第3話

 何万人もが興奮して声をあげる観客席、青い芝生、白いライン、ゴールネットに転がるボール。歓喜に沸く11名とうなだれる11名。これは俺の知っている「サッカースタジアム」だ。

 ……まあ観客にオークやドワーフや巨人やら「ファンタジーゲームで見た」連中がいっぱいいて、選手はエルフとミノタウロス――牛頭人身の筋骨隆々マン――で副審が尻尾で器用にフラッグを持つリザードマンで、聖火台のありそうな位置に巨大なドラゴンが鎮座してて巨大な笛をくわえている所は違う点だが。

 あ、あとご丁寧に電光掲示板もどきまであった。何らかの力でい――や十中八九魔法だろうが――空中に浮いている巨大な水晶球がそれだ。

 その水晶球は繰り返し直前の失点シーン(公平に言うなら得点シーンだが、取り敢えず俺はエルフさんチーム側にいるのだ)を表示していた。

 後ろから来た緩いボールをミノタウロスさんのFWがエルフDFと競り合いながらトラップ、奪いにきたもう一人のDFもまとめて吹き飛ばし、ペナルティエリアまで突進してシュートをドン! ヴィエリとかチョン・テセ選手がやりそうなゴールだった。水晶球の掲示は前半20分、0ー1。他の文字、たぶん得点者の名前などは読めなかったがそこは分かった。クラマさんとやらありがとう。

「本当にサッカーやってるんだ……」

 気丈にも交錯したDFたちはもう立ち上がってプレーの再開を待っている。女だてらにすげえな。しかもあんな細いエルフさんがミノタウロスさん相手にして。……ん?

「ナリンさん、ちょっと良いですか?」

「はい?」

「貴女のチームはエルフ女子代表で、相手のミノタウロスも女子ですよね?」

 はっきり言ってミノタウロスの男女なんか俺には分からない。ユニフォームの下にある二房の膨らみがおっぱいか雄っぱいかも。

 そうそう、おっぱいの量詞は「ふさ」だからね?

「はい? ええ、もちろんそうです」

「相手、男じゃないよね?」

「はい。というか男性がサッカードウって野蛮でおかしくないですか?」 


 おかしいのはそっちだ……とは言えないのかもしれない。何せ俺は巨人の国に迷い込んだ小人の立場だ。取り合えずミノタウロスの説明を牛頭人身の筋骨隆々ウーマンもいる、と訂正しておこう。

 それはそれと今の下りに再び引っかかりを感じつつも一度、素直な心で現状と目の前の風景を受け入れて、ただ目前で行われる「サッカードウ」なるものを見つめる。時間にして10分ほど。そして、ナリンさんに気付かれないようにそっと呟いた。

「めっっちゃ下手くそやーん」

 スゴい。50年もサッカーやってて、まだ小学生のサッカーだ。いやサッカードウだっけ? まあいいや。

 良く言えばキック&ラッシュ、悪く言えば子供のサッカー。DFがボールを奪う、前に漠然と蹴る、FWが競り合う、今度はこっちのDFがボールを奪う、前に蹴る(以下エンドレス)。中盤? 何それ?

 身体能力はスゴいと思うよ? ミノタウロスさんは全員シュワルツネッガー標準装備みたいな筋肉でダンプカーみたいな突進をみせ、エルフさんは何十メートも先の味方へピンポイントのパスを送っている。

 問題は頭だ。サッカーは「頭の中」を使ってやるスポーツ……の筈だ。だが彼女らのやってる「サッカードウ」には戦術も効率も何もなかった。

 強いて言えばミノタウロスさんの方がやや効率的だ。意外な事に。フォーメーションは352というか523というか。巨漢のDFがマンマークでFWと中盤の両サイドに付き、一人余らせる。それでしっかり守って、跳ね返したボールを前線に残った三人の、似通った個性の巨漢FWたちに繋げる……正確に言えば繋がるよう期待する。 

 その前線の三人は真ん中に固まり交通整理も役割分担も無いが、何せゴール前なので何か一つ事故が起きれば得点のチャンスがすぐそこに転がっている。

 一方のエルフさんはまだ工夫がある方で、442のフォーメーションからボールが落ち着いた時などは中盤サイドに展開し、ウイング的な選手に縦への突破からクロスを上げさせている。いるのだが、それが足を引っ張っている。サイドからの攻撃にこだわりすぎて時間がかかるし、上げるセンタリングも途中で小鳥が止まって休憩できそうな緩やかなボールだ。

 そのボールが到達した場所には屈強な牛のDFが待ち構えている。で、細身のFWに簡単に競り勝って跳ね返している。「残念、そこはシジクレイだ」状態だ。しかもエルフのFWの片方は10番でキャプテンマークを腕に巻いている分っかりやすいエースキャラだが、しばしば中盤に降りて守備やサイド突破の手助けをしている。つまり、クロスが上がった先には一人のFWしかいない。

「こっこれならなんとか……なるか?」

 さっきは明確な否定をするタイミングも無かったが、俺は実際にサッカー関係の人間ではない。選手・コーチどころか部活経験も無い。敢えて言うならば海外もドメサカもまあまあ観る方で、ゲームをやらせても「素人にしては上手い」程度だ。そんな俺を「サッカードウ関係者」とナリンさんが誤解したのは言ってたように「その姿」、つまりサッカー日本代表のユニフォームを着ていたからだろう。

 何代か前の代表ユニって、たまにスポーツ用品店でびっくりするぐらい安く売ってるよね?

 改めて、そんな俺が「エルフ代表チームを救う」なんてどだい無理な話だ。……話なんだが、流石にここまでレベルの低いチーム同士の対戦なら俺が少し入れ知恵するだけで勝機がこちらへ傾く可能性もなくはない。

 加えて言うなら、今ここで「エルフ代表チームに恩を売る」以外、俺がこの世界で生きる道はなさそうに思える。いや、スタジアムの外も文明レベルもまださっぱり知らんのだけどさ。

 なんかこう、その、スタジアムを見渡してみてさ。側にいるエルフ女子たち以上に「親近感」を持てる存在がいないんだよな。角とか尻尾とか牙とかさ。怖いやん?

 あーあと言葉ね。そこにいるナリンさん、癖は強いが俺と同じ言葉を話せるし。

「分かった、行きましょうナリンさん」

「え!?」

「前半は捨てた。でも後半に逆転しますよ!」

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