深夜の甲子園は悲鳴が上がる

「着いたか」

 僕は地図アプリを起動していたスマホを閉じて、上を見上げる。


 ―――阪神甲子園球場


「思ったより、綺麗だな」

 よくプロ野球中継で球場内はみることがあるが、外観は昔見た漫画のイメージで草みたいなツルがわさわさっと覆っていると思っていたが、整備されているツルは生で見ると綺麗に感じた。そして、目の前の甲子園球場はレトロな感じがありつつも、近代らしさもあって整備されている。


 これから、47都道府県の代表と推薦を勝ち取った21世紀枠の2校の計49校の選手たちが夢を叶えにやってくる。

 

 甲子園に出ることが目標だった選手も、甲子園に出ることは当然だと思っている選手も、甲子園での勝利を明日から目指し、そして、優勝校が全ての高校球児の夢を喰らいあげる場所、甲子園球場。


 明日、ここには再度訪れるが、それはフィールドではなく、3塁側観客席。

 21世紀枠に一縷いちるの望みをかけたが、当然のように叶わなかった。


「帰るかな・・・」


 少し散歩をして、深夜の誰もいない球場の外観でも見れば、荒んだ気持ちも晴れると思って見に来たけれど、気持ちはより切ない気持ちで満たされ、地方大会決勝戦のフィールドで転がっている白球と、エイトのホームベースで喜んでいた顔を思い出してしまった。


 僕はここに来るまでは、甲子園球場の外観を一周しようと思ったけれど、振り返って今来た道を戻ろうとする。


 ―――その時だった。


 “すーっ”と、その時の嫌な記憶と共に、自分でもよくわからないもやもやしたものが、得体のしれない“”に吸い取られていく感覚に襲われた。


 振り返るのも怖かったが、そうもいっていられない。

 僕は意を決して振り返る。


 そこには先ほどと何も変わらない甲子園球場しかなかった。

 僕はほっと息をはく。

 気が付くと、いつの間にか僕の心臓をバクバクして、冷や汗をかいて、息が上がっていた。


 そんな焦っていた自分が滑稽こっけいに思えて、くすっ、と笑ってしまう。

(さぁ…行こう)


「きゃああああっ」

 

 甲子園球場から女の子の悲鳴が聞こえる。

 

 僕は体が固まるのを感じた。

 ヒーローだったら、悲鳴を聞いた瞬間、その一歩が動いているのだろうが、僕はただの高校生なのだ。学校の模範的生徒であるべきという高校球児という肩書きを背負っていたが、そんな重たいものは放り投げて、残された高校生活を満喫せずにはいられない自由で無責任な高校生の僕だ。


(面倒ごとなんて・・・っ)

 甲子園に出るには実力と運が必要だ。そんな中、部を上げて町の清掃やら、ボランティア活動やらをやってきたが、運にも見放され、21世紀枠にも入れない。

 そんな青春を過ごしてきて、今が一番、神様に対して不信感を持っている時期に、人助けなんて・・・と思いながら、他の誰かが代わりに様子を見に行ってくれていないかと周りを見渡す。

 

 誰もいない。


 時計を見ると深夜0時を過ぎている。今日の9時から夏の甲子園が始まる。


「あぁ・・・っ、痴漢でもなんでも21世紀枠検討中に事件解決できてればなぁ!!」

 今までの積み重ねてきた善いことはしなければならないといった模範的な高校球児の生活が身に沁みついており、こんな悪びれたい時期であっても僕の体を動かしていた。


 開いているドアを見つける。

 まるで、導かれるように僕はその扉が光って見えた。


「ちきしょー!!守衛しゅえいさん、ちゃんと扉を閉めとけよ!!てか、県大会決勝戦で敗れた少年、腹いせで不法侵入とか書いたり、呼ぶなよなぁ!!」


 僕は走りだす。武器なんて何にもないが、それでも走る。

 声がどこから聞こえたかなんてわかるはずもないのだが、施設内ではなく、甲子園球場のグラウンドから聞こえたような気がしたので、急いでグラウンドへと走っていく。


「えっ?」

 グラウンドの見えるところにたどり着くと、バッターボックスに少女がいた。


 左バッターボックスには銀髪のポニーテールの少女。

 右バッターボックスには金髪のツインテールの少女。


 そして、彼女達が見ている先には影がいた。

 

 月夜とは言え、夜の暗さ以上の暗さを持つ、得体のしれない影がいた。

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