モブナイト先生は断言する。「私の作品にお色気回は無いよ」

 ある日の深夜。サリアは横になって眠っている。部屋に忍び込んだハインツは彼女が寝息を立てているのを確認し、軽く押した。うつぶせになったサリアの下半身は見るからにむっちりしていて、ハインツの鼻息が否が応でも荒くなる。震える指で服を下ろしていくと、純白の下着が現れた。飾りも何も無いシンプルなものだが、サイズが微妙に合っておらず、肉がハミ出てしまっている。


(デカすぎんだよ、サリアのケツは)


 苦笑しながら下着を剥ぎ取ると、真っ白な肌が現れた。まずは撫でてみると、もっちりとした肌が手に吸い付くよう。思わず頬ずりしたくなるような柔らかさだ。次に揉んでみる。彼の手のうごきに合わせて形を変えるそれは、いかにもみっちりと肉が詰まっているといった感じだが、自らの重さで垂れることもなく、適度なハリを持っている。軽く叩いてみると、その肉が重そうにぶるぶる揺れる。その動きがなんとも扇情的で、ついつい何度も叩いてしまう。


 いよいよお楽しみ、サリアの一番大事なところ。うつ伏せにしたまま足をM字に曲げようとすると、彼女がやにわに目を開け、


「やめろ!!!」





「やめろ!!!」

 

 顔を真っ赤にしたサリアが聞いたことのないような大声で怒鳴ったので、ミリアーネは話を中断した。そしてすっとぼけて、


「なんでそんな大声出すの」


「『なんで』じゃない!それ以上続けたらぶった斬るぞ!なんたる屈辱……!」


 本当に剣を抜きかねない剣幕だったので、ミリアーネは流石に謝った。


「こういう話をするのはまだ時間が早かったね。ごめんね」

「時間は関係ない!」





 旅が始まって1ヶ月近く。既に王子一行は隣国の王国領に入っている。今までのように公国騎士団が隠れて王子を護衛するなんてことは他国内でできるわけがない。だからミリアーネたち3人が変装してついて行っているわけなのだ。3人の極秘任務もここからが本番。

 が、3人のやる気はどんどん下降曲線を辿っていく。今まで王子の役に立ったのは詐欺師を懲らしめたときと客引きから助けたときくらい、その他は巻き込まれたり自業自得だったりするハプニングばかり。それ以外の一日の大部分は、ただ王子の背中を見ながら歩いているだけの単調な日々だ。要するに、飽きてきた。

 こういう重大な任務に「飽きる」という感情を抱けるのが、悪い意味で3人の類いまれなところだが、飽きたものは飽きた。ミリアーネとサリアはエルフィラやユスティーヌが懐かしくてしょうがない。


「早く帰って、エルフィラに聖母のような笑顔を向けられて『頑張ったわね』って褒められたい」

「それにプラスして、『よしよし』って撫でられたら最強じゃない?」

「羨ましい。俺も混ぜて」

「断る。ユスティーヌならいいぞ」


 いつも高尚なことは喋らない3つの口が、ここ最近は輪をかけて下らない話ばかりしている気がする。今日もサリアがあくびをしながら無茶振りをする。


「暇だ。何か即興で面白い話を作っていただけませんか、モブナイト先生?」


「なんで知ってるの、私のペンネーム!」


 ミリアーネの絶叫。


「なんでって、こないだの大掃除のとき机に散乱してる原稿が目に入ったから。ああいうの『追放もの』っていうんだっけ?」


 最悪だ……と打ちひしがれるミリアーネ。どんなの書いてるんだ?というハインツの質問に、サリアが代わって答える。


「『追放令嬢アンネリッタの成り上がり領地経営』ってタイトルだった。アンネリッタっていうお嬢さんが辺境に追放されて領地経営してるぞ。私が読んだ箇所ではアンネリッタ嬢が魔法で小麦の成長速度を何百倍にもして――――」


「あああああ!言わないでいい!!」


 ミリアーネが必死の形相でサリアの口を塞ごうとする。


「なんでそんなに恥ずかしがる。書籍化目指してるんでしょ」


「リアル知り合いに読まれるのは嫌なの!」


 そういうものかなあ、と首をかしげるサリアの横で、ハインツは興味津々。お色気回があるなら読みたいぜ、とかなんとか下劣なことを言ってるのをミリアーネが遮って、


「この話終わり!本題に戻って、即興で面白い話作るから!」


 息を整えて、話を考えながら思った。なんでこんな恥をかいたかというと、サリアのせいだ。意趣返ししないと気が済まない。

 そして冒頭に戻る。





 サリアの怒りはなかなか収まらずに、ミリアーネに向かってまくしたてている。


「私は面白い話をしてくれと言った。なのになんで夜這いの話が始まるんだ?下半身をいじくり回す話が面白いのか?仮に、仮にだぞ、変人ミリアーネの中では夜這いの話が面白いとしよう。一万人に一人くらいはそんなイカれた作家がいるだろうさ。そうだとして、なんでハインツと私を登場させる必要がある?官能小説に知人を使って、それを本人の前で朗読するのが常人のやることか?倫理観どうなってるんだ?ちょっと、ハインツもなんとか言ってやってくれ」


 そう言って後ろを歩くハインツを振り返ると、彼は前屈みになっているのだった。感動した面持ちで、


「ミリアーネ、お前天才だよ。即興であんないやらしい話できるのは才能だ。『追放令嬢アンネリッタ』の中にもさぞかし淫靡なお色気シーンがあるに違いない。金を払ってでも読みたくなってきたぞ」


 褒められて、しかも自分の話がハインツのマンドラゴラに栄養を与えたと分かると、ミリアーネはさっきの恥辱も忘れて得意顔。


「あれ、私意外と才能あるのかな。官能小説家に転職したら大成功しちゃうかも!」


「やかましい!お前ら2人、道ばたの馬の糞ですっ転んで、転んだ先にあった犬の糞が口に入ってうっかり飲み込んでしまえ!」


 サリアの怒りに油が注がれ、彼女が思いつく限りで最悪のシチュエーションが吐き出される。ミリアーネはそんな罵言も馬耳東風、ハインツを振り返って言うのだった。


「犬の糞食らえだって。ハインツ、サリアのいいところはね、どんなに怒っても『死ね』とか『殺す』とか言わないんだよ。普段の喋り方見てるといかにも言いそうなのにね。まあそれに類することは結構言ってるけど」


 ハインツも手を打って、


「なるほど、思い返してみれば確かにそうだ。旅が始まってから何回も怒ってたけど、『死ね』とか『殺す』とか言われたことはない。サリア、お前いいヤツだなあ。お前が仲間でよかったよ」


「うるさい!何回も怒らせてるのは誰だと思ってる!」


 彼女の怒りはしばらく収まりそうにない。





「怒ったから余計に疲れた……。モブナイト先生は罰として何か気晴らしになることして、物語以外で」


 しばらくしてようやく落ち着きを取り戻したサリアが、またミリアーネに言った。その呼び方やめて、と言いつつ律儀に次の余興を考え込んでいたミリアーネ、


「じゃあ元気になる歌を歌いましょうか」


 そうして歌い出したのは、




"赤い羊と白い羊 2匹がころころ転がって

ピンクの羊になっちゃった

黄色い羊と緑の羊 2匹がころころ転がって

黄緑羊になっちゃった

青い羊と……"




「待ってくれ先生」


 気持ちよく歌うミリアーネをサリアが遮る。


「なに、この気の抜けた歌」


「何って、サリアは知らないの?『カラフル羊のうた』。地元じゃ大流行で、私子供の頃一日中歌ってた記憶あるよ。懐かしい」


「知らんわ。こんな頭悪い歌流行るのはお前さんの故郷だけだわ」


「私のふるさと悪く言わないで」


「ともかく、聞いてるこっちの知能まで下がりそうだよ。もっと勇ましいのにして。公国騎士団の進軍歌とか」


「あれ血生臭いから嫌い」


 ミリアーネが即拒否するのをサリアが呆れて、


「所属する組織の公式ソングだぞ」


「じゃあサリアが歌えばいいじゃん」


 そう言われて彼女は少しためらったけれど、意を決して歌い始めた。いざ歌ってみると、思いの外気持ちがいい。



"いざゆけ気高き勇者たち

仇を斬り伏せ突き刺して

その身が真赤に染まるまで

仇の首を晒すまで……"



 うへえ、と辟易しながらミリアーネはハインツと話している。


「首を晒すとか、そんな野蛮なことしろと言われても困るよね」


「それで困ってたら騎士団続けられなくないか」


「少なくとも私はこれで気分上がらない。ハインツも何か気晴らしになることしてよ」


 その間にもサリアの伸びやかな歌声は続いて、歌声とアンマッチな過激な歌詞が延々歌われている。





 地形はだんだん山がちになってきた。公国と王国の間には山地があって、それが国境線にもなっている。一行は今まさにそこを通り抜けようとしているのだ。

 道が上がったり下がったりするから、王子の疲労も溜まるらしい。その日も夕暮れ前にはバテバテで、早めに宿をとってしまったのだった。まだ歩けるんだけどなあ、と言いつつも、仕方がないので同じ宿に入るミリアーネたち。


 しかし結果的にはこれが良かった。その宿泊地には温泉が湧いていたのだ。あまり風情はなくお勧めしませんが、と宿の受付は言葉を濁すが、今の3人にとっては渡りに舟。ミリアーネの下劣な官能小説より余程気晴らしになる、と喜び勇むサリアを先頭にして飛び出して行く3人。





 温泉は簡素な造りだった。周りをぐるっと樹木が取り囲み、男女に分かれた脱衣所、というよりは掘立小屋と言った方が正しいような建物の前に料金箱が置いてある。


「これはこれで、風情があっていい」


 都会っ子のサリアがこういう田舎特有の景色に風情を見いだしながら呟いた。そして剣を置いて、ウキウキで脱衣所に入っていく。

 



 ペラペラの板に囲われた空間に衣類カゴを3つ4つ置いたような、脱衣所とも呼べない代物の中で、ハインツは衣服を脱ぎながら妄想を逞しゅうしていた。彼が読むようなピンク小説には、よく更衣室で女性同士が恥じらいながらこんな会話をしているのだ。


「ミリアーネ、また胸が大きくなったんじゃないか?」


 全裸の2人。サリアがそう言いながらミリアーネの胸を揉む。自分のものでは味わえない柔らかさと大きさ。ずっと触っていたくなる。


「やめてよ恥ずかしい!」


 彼女はサリアの腕からするりと抜け出し、背後に回り込む。そしてサリアのヒップをぺしぺし叩きながらニヤニヤする。叩くたびにぷるぷる揺れるお尻。


「そういうサリアも、またお尻が大きくなったよね」


「な、そんなことはない!」


 ハインツは壁の向こうでこんな百合百合しい光景が繰り広げられていることを妄想し、顔をだらしなく蕩けさせていた。




 が、現実ではそんなことあるわけない。丸々2年間同じ釜の飯を食っている2人、風呂にも毎日のように一緒に入っている。今更互いの身体を見て思うことは何も無い。要するに無関心だった。

 それに個々の大きさでは2人の方が勝っていたけれど、全体的なプロポーションでは同僚のエルフィラの方がはるかに優れていた。だからお互いに羨む気も起きない。こちらが出ればあちらが出ない。とかくスタイルというものは難しいものらしい。


 2人は互いの身体なんか目に入らず、いそいそと服を脱いでいく。なにせ久しぶりの湯なのだ。ここ最近風呂が無い宿もあったし、あっても狭かったりで、こんなにリラックスしながら風呂に入るのは久しぶり。これを楽しみとせずに何を楽しみとすればいいのか。


 服を脱ぎ終わっていざ湯に行こうとしたそのとき、入口から男の声が聞こえた。さすがのエロ大臣ハインツでも女湯に乱入するのはいささか度が過ぎる、いっぺんキツく注意しないと、とサリアが入口の方を見ると、入ってきたのはハインツとは似ても似つかない、チャラチャラした3人組の男たち。


「きゃっ」


 と、普段の彼女からは想像できないかわいらしい叫び声を上げて、思わずしゃがんだ。ミリアーネも大事な部分を隠しながら男たちに言う。


「あの、こっちは女湯ですよ」


「え~?そんなこと書いてあったかなあ?」

「オレたち細かいこと気にしないタイプだからさ」

「せっかくだから、みんなであったまっていこうぜ?」


 そう言いながらミリアーネとサリアの腕を取って、湯船に連れていこうとする。男たちの目的は今や明らかだ。ミリアーネは男たちに腕を取られないよう、必死に胸元を押さえつつ、大声でハインツを呼ぼうとした。


「おっと、声出さないでよ。せっかくのカワイイ顔にキズがついちゃうからさ」


 男の動きの方が一瞬早かった。ミリアーネの目の前に剣が突き出される。しかもその剣は先程入口に置いた、自分の剣なのだ。自分の剣で脅される、こんな屈辱的なことが他にあるだろうか。しかし何もしなければ、これ以上の屈辱が待っている。

 サリアも自分と同様、腕を上げさせようとする男から、泣きそうになって必死に耐えている。サリアを当てにはできない、ハインツも呼べない。万事休した。彼女は悔しさの余り、無駄とは分かっていながら唯一自由になる足で、男を蹴り飛ばそうとする。しかし股間を隠しながらのへろへろキックが当たるはずもなく、脱衣所の壁を蹴るだけに終わった。


「おら、暴れんじゃねえよ。いい加減諦めろ」


 男が本性を剥き出しにしてきた。





「サリア、背中流してあげるね」

「いいよ、自分で洗う」

「遠慮しないでよ。サリアの肌、白くてスベスベでうらやましいな」

「遠慮じゃないんだが……。あっ、こら!どこ触ってる!」


 性懲りも無く仲間の百合百合しい妄想に耽りながら、誰もいない男湯に気持ちよく浸かっていたハインツは、その百合が咲いているかもしれない女湯から多人数の声がするのに気がついた。男湯と女湯の境には厚い板が立ててあるからよく聞き取れないけれど、男と女が騒いでいるようだ。


(ケッ、バカップルがよ。こんな所で騒ぐなってんだ)


 嫉妬と羨望でふて腐れる彼は、ややしばらくして気付いた。いやいや、おかしいぜ。なぜ女湯に男がいる?

 そういえばさっき、女性更衣室の壁が蹴られたような音がしていた。口から生まれてきたような2人のこと、壁にぶつかったら「痛い」とか「どこ見て歩いてるんだ」とか騒ぐのではないだろうか。偶然でなく、故意に蹴ったのだとしたら……?


「ミリアーネ、サリア、いるか?」


 心配になったハインツは女湯に向かって大声を出す。女湯からは反応が無く、男のものと思われるボソボソ声が聞こえてくるのみ。

 彼は慌てて湯から上がり、全速力で女湯に向かう。おそらく2人に何かあったのだ。もし何もなかったら謝ればいい。入口に置いたはずの剣が見当たらず、舌打ちしながら女性用脱衣所を通り抜け、女湯に突入する。


 彼が目にした光景は、予想したものとだいたい同じだった。口を塞がれ、組み伏せられているミリアーネとサリア。一つだけ幸運だったのは、考えられる最悪の状態にはなっていないということだ。


「お前ら!何してるんだ!!」


 大音声に驚いた男3人が振り返る――――より前に、ハインツの足の甲が1人の男の顔にめり込む。彼の全体重が乗った渾身の蹴り、喰らった男は一撃でダウンだ。そいつが取り落とした剣を抜きながら、ハインツが凄む。


「俺の仲間に乱暴狼藉――――覚悟あってのことなんだろうな?」




 3人を地元の王国騎士団に突き出してから、先程の温泉まで戻ってきた3人。


「すまん、俺がもっと早く気付くべきだったな」


 申し訳なさそうにするハインツに、サリアが身体を近づける。


「ううん、そんなことない。ハインツが気付いてくれなかったら、今頃私たちは……」


 ミリアーネも彼の肩にしなだれかかってきて、いたずらっぽく囁く。彼女の吐息が耳にくすぐったい。


「お礼といってはなんだけどさ、今夜だけ、ここを本当の混浴にしちゃわない……?」





「――――って話はどうだい、モブナイト先生?目指したのはスリルとエロの融合さ!即興にしてはかなりの出来だと思うぜ、これは」


 言いながらミリアーネの方を向くと、彼女は引きつった顔をさらに引きつらせながら、


「本っ当につまらなくて、本っっっ当に気持ち悪い。キミはここで帰っていいよ。騎士団本部には急な病気ってことにしとくからさ。むしろ帰って」


「なんだ、2人で面白い話をしてたの?」


 ミリアーネの様子にサリアが気付いて、歌うのをやめて聞いてくる。公国騎士団進軍歌は57番まである、つまり57通りの敵の殺し方が載っているクレイジーな歌だから、ちょっとやそっとの時間では歌い終わらないのだ。


「面白いどころか生理的嫌悪をもよおす話を延々聞かされてPTSDになりそう。こんなのと一緒に旅をさせるように仕向けた団長を私は心から恨むよ」


 天を仰いで嘆くミリアーネ。普段の彼女には見られない態度に驚いて、サリアはハインツに小声で尋ねる。


「あれは相当頭にきてるよ。何したの」

「何か気晴らしって求められたから、即興で物語を……」

「どうせミリアーネと私を出して、卑猥な話でもしたんだろ」

「しました……」

「あのさあ……」

「あんなミリアーネ見るの初めてだよ。俺、どうすればいい?」

「もう!一緒に謝ってやるから」


 モブナイト先生は怒っていたけれど、自分も2人を使って官能小説を作ったという負い目があるのでこう言った。


「今回は許す。けど次やったらセクハラ罪で軍法会議だからね!」

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