6-2.

〈ローズside〉



「恥ずかしい!あーもー!恥ずかしいっ!」



 目が覚めると知らない天井で今度こそ死んであの世に来たと思ったけど、側でお父様が本を読んでいる姿をみて、別邸に寝かされて寝巻きに着替えさせられた事が分かった。


 そしてパーティーでやらかした事を思い出して私は恥ずかしくて死にたくなった。


 パーティーの主役が絶叫して会場から逃げ出すって、オイッ!

 絶対頭のおかしい子どもだと思われたじゃない!



「安心しろ、小さな虫に気付いて叫んだ事にしておいた。」


「ありがとう?なの?」


「なんで疑問系なんだ。」



 そんな誤魔化し方で通用したの?


 書庫の生活で蜘蛛もネズミもゴキブリもムカデも平気なんだけど。

 突然空から大量にムカデが降って来たとしても大丈夫なんだけど。

 

 これからは虫怖い設定も背負わないといけないの?

 めんどくさ。

 


「私気を失う前にお父様に何か言ってなかった?」



 かなり恥ずかしい言葉を言った気がするのだけど思い出せない。



「・・・・・特に。」


「なら良かった。」



 安心したのは束の間、ふとこの後の事を考えると絶望に頭を抱えた。



「お祖父様とお母様・・・。」



 次会った時どうなることやら。

 


「大丈夫だ。初めは気を失っているお前を叩き起こそうとするぐらいキレていたが、当主とダリアにはしばらくお前が別邸で過ごせるように私が説得した。2人はお前の最近の行動について色々思う所があったようだから納得したぞ。」


「なんて説得したの?」


「お前にはカウンセリングが必要だと。」


「・・・・・。」


「しばらく王妃教育から離れて、別邸で静かに治療した方がいいと言っておいた。」



 確かにお祖父様とお母様に暴言を吐いたり屋敷から脱走したりと、高熱が出る前の完璧だった公爵令嬢の私なら絶対やらなかった行動を取っていた。

 更にマナーは吹っ飛んでるわ、自分が主人公のパーティーであの男の前で叫び出して逃げ出すやらで、お祖父様とお母様から見たら異常行動だと思われても仕方ない。

 だけど複雑ぅ。



「私が学者という点においてだけは、当主とダリアは私を信頼しているからな。」


「う、うん・・・複雑だけどありがと。」


「カウンセリングが必要だと思っているのは本当だぞ。」



 恥ずかし過ぎて枕に顔を埋める私。


 外の茂みで水分で顔をぐしゃぐしゃにしてアンの名前を呼んでいたなんて、あんな私の姿をみたら誰だってヤバイと思うわよね・・・恥ずかしい!



「お前は前世での出来事の所為でトラウマが発症しているように見えたが、これから何度も殿下に会うのにその度にそうなっては心が壊れてしまうぞ。ある程度はどうにかしないと。」


「それは、そう思う・・・。」



 でも治せる気がしないッ!

 だって恨みとか怨みとか憎しみとか凄いの!

 


「せっかく、せっかく、77歳で死んで人生始めからやり直せるのにっ!こんなんじゃ、ずっと・・・ッ!」



 書庫の中にいるのと変わらないじゃない。



「あの男と関わる人生なんて嫌なのに・・・なんで私なのよぉ。」



 またボロボロと涙が出てきた。

 最近涙脆くて困る。



「アイリスの方が可愛くて評判なんだから、アイリスが婚約者になればいいのにぃ!うぅ・・・。」



 布団の一部は私の涙でびちゃびちゃになっていた。


 私の、どの言葉に疑問に思ったのか、お父様はなんだか考え込んでいた。

 


「お前の前世では、お前は初対面から殿下に嫌われていたと言っていたな?」


「そうだけど?」



 お父様は眉間に皺を寄せた。

 どんな感情?



「お前が殿下に嫌われてその後殿下とアイリスが仲睦まじく踊る様子を楽しみにしていたのだが、その様にならなかったぞ。お前の前世話の信憑性が下がった。」


「嘘じゃねーしッ!本当だし!拍子抜けしたのは私の方だし!」



 1回目と違う出会いに驚いたのは私の方なんだから!


 半信半疑だった私の前世にお父様は限りなく嘘だと思いはじめていた。

 

 元より人に言っても信じてくれない話を、お父様は半分は信じてくれた事に私は嬉しく思っていたけど・・・最初から信じてくれないよりも、途中から嘘だと思われる方がショックを受けていた。


 こんな嫌な気持ちになるのも全てあの男のせいよ!


 

「何故かあの男お世辞で甘い言葉吐きやがったの!ホントありえないッ!」


「好かれてるに越した事はないだろ。」


「あんなの見せかけよ!今度は違う方法で私を陥れようと考えてるに決まってるわ!」


「ベタ惚れだったと思うが。」


「あ”ぁ?」



 お父様がバカな事言うもんだから、下品な声が出た。



「あの男が例え今世で多少は私に好意的な態度を取ったとしても、あの男があの男でいる限り私は憎むし不幸を願うわ。私を助けてくれなかったボアルネだって破滅すればいいと思ってるもの。」



 だって全て覚えているから。



「お前はーー・・・・・なんでもない。」


「何よ?」



 お父様は何か言いかけて私から目を逸らした。



「お祖父様とお母様はあんな姿の私を見てもまだ私を王太子の婚約者にしたいんでしょ?」


「そうだ。別邸にしばらく住まわせるなら、お前を元に戻せと言ってきた。」


「相変わらず情がないんだから・・・。」


「私はお前が生まれてからのこの10年間、お前に関わる事なく別邸で暮らしてきたが・・・お前と話をするまで特に何も感じていなかったが、確かにダリアはお前に対して・・・。」



 お母様の私に対する態度をどう形容していいか分からないお父様。



「愛がない?」


「・・・・・。」



 お父様は眉をひそめた。

 


「そんな顔しないでよ。お父様にとって私の話は信憑性が少ない妄言だとしても、私の中では本当の話で、77歳まで生きた精神年齢おばあちゃんの私は今更親の愛情なんて求めてないわ。私はただこれからの人生を自由に生きたいだけよ。」



 お母様は愛していない私を王太子の婚約者にしたい理由は、多分私を・・・。



「お母様が私を自分と同一視しているから。多分。」



 お母様は現国王様が王太子時代の婚約者だった。

 だけど結局は王様は別の人と結婚してしまった。



「自分が成し遂げれなかった事を私にさせようと考えたのね。今世では絶対にそうはさせないんだから!」


 

 お祖父様から洗脳教育を受けていたお母様は、王太子に選ばれなかった自分を恥じて、自分の存在事態がコンプレックスになって大嫌いになった。

 だから自分に瓜二つの私に自分が果たせなかった悲願を叶えて欲しいのと同時に、大嫌いな自分に瓜二つな我が子の私が大嫌いでとても厳しかった。


 この事に気付いたのは40過ぎてからだけど、お母様の私に対する態度全てに納得がいった。


 私には欲しい物は全て買い与えてくれたけど、王妃教育はとても厳しく、優しく接してくれたり、愛を与えられた記憶がない。


 だから私は何でも買ってもらえる事がお母様からの愛情だと勘違いしていた。


 だからアイリスがお母様に抱きしめられ優しく撫でられている光景を酷く羨ましがったんだと。

 心の奥底では気付いていた、お母様は私を愛していないと。



「ダリアがお前を同一視?」


「多分だけど。聞いた事あるでしょ?お母様が元婚約者に振られた話。」


「・・・・・・・・なるほどな。」


「お祖父様はただ単に、甘やかされたアイリスよりも私の方が婚約者に向いてると思ったんでしょうけど。」



 お父様は私の話に納得してくれたみたい。



「お父様・・・・・あの話本当?」


「あの話?」


「アンダルシア1世の短剣を見つけたら私を隣国に養子に出してくれるって。」



 100年前に紛失した短剣なんて見つかるなんて思ってないけど、どんな可能性でも逃げ道は多い方がいい。



「ああ、本当だ。短剣があればお前と王太子の縁を切ってやる。」



 お父様は真っ直ぐな目で私を見つめた。



「私、やるわ。アンダルシア1世の短剣を探し出してみせる。」



 お父様が手を出して私はその手を握り、ぎゅっと握手をした。



「(そしてアンも探し出す!アンは私の事を知らないとしても、私はアンが大好きだから!)」



 アンがいない人生なんてありえないもの。






〈ウォーレンside〉



「お前はーー・・・・・なんでもない。」



 私も憎く想っているのか?


 そんな言葉が出そうになった。



『お父様・・・なんで助けてくれなかったの?』



 聞いていた通りにならなかった前世の話は信憑性が下がった。

 魔法についてまたゼロからだと残念に思いながら、叫んで会場から出て行った我が子を探しに行った。


 だが、気を失う前に言った我が子の身に覚えのない言葉に、後悔と胸の痛みを感じてしまった。


 もしもの事を考えた。


 もしもあの子が養子の相談や前世の記憶の話を私にせず、別邸に訪れる事なく大人になっていったとしたら・・・。


 あの子に不幸な出来事があったとしても、他人の様に助ける事はなかっただろう。


 何故ならあの子が別邸に訪れるまでは、他人同然に我が子を思っていたからだ。


 それにあの子の言っていた前世と違う展開になったが、あの子の妄言だと決めつけるには幾つかの違和感を感じた。


 特に・・・。



『ローズの父上殿・・・何を思ってそう言ったのか分かりませんが、ローズはアイリスと比べものにならないくらい美しくて可愛いくて素晴らしい人だ。』

『この世の誰よりも幸せにさせてみせます。』



 ルイス・ヴェルフェルム。

 我が子が激しい嫌悪感を表しているからなのか、気味が悪く感じた。

 

 我が子とアイリス共に初対面だと思っていたが・・・どこかで見かけた事でもあるのか?

 


「引っかかるな。」



 あの子の前世の話は妄言かも知れないが、私の勘が信じるべきだと言っている。



「我が子なら親として信じるべき、か・・・。」



 "なんで助けてくれなかったの?"



 私の中に生まれた親としての情なのか、そんな言葉は二度とあの子から聞きたくないと思った。







next→

第ニ章.7. へ続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る