「垂直線上に吸うシガレットが奇天烈に人間のジビエです」と君はうんこ味の煙草に溺れた。(大興奮☆アクション活劇ここに到来!!)

 "ヘビースモーカー"はやめておこう。

 そう思うに至り、弔辞の台本に取り消しの一本線を薙いだ。

 妻との別れに見合う言葉は何だろう。物静かなダイニングで一人考え込んで、ついに答えは出なかった。

 私の目の前に立ち塞がった災厄は今も理性を蝕み、ともすれば私をも死の快楽の淵へと誘おうと悠然と門戸を開けている。

 筆ペンを握る指先は茹でタコみたいに鮮やかに変色し、習字は滅法に震えた。

 不思議と涙は出なかった。ただこの瞬間の虚無に似た感情が、いつか悲喜こもごもの豊かな情感に変わることだけを強く求めていた。不自然に悲劇の種を探す私の浅ましさに、つくづく嫌気が差した。

 気晴らしに台所に立って、インスタントコーヒーの瓶を何気なく取る。そして、コップ一杯のコーヒーを作って、動物の習性のように迷わずダイニングへ戻った。

 マドラー代わりの銀スプーンを流しの深皿めがけて放つ。期待通りカチンと磁器が高音を鳴らすのを聴き、次の感情に至った。銀器のきらめきの反発ホップと、痛みザ・ペインフルの反響。すなわち、心地よさここに極まれりというにふさわしい恍惚の感触センスである。パン屑とジャムで汚れた蔦柄のプレートは、彼女が灰皿に愛用していた形見の品でもあった。


「バナナを食って煙草を吸えヨ? こいつがあちきの脱糞スカトロ☆ファックだで」


 彼女は愛煙の土器ドキ土器ドキクイーンだった。喫煙に関して、百害あって一利なしという金言に異論の無い私だが、5mg片手に換気扇の前で憂きまなこをする彼女の姿は聡察さに満ちていて好きだった。

 彼女はことに煙草のに明るかった。食後の喫煙は欠かさなかった彼女だが、とりわけバナナの完食後に吸う煙草の味は「人間の最たる幸甚」と形容して疑わなかった。


「朝食に一本、手前の肉棒みてえなくだらねェバナナ喰らって、そして一発、新鮮な香り高え煙草一本口に入れて火炎放射ボンッだ。するとホラ、高級な燻製の芳香スメルと共に、口ん中にじわーっと、そう、くその味が染み渡ってくるんだ。こいつがあちきにはどうしたって堪らねえ劇物ドラッグなんだヨ。きょきょきょ」


 私も勧められるままに試してみたこともあったが、ただただ嗜好に合わないというだけで、至高のファックに到達することは叶わなかった。

 彼女にはいくつかの方針ポリシーがあった。いや、それは一子相伝の喫煙空中殺法と呼ぶにふさわしい程、伝統と換骨奪胎の適度な均衡の果てに連綿と受け継がれてきた一つの流派シンタックスに他ならなかった。


「煙と火と肺。煙草に必要なのはこの三つだけなのは疑いようも無ェが、果たしてこいつらにはある共通点がある。それは、どれもを目指すってことさ。

 いいか。煙も火も、昇るのはうんと上空だ。それゃ分かるだろ?ならはいは何だって? ンなもん、ハイを目指すってことに決まってんだろ、きょきょきょ」


 そう言って彼女は軽い屈伸をし、後者の反動で地を離れる猛きとんびと化すのだ。

 えび反りに宙を仰ぎ、体躯を軸に浮上する足先の振り子で月の弧をなぞる、かのムーンサルト殺法の手合いで空を駆け、夢幻の象徴となる。

 やがて健脚の放物線は頂上に差し掛かり、身体は空中で屹立する。その瞬間を逃さず、彼女はライターに指をかけ、地を向いた煙草を咥える。

 便宜的な言い換えオルターネーション。芋虫ち☆ん☆ぽの山巓到来バーティカルリミットである。

 そして火柱は垂直線上真一文字に噴き放たれ、きざみを種に燃え。真白なフィルターが燻り、褐色に身を染めて白煙を立てる。それは登竜門を超えた野の鯉の如く勇ましく、通過儀礼イニシエーション的に彼女の口に吸い寄せられたる。

 誘い。輪郭のおぼろな神秘じみた白絹のような数本の煙は、上空に凛然とそびえる彼女の肺の中へと見事に収斂した。

 各々の自然が三位一体に混ざり合い、ついには果てのない夜の頂のような深淵なオーガズムを踏破する。

 三☆日☆月☆鬼☆ま☆ん☆こ☆大☆爆☆発!!!!!ポオォーーーーーーーーーーウぅ!!!!!!

 それは天然の肺を芳醇な燻製に御膳立てした「人間のジビエ」に他ならない。

 彼女の一族が代々受け継いできた喫煙の技。徒手空拳でちんぽを振動シェイクするような慎ましき感動である。

 私は滂沱たる涙のジビエを流した。彼女はまだ歴史の途上に立って、私を水辺線上ホリゾンタルのその先へと案内しているのだ。


 "彼女はになったんです"


 弔辞のサゲは、こいつで決まりだ。

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