#30 銀河級の男2

 小一時間後。

 そこには、ぷくーっと頬を膨らませてだらしなくソファに寝そべる光流の姿があった。


「ほら、光流ちゃん拗ねないで。機嫌直して」

「拗ねてません」


 俺が宥めても、光流の態度は変わらない。

 こうなった原因は、先ほど四人でやった魔法人形マドール対戦にある。

 光流の愛用するマドール、ラビット・バレットは土倉の使うマドールとは相性最悪で全く歯が立たなかった。

 結局光流はその試合、誰よりも早く脱落した。

 バトルロイヤルルールなので本来であれば自分以外みんな敵なのだが、あまりにも可哀想だったので俺も光流のアシストに回ったりもしていたが焼け石に水だった。


「光流って昔からこういう時、面倒くさいっすよね。負けず嫌いで、ゲームに負けたらすぐ機嫌悪くなるの」


 呆れた様子で琥珀がそう吐き出す。それを聞いて土倉も苦笑を浮かべた。

 彼も多少の責任は感じているが、光流と出会って間もないのでこういう時の対応がわからないのだろう。

 まあここは俺に任せておけ。お兄ちゃんの仕事だ。


「おーい、光流。アイスあるぞー、食べるかー?」


 言いながら冷蔵庫からカップアイスを持ってくる。

 ぶすっとしたまま返事がない光流の元へ行き、俺はアイスの蓋を開け、プラスチックのアイススプーンで中身を掬う。


「ほれ、光流。食べな」


 ソファの肘掛けに顎を載せた妹の顔にアイスを近づける。

 彼女は相変わらず不機嫌な様子だったが口を開け、スプーンに喰いついた。


「よーし、美味いか? まだまだあるからな」


 スプーンでアイスを掬い、再度光流の口元に持っていく。

 そうして雛鳥に餌を与えるように光流にアイスを食べさせていった。

 最初はしかめっ面をしていた彼女も、アイスを食べていくうちに徐々に表情が和らいでいく。


「別に私は最初から拗ねてませんから」

「はいはい、チョコもあるぞ。食うか?」

「食べます」


 そんな俺達を見ながら、土倉が呟いた。


「日向ってお兄ちゃん力高いよなー」

「そうっすね。光流の機嫌直せるのは先輩だけっすから」


 そこで話題を変えるように土倉は琥珀へ話を切り出す。


「そうだ後輩ちゃん、魔法人形マドール好きなんだよね。ゲーム実況とか見る?」

「ゲーム実況っすか。あんまり詳しくないっすね」

「ならさ、この子の動画見てみない? 俺の推しの実況者、クロリスちゃんって言うんだぜ」


 土倉がスマホを取り出し、推しの布教を始める。

 画面に映るバーチャルアバターを見て琥珀は感嘆の息を吐き出した。


「へー、可愛いっすねえ」

「可愛いだけじゃないのよ。魔法人形マドールも宇宙一強いんだ」


 なんか向こうは盛り上がってるなー。

 光流への餌付けを続けながら、俺は土倉達の会話に割り込む。


「琥珀、次はツイッターでコスモって検索してみ? 俺のお薦めの魔法人形マドール実況者だから」

「おいっす。調べてみるっす。おっ、この人かな?」


 俺の言葉を受け、琥珀も自分のスマホを取り出す。

 そのやりとりに土倉は微妙な表情を見せた。


「おー! いいっすね! この人、カッコいいっす!」


 コスモを初めて見た琥珀は、その厨二感溢れるアバターに歓喜の声を上げた。

 美少女アニメが好きでクロリスのアバターに一目惚れした夜宵とは対照的に、琥珀は少年漫画が好きで、コスモの少年誌的なキャラデザはかなりツボだったようだ。

 早速彼女はコスモの投稿動画を再生する。

 生放送とは違い、コスモの動画編集は非常に手が込んでいた。

 シングルスランキング戦の画面を映しながら、その手前で星空パーカーを被ったコスモのアバターと彼の愛機、銀河竜皇コズミック・ドラグオンが会話をしてストーリーが進行していく。


「おおお! このドラグオンの立ち絵もカッケーっすね!」

「コスモのアバターもマドールの立ち絵も全部その人が描いてるんだよ。凄いだろ」

「へー、絵が上手くて動画も作れて、マルチな才能を持ってるんすね」


 ちなみに声の出演はコスモの一人二役である。

 その辺はあくまで個人で制作しているが故だろう。


『戦況は絶望的だな。コスモよ、反撃の策はあるか?』


 動画の中のコズミック・ドラグオンが渋い声で主人に語りかける。

 確かに現在映っている試合はコスモ側がかなりの劣勢だった。

 一方、問われたコスモは落ち着き払った様子で目蓋を閉じる。


『どんなに暗い夜にも星の光は届く。俺の目には見えているぜ、流れ星の如き逆転の道筋がな』


 キザな台詞と共に、カッと目を見開く。

 そしてそこから試合はコスモが盛り返していった。

 どちらが勝つかわからないハラハラドキドキの試合展開、それをさらに彼の厨二テイストなトークで演出し、動画としての見応えを強めている。


「くはー。カッケエっす、この台詞回し! このイケボ! めっちゃ面白いっすねこの人の動画!」

「お気に召したようでなによりだよ。ハマったならチャンネル登録してあげな」

「勿論っすよ」


 俺と琥珀が盛り上がっていると、光流も興味を引かれたようでソファから立ち上がる。


「楽しそうですね琥珀ちゃん。私にも見せてください」


 とてとてと琥珀の方へ歩み寄る光流を尻目に、俺は先程から口数が減っている土倉の方を見る。

 彼はニヤケそうになる表情筋を圧し殺しながら、抗議の視線を俺に送るのだった。

 うんうん、布教は大事だからな。

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