モブたちのステルス護衛旅!

桃栗三千之

ミリアーネは後に語る。「最初から嫌な予感がしたんだよね」

 うららかな日差し。草花が芽吹いて、春の訪れを告げていた。

 そんなすがすがしい日にふさわしくない暗い気持ちで、ミリアーネとサリアは任地の町から首都へと向かっていたのだった。


 昨日届いた、騎士団長直々の呼出状。団長が2人のような木っ端騎士を呼び出すということに、何かとんでもなく嫌な予感がした。


 なにしろ思い当たるフシがありすぎた。騎士団に入って1年目には鬼教官の下でみっちりしごかれ、ミリアーネ、サリア、エルフィラ、ユスティーヌという4人の仲間とともにそこそこの活躍をした。その活躍もあってか4人で1隊を編成され、任地の町へ派遣された。そこまではいい。問題なのは2年目で、上官が親友、同僚も親友。これで1年目のような厳しい生活を続けろというのはどだい無理な話で、当然の成り行きで軍紀が弛緩。もともと怠け癖のある4人、訓練は一応しつつも、1年目のように限界まで走り込むだとか夜間に完全武装で山に登るだとかの厳しいことは誰もやろうと言い出さない。私生活までだんだんズボラになってきて、ユーディトという有能なお世話係メイドさんがいなかったらどこまで堕落したか知れたもんじゃない。心なしか、筋肉以外の肉が増えたような気もする。


 そして3年目のこの春、突然の出頭命令である。どう考えてもみっちり油を絞られるのであろうと思われた。しかしどこからチクられた?町の人の前では精一杯良い騎士を演じていたはずだ。そもそも、最初に叱られるのは隊長のエルフィラであるべきでは?


 そんなことをグルグル考えているうちに、もう騎士団本部に着いてしまった。今更後戻りはできないので、渋々入ると控え室に通された。そこには先客が1人。


「おや、ハインツじゃないか。キミにも出頭命令が出たのか」

 

 サリアがちょっと驚いて言った。ハインツは2人と同期、入団3年目の男性騎士だ。金髪を短く刈り込んですっきりした頭だが、顔も体も横に広く、背も高くないから、全体的にぼってりした印象を受ける。せっかく全公国民憧れの騎士団に所属しているにもかかわらず、容姿が理由でモテないタイプ。

 そのハインツが、久闊を叙する言葉もそこそこに不安そうに言った。


「昨日いきなり出頭命令が出て、急いで来たんだ。集まったのはこの3人だけか?いったいこれは何のためなんだ?」


「私たちも同じだ。てっきり私は、――――言いにくいんだが、訓練に少し、ほんの少し身が入ってないのを叱責されるのかと」


 サリアがモニョモニョと答えると、ハインツはため息をつきながら、


「そっか、お前らの隊、全員同期だもんな。そんな環境だったら誰でも稽古サボるわ。俺んとこは上官が爺さんだから、毎日訓練が厳しくてよ」


「いや、サボってるわけではなくて……」


 やっぱりモニョモニョと否定するサリア。

 サリアも根は真面目な人間なのだ。しかし、ミリアーネと一緒にいるとどうも自分のペースが崩れる。そして自分の進もうと思っていた方向とは270°違う方向へ進まされてしまう。まさに腐ったリンゴは箱ごと腐る、その腐食作用の爆心地がミリアーネという女だった。

 その腐ったリンゴはハインツに向かってニヤニヤしながら、


「その割には、体が引き締まってないように見えるんですが」


「うるせえ!お前らだって2年前と比べて肉が付いてるだろうが!とくに胸とか尻とか!」


 明らかに最後の一言が余計だった。ミリアーネはドン引きして、


「うわ、仲間をそういう目で見てるとか……」


「きっしょ」


 サリアも冷たい目をして言った。




 しかしながら、そういう2人だって、決して他人をどうこう言えるものではなかった。サリアは眠そうにしている目、形よく小ぶりな鼻、薄い唇、一つ一つのパーツは良いのだが、それらの間に調和が無く、各々が独自の存在感を発揮して顔面に居座っている。黒髪をボブからポニーテールにした以外、2年前となんら変わっていない平凡な顔立ちだった。ミリアーネも2年前とまったく変わっていない。肩で揃えた茶色のはねっ毛と大きな目、よくいたずらっぽく曲がる口。黙っていれば美人の部類に入るが、黙っていることなんてないから美人じゃない。しかも話の内容が自分はモブキャラだからどうとかこうとか、他人にまったく理解されないことだらけなのが、彼女の評価をさらに落とすことに一役買っていた。


 ミリアーネは騎士だとか勇者だとかが出てきて、異能力や転生前世界の知識で無双する冒険小説――それを彼女は一括りにして『騎士道物語』と呼んでいた――の中毒者で、現実と虚構の区別が付かなくなっている、若干危ないヤツである。彼女は小説の騎士や勇者に憧れて、それだけのモチベーションで平民出の彼女にとっては狭き門である騎士団に入ってしまった。しかし入ったはいいが、自分に異能力や前世の知識が無いと気付いてしまったので自分は誰かの物語中のモブキャラだと認識し、小説中のモブのようにあっさりと戦死しないよう、日々努力と研究を重ねているのだ。


 この訳の分からない理論をサリアは未だに理解できなかった。今までに何百回と聞かされたサリアでさえ理解できないのだから、初対面の人はもちろん理解できなかった。しかもミリアーネは空気を読まない達人だから、誰彼構わず持論を開陳する。結果として、彼女の評判はうなぎ下りに下がった。





 レンガ造りの騎士団本部の2階、通りを見下ろせる一番いい場所に団長室はある。そこに恐る恐る入った3人は、目の前に座る団長の刺すような目つきに射すくめられた。年の頃は40くらい、筋骨隆々の体格、爛々と光る瞳。まさに歴戦の強者、稀代の戦士。大蛇を前にしたカエル、そんな気分だ。

 団長は3人を品定めするように見回した後、重々しく口を開いた。


「これから話すことは極秘中の極秘だ。公王陛下と私と数人の幹部、そしてお前ら3人以外は誰も知らん。聞いたことを他人に話してはならん。たとえ騎士団所属の者であろうとも」


 3人とも生唾をゴクリと飲み込んだ。日頃の怠慢を咎められるのではないらしいが、なんだかとんでもない話になってきた。

 団長は一呼吸置いて続ける。


「カール王子が、間もなく冒険の旅に出られる。そのことは知っているか?」


 誰も知らなかった。首都にいなくても首都の動向は把握しておけ、とたしなめつつ、団長は説明を始めた。


 カール王子は現公王の長子で15歳。ゆくゆくは公王の位を継ぐ存在だ。ところで、この公国では王位継承予定者が15歳になると、公王たる才があるかを見極めるために試練を課すことになっている。それは公国の隣の王国に行き、国王に挨拶をしてくること。この旅は自分ひとりの力で成し遂げる必要があり、家臣の手を借りてはならない。馬に乗って楽をしてもならない。現公王も、20年以上も前に冒険を成功させ、今の位に収まったということだ。


「言いたいことがなんとなくわかってきたか?」


 団長が尋ねたが、元より頭の血の巡りが良いとは言えない3人、まだピンとこない。そんな風習があったのか、とは思いつつも、自分たちと何の関係があるのだろうと思っている。

 団長は机を指でコツコツ叩きながら言葉を継いだ。


「つまりだな、お前たちには王子の旅の手助けをしてもらう」


「しかし、旅は王子おひとりで成し遂げるものと、今おっしゃったばかりでは」


 あまりの話にビックリしたサリアが思わず口を開く。団長は重々しく頷き、


「そうだ。だからこそお前らを呼んだのだ」




 カール王子は学問・芸術を愛する少年だ。一方で、運動神経は壊滅的であった。王子として生まれた以上、剣の修行もしなければならないから、10歳の頃から団長自ら教授している。しかし5年経った今でも、一向に上達の気配はなかった。

 この旅では様々な困難が王子を襲うだろう。その時この剣の腕前では困る。だから陰で王子を支える騎士を派遣することとしたのだ。もちろん、他人はおろか王子にも悟られずに。もし王子が手助けをされていると分かったら、国民は失望するだろうし、何より王子のプライドがズタズタだ。


(それはいわゆるズルというやつでは?)


 と全員思ったが、そこは組織に属する人間の悲しい運命さだめ、組織の長の言ったことは絶対である。代わりに、ハインツが困惑しきった顔で尋ねた。


「話は分かりましたが、なぜこの3人が?」


「それはな――――お前たちの存在感が薄いからだ」


「私のモブキャラ体質がこんな形で役に立――――」


 しゃべり出しかけたミリアーネの足を、サリアが思い切り踏みつけて黙らせた。


 団長はもう少し詳しく説明した。もちろん、腕の立つエース級騎士を1人でも派遣すれば事は足りるだろう。しかし、彼らエースは憧れの存在として、国民の間に顔が知られすぎている。かといって、存在感の無いへっぽこ騎士を多数派遣するのはあまりにも目立ちすぎる。目立たないためには3人くらいに抑えるべきだ。


「そこで、お前たちの出番というわけだ。特段憧れの対象になっていないから顔を知られておらず、かつ3人ならなんとかなるだろうという微妙な腕前、これらを兼ね備えた者はお前ら以外におらん」


 なんだか褒められているんだか貶されているんだか分からない。


「というわけで、お前たちは今から『なぜかいつも王子と行き先が同じになる旅芸人』だ」


 勝手に設定まで作られていた。もうちょっとまともな設定があったのではないかと思うが、そこは組織に属する人間の悲しい運命さだめ、以下略。


 


 とにかく、王子は3日後に出発するらしい。荷造りをするため、大急ぎでいったん任地へ戻る3人。それを団長室の窓から見下ろしながら、彼は部屋に入ってきた女性幹部に声をかけた。


「ねえ、俺、ちゃんと団長っぽい威厳を出せてた?」


「充分すぎるくらい出せてましたよ。もっと自身持ってください、みっともない」


 先程までとは打って変わって不安げな様子の団長に、女性幹部は冷静に声を掛ける。団長はなおも落ち着かないらしく、


「あの3人で大丈夫かな。俺はもう、不安で不安で……。本当なら俺自身が行きたいんだけど……」


 女性幹部はニヤリとして、


「あのうち2人は私の推薦ですから。大丈夫、人間性に問題はありますが、いざというときはやってくれるヤツらです。特にミリアーネは自分で裏方役という認識があるんですから、今回の任務にこれ以上の適任はいません」


「そうかなあ。まあ、ベアトリゼがそう言うんなら……」


 女性幹部は、2年前のミリアーネとサリアの上官かつ鬼教官だった。


「では、私もこれから任地へ向かいますので。しばらくの間失礼します」


 彼女もまた急ぎ足で出て行った。





 エルフィラとユスティーヌ、それからユーディトは混乱の極みだった。昨日仲間2人がいきなり首都に召喚されたと思ったら、今日はかつての鬼教官がやって来て、再会を喜ぶ間もなくこう宣言したのだった。


「突然だが、しばらくの間ミリアーネとサリアは旅芸人になることになった。その間は私が臨時の上官になる。久しぶりにみっちり訓練させてやるから覚悟しろ。2年前よりなんだか肉が付いたんじゃないか?」

 

 ベアトリゼ隊長は「訓練」と「覚悟しろ」が大好きなのである。どこからどうツッコんだものか、と思っていると、間もなくその2人が帰ってきて、ベアトリゼ隊長の出現に驚いたのもつかの間、本当に荷造りを始めたのだった。


「どうしたのよ2人とも!?本当に旅芸人になるつもり?」


「うん、私たちはこれから旅芸人になるよ」


 ミリアーネは答えた。自分でも無茶苦茶だと思った。でも、これ以外に答えようがないではないか。なにしろ、上官かつ友人のエルフィラに打ち明けてもいけないのだ。

 エルフィラはいいとこのお嬢様で、豊かな金髪とややツリ気味の目。一見厳しそうだけど内面は優しくて包容力があって、隠れファンが多いのだ。

 そのエルフィラが努めて平静に、


「今どき流行の自分探しの旅というやつかしら?理由は聞かないけど、気をつけるのよ。私たちはずっと待ってるから」


 と、持ち前の優しさを発揮して聖母のようなことを言う。


 一方のユスティーヌはもっといいとこのお嬢様で、背は小さいけれども長く伸ばした銀髪は美しく、瞼は二重で鼻も高い。だけど見た目とは裏腹に高慢ちきだから、隠れファンも公然のファンもいない、かわいそうなやつ。

 そのユスティーヌが大慌てで、


「私の尊大な態度が気にくわないとか、そういう些細なことが理由なんだろう?うむ、わかった、これから改めるから、どうか嘘と言ってくれ!」


 ユスティーヌの慌てぶりを内心面白がりながらも、サリアは心が痛んできた。こんないい人たちを騙して旅立つということに。サリアは彼女に向かって言った。


「ユスティーヌ、私たちが旅芸人になるのは……本当なんだ。でも2,3ヶ月くらいしたら戻ってくるよ」


「本当だな?絶対だな!?」


 ユスティーヌのあまりの動揺ぶりに、ベアトリゼ隊長がフォローを入れた。


「安心しろ。2人とも騎士団の籍は残るから。それに、15歳でもできることなんだからな。それよりエルフィラとユスティーヌは訓練だ!早く練習着に着替えろ!」


 彼女の言うことはよく分からなかったけれど、エルフィラとユスティーヌはとりあえず安心することにした。そして思った。どうやら2人が帰ってくるまで、ベアトリゼ隊長は居座るつもりらしい。地獄の再来に他ならない。


 その晩、ミリアーネはベッドに入りながら思った。


(あれ、なんでベアトリゼ隊長は私たちの任務を知ってるんだろう……?あ、団長の言う「数人の幹部」の一人なのか。私たちのような平凡なモブキャラを配下にしても出世できたのはすごいな)


 自分で自分を平凡と認めているのが、彼女の強みであり弱みであり、他人との不要なトラブルを巻き起こす原因でもあった。





 王子出発の日。少年が試練の旅に出ることは、少なくとも首都にいる騎士団員は全員知っていたから、見送りのための盛大な行列が宮殿から首都入口の城門まで続く。その中心を歩くカール王子は、金髪で優しそうな顔をした美少年。しかし体つきは華奢で、この体でうまく剣を扱えるとはどうしても思えなかった。王子自身もこの冒険は不本意なものに違いなかった。自信なさげに俯き、今にも不安に押しつぶされてしまいそうだ。

 城門に着いた王子は、彼を励ます父王と、泣かんばかりになっている母后に最後の挨拶をして、一歩外に踏み出した。はるかかなたに朧気にかすむ山脈まで広がる広大な大地。これから先は、自分の力で踏破しなければならない。


 大いなる不安を抱えて王子が旅立ち、見送りの騎士団たちも解散した後、同じ城門に3人の男女が現れた。


 上に茶色のシャツ、下も茶色のズボン。服に剣を差し、革の背嚢を背負ったミリアーネたちだ。特に服のダサさは一級品で、いつも着ている黒一色の騎士団の軽装制服とは比較にならないセンスの無さ。


「あー、もうこの服だけでテンション下がる」


 と言いつつ、城門を一歩踏み出した。


 旅が始まった。

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