第22話 コポリの過去

 瞬間、勢いよく立ち上がった僕はすぐさま振りかぶった。テイクバックを早くして、僕は素早くコポリめがけて、とあるものを投げつける。


「ぐっ……視界が……ヒカル、僕に何をした!」

「別に何もしてないさ。ただ僕はリスを投げただけ」

「リスって……使い魔ですか!」

「そうよ。さっきはよくも馬鹿にしてくれたわね」


 そう、僕がコポリに投げたのはロゼッタだった。見事顔ににへばりついたロゼッタは、自分の体を使ってコポリの視界を隠すと、仮面の紐を器用にかじって切断。そしてコポリから仮面を奪い取った。


「ぐああああああ!」


 瞬間、コポリの叫びが辺り一面に響き渡る。膝から崩れ落ちたコポリは、そのまま地面に倒れ込んだ。


「やったわ。ヒカル」


 戻って来たロゼッタから仮面を受け取った僕は、直ぐに退魔の剣で仮面を切断した。


「ロゼッタ、マナの反応は?」

「……大丈夫。もう残っていないみたい」


 終わった。僕は勝ったんだ。

 そう思った瞬間、一気に身体から力が抜けた。


「ヒカルー!」


 声のする方に視線を向けると、アリアス城からコレットが走って来た。


「コレット。ありがとう、コレットのおかげで気づくことができ――」


 瞬間、甘い香りが僕を包み込んだ。コレットは走って来た勢いのまま僕を押し倒すと、ぎゅっと僕を抱きしめた。


「ありがとう……本当にありがとう……」


 涙を流しているコレットの身体は震えていた。そんなコレットの頭を僕は優しく撫でる。


「ちょっとヒカル! 何してるのよ。姫様に言いつけるわよ」

「ち、違うって。だってこれは……」

「ロゼッタもありがとう!」


 僕から離れたコレットはロゼッタを捕まえると、顔をスリスリとなすりつけていた。


「いやーほんと止めて! 離れなさいって。また尻尾を取られる!」


 今まで重苦しかった空気が、コレットのお蔭で一気に晴れた。四年経った今でも、コレットは昔と変わっていない。自然と僕も笑みがこぼれる。


「ここは……」


 横から声が聞こえた。視線を向けると、倒れていたコポリが目を覚ましていた。ゆっくりと腰を上げた僕は、コポリの元へと近づく。


「アリアス城前だよ」

「アリアス城……そういえば、どうして僕はここに……」

「ここで僕とコポリは戦ってたんだ」

「戦いって……どうして僕達が戦う必要があるのさ?」


 コポリがとぼけているようには見えなかった。純粋にわからないことに対して、疑問を抱いている。


「……ちょっとついてきて」


 それだけ告げて、僕は城下街の方へと歩き出した。後ろからコポリが首を傾げながらもついてくる。

 壊れた城門を通り過ぎた時、僕は壁門へと視線を向けた。そこには兵士が一人、気持ちよさそうに寝ている。その安らかな顔に、僕はグッとくるものを抑え、足早に進んで行く。

 道中、多くの兵士の亡骸が地面に転がっていた。コポリは声を上げることなく、僕の後ろをついてくる。あまりに様変わりしてしまった状況に、言葉を失っているのかもしれない。

 そして数分歩き続けた僕達は、城下街の中心部にある大きな広場に辿り着く。そこには首を傾げるコポリに対する答えが広がっていた。


「時計塔が……街が……」


 壊滅した街の象徴を見たコポリは、開いた口が塞がらないみたいだった。

 そんなコポリに対して、僕は現実を突きつける。


「これはコポリがやったことなんだ。ダーゲンに洗脳されて」

「……洗脳……な、何言ってるんだよ、ヒカル。僕はアリアスの騎士だよ。こんなひどいことをするわけ……」

「そう。コポリはそんなことできないはずだった。でもコポリはダーゲンに利用されて、アリアスを滅茶苦茶にしたんだ。四年前のスクイラル杯でもつけていた、仮面のせいで」


 仮面という言葉に心当たりがあったのか、コポリは俯いて僕から視線を逸らした。


「コポリに聞きたいんだ。四年前のスクイラル杯で仮面をつけて戦った理由はわかるし、理解もできる。でもどうして今、アリアスを滅茶苦茶にする必要があったんだよ。どうしてダーゲンの言いなりになったんだよ」


 一番聞きたかったことをコポリにぶつける。

 暫くして俯いていた顔を上げたコポリが、ようやく重い口を開いた。


「……母さんを殺すと言われたんだ。ダーゲンに」


 絞り出すような声で呟くコポリ。その手を見ると、震えるくらい強い力で握りしめていた。


「四年前のスクイラル杯の前日。僕の前に突然現れたダーゲンは、僕にとって魅力的な提案をしてきた」

「魅力的な提案……それって」

「スクイラル杯で優勝させてやるって。絶対に優勝できないと思ってたからなのかな。僕はその提案を、二つ返事で受け入れた」

「でもコポリだけが得する提案を、そもそもダーゲンが持ち掛けるわけないだろ?」

「うん。だからその後すぐに、ダーゲンは僕に交換条件を出してきたんだ」

「それって……」

「もし優勝できたら、俺に一切逆らわずに協力することを誓えって。正直、優勝できるならそれくらいどうってことないって思った。だって優勝さえすれば、母さんに楽させてあげられたのだから。むしろ当時はそれだけで良いのかって気持ちだった」


 実際にダーゲンの悪だくみを知らない状況で、コポリと同じ境遇だったら。僕も同じ選択をしていたと素直に思う。


「だから僕はダーゲンに協力した。けど最近になって、やりたくないことをやれって言われたような……くっ」


 コポリは頭を抑えて渋面を作った。たぶん仮面をつけている間の記憶を、無理に思い出そうとしたからだ。


「だ、大丈夫?」

「うん……大丈夫。正直に言うと、本当に何も覚えてなくて。でも……今なら何となくわかる。この城下街の様子を見てしまえば……僕がやったんだよね、ヒカル」

「……うん」

「そっか……ほんと僕は……何をやっ……てる……んだよ」


 身体を震わせ、俯いたコポリは嗚咽を漏らした。その姿を見て僕は改めて思う。

 ダーゲンの野望を阻止して、絶対にアリアスを救わないといけないんだと。


「ヒカルー!」


 声をあげながら走ってきたのはロゼッタだった。


「私の尻尾が強いマナを感知してるわ。これって……」

「イリスの元に、ブルーローズが現れるのが近いのかもしれない」


 僕はロゼッタを肩に乗せると、コポリと向き合った。


「あのさ、コポリにお願いがあるんだ」

「……お願い?」

「うん。これから僕はダーゲンと戦いに行く。だからその間、コポリにはアリアスの人々を守ってほしいんだ」

「……僕が……守る? みんなを?」

「うん」

「……無理ですよ。僕にできるわけがない。そもそも僕は、アリアスをこんな状況にしてしまった。そんな僕を許してくれる人なんて、絶対にいない」


 僕は首を横に振って、コポリの発言を否定した。

 だって僕は知っているのだ。少なくとも味方になってくれる人が、一人いることを。


「大丈夫だよ。そうだよね、コレット」

「うん。私はずっとコポリの味方だから」


 顔を上げたコポリの視線の先に、コレットは立っていた。ロゼッタの後を追ってきたのか、肩で息をしている。


「コレット……」

「私ね……知ってたの。四年前のスクイラル杯前日、コポリが見知らぬ人と会っていたのを」

「……そうだったんだ」

「でも私も見かけただけで、その時は何を話しているかはわからなかった。でもさっきね、ロゼッタから洗脳されてたんだって話を聞いて……やっぱりなって思ったの。だって姫様の専属騎士になってから、コポリ……ずっと無理してるように見えたから」


 コレットはコポリの手を握った。コポリは口を開く。


「どうしてわかったの? 僕が無理してたって……」


 戸惑いを見せるコポリに、コレットは笑顔で応えた。


「だって私達、幼馴染でしょ。それくらいわかるよ」


 その一言が全てだった。

 コポリは込み上げて来るものを堪えるように俯き、身体を震わせていた。そんなコポリを笑顔で迎えるコレット。

 二人の関係を見ていると、僕自身込み上げてくるものがあった。それは僕の世界で、二人と同じような関係を築いている人達がいるからなのかもしれない。

 コポリは僕に向かってはっきりと言った。


「ヒカル……ここは責任をもって僕が守るよ」

「コポリ……」

「僕が目先の力に頼った結果、アリアスがこんな状況になってしまった。だからこそ僕は、みんなを守らないといけない。それにどんな形であれ、今の僕は……まだアリアスの騎士だから」


 コポリの顔は、晴れ晴れとしていた。迷いのない表情に、僕はほっと息を吐く。


「……ああ。頼んだよ、コポリ」


 コポリと握手を交わした僕は、ロゼッタと一緒に城下街を後にした。

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