ミュリィの気持ち

 私は王女として生まれましたが、母親が平民の出であったこともあって、生まれてからしばらくは王宮の片隅で母親と二人、ひっそりと育ちました。

 男子であれば後継者になれなかったとしても武将や文官として国のために働くことが求められるため幼いころから厳しく育てられますし、正妻の娘であるエレナ姉様や魔法の才能があったルネア姉様はいわゆる英才教育を施されたようです。

 そのため私は幼いころは兄様や姉様たちと兄弟であるという認識も希薄でした。


 ですがそんな私の暮らしは変わりました。私が六歳になったころ、母が体調を崩してしまったのです。元々母は田舎の村娘でしたが、たまたま父上に目に留まって側室になった身。王宮での暮らしは様々なプレッシャーやストレスがあったのでしょう。


 その後私は急に傅役のような方がついて育てられることになりました。そのため、以前よりも周りの方、そして二人の姉様とも接する機会が増えたのです。

 その時から私も何かしなければということで神殿で聖女見習いは務めていたのですが、私の魔法は全然大したことがないものでした。魔法だけでなく勉強も他のお稽古事も、礼儀作法も、全部。それから私は二人を追いかけるために色々なことを頑張りましたが、結局どれも中途半端なまま今に至っています。




 それらのことは自分の努力不足だと思っていたのですが、一つだけ特に明確に記憶に残っていることがあります。

 数年前、八歳ぐらいだった私はエリサ姉様とルネア姉様と一緒に魔法の腕を父上の前で披露する機会がありました。


「私から行くわ」


 最初に手を挙げたのは当時から魔法に自信のあったルネア姉様でした。そして凄まじい炎魔法で十メートル先の固い鉱石を軽々と焼き尽くしたのです。それを見て父上は拍手を送り、他の家臣たちも拍手を送りました。


 そしてその次に私の順番になりました。エリサ姉様は剣術に優れているという話は聞いたことがありましたが、魔法については特に練習はしていなかったからかもしれません。


 そこで私は回復魔法を披露しました。ですが当時の私の力ではかすり傷一つ治すのが精いっぱいでした。それでも父上は私に賛辞を送ってくれたと思います。


 最後にエリサ姉様の番が回ってきました。

 姉様はボヤみたいなファイアーボールを使って「あたしはやっぱ向いてないや」と言って終わりました。私もどうにか面目を保つことが出来た、とほっとしました。

 ですがその後、帰る途中で私は偶然家臣たちが話すのを聞いてしまったのです。


「エリサ殿下はなぜあんな手加減をしたんだろう?」

「さあ、疲れていたんじゃないか?」

「エリサ殿下に限ってそんなことはないと思うが」


 それを聞いて私は全てを悟ってしまいました。エリサ姉様は空気を読むことに長けている方です。もし魔法を学んでいる私よりも、無練習でうまい魔法を使ってしまっては私が傷つくと思ったのでしょう。そしてその予想は悲しいぐらい当たっていました。一つエリサ姉様に誤算があったとすれば、そのことが私の耳に入ってしまったことでしょう。


 こうして私はこのような後ろ向きな性格になってしまったのです。それでも私は性格でも他の方の迷惑になってはいけないと思い、何事も一生懸命、出来るだけ明るく振る舞うよう心掛けてきました。

 そのため、私は外面的には「明るい三女」と認識されるようになったのです。




 そんな私にとってメルクリウス先生との出会いは衝撃的なことばかりでした。とはいえ最初のきっかけは私の失言だったと思います。先生の「好きな科目はあるのか」という質問につい「ないです」と答えてしまったことです。多分それがきっかけで先生は私の本性のようなものを見抜いてしまったのだと思います。


 そして私の内向きな性格が魔法が出来ないことからきているということをすぐに見抜いてしまいました。そしてこれまで出会った大人と違ったところは、先生がお忙しい中私に魔法を教えてくれようとしてくれるようになったことです。私のコンプレックスに気が付いている方はエリサ姉様を始め何人かいますが、皆腫物に触るような扱いをするばかりでした。わざわざそれを治そうとしてくれたのは先生が初めてです。


 そして先生は私のコンプレックスを解消する方法として特訓を提案してくれました。


 私にとってこのコンプレックスは結果が出ないことが原因だったので、とにかく何かの目に見える結果を出すことが必要だと思っていました。しかしそれでうまくいかないからこそ私は苦しんでいたのです。


 そして私は先生と一緒に合宿のようなことを行いました。最初はこの方法でうまくいくのか半信半疑でした。人はそう簡単に変わるものではないので。ですが特訓中これまでずっと王宮にいたのにそこから離れたこともあって、私の気持ちは色々変わりました。自分でも驚いたのは私が先生に対して様々な我がままを言ってしまったことです。


 最初は環境が変わったせいかと思いましたが、一日目の夜に読み聞かせを頼みたくなったときに確信しました。私は自分を必死で変えてくれようとしている先生自身に惹かれているのだと。もっとも、先生自身はそのことを理解していないようでしたが。


 そして最終日、先生は見事に私を変えてくれました。色々な原因はあると思いますが、一番重要だったのは私が先生に惹かれ、先生に頼れるようになったことで神様にも自然と頼れるようになったことではないかと思います。


 その後私は父上や私の傅役の方に報告しました。特に父上は私の上達を涙を流して喜んでくれました。

 そして姉様にも報告に行こうか、と思った時私は自分の身体が止まるのを感じました。今の私なら大丈夫、そう思い込もうとするのですが無意識にあの日のことを思い出して体がすくんでしまうのです。理屈では今の私なら大丈夫と分かっていてもです。


 そして姉様に報告出来ないままついに次の授業の日が来てしまいました。

 私が教室に入るとそこには先生ともう一人、エリサ姉様が待っていました。そして先生は言うのです。


「魔法が上達したところ、エリサにも見せてやってくれないか」


 と。それを聞いて私は心の底から先生への好意を抱きました。この方は本当に私のことを全て理解してくれているのだ、と。

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