうだ、その通りだよ、博士」


 総統は満足気に歯を剥き出し、何度も頷いた。


「――では、聞かせてくれたまえ。の理論をな」





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