41 聖女は一角獣に選ばれてしまいました
「早まるのはお止めなさい、マキャベル殿!」
大聖堂にルルの声が響く。高い天井に反響していくつも重なった声は、遠吠えのように屋外へと抜けていった。
罪人の命をも平等にたっとぶルルが眩しかったのだろう。マキャベルは、すっかり
「この国では、重罪をおかしたものは、死ぬまで刑務所から出られない。私が生きつづける理由などない。それならばいっそ、聖教国フィロソフィーが代々守ってきた歴史に名を残して死ぬが本望……」
マキャベルの腕に力が入る。首筋に刃が当たり、つうっと血が垂れた。
「死んではなりません!」
ルルが絶叫したそのとき。蹄が土を踏む音が聞こえた。
何十何百もの足音が重なる。音はどんどん大きくなり、開けっぱなしだった大扉から、一角獣の大群が大聖堂に駆け込んできた。
「うわあ! 一角獣だ!!」
腰を抜かしたジュリオは、踏みつけられるのを恐れて壁際にはっていく。
大群は、司教たちが座る椅子のあいだを一直線に走り、マキャベルとルル、ノアを取り囲んだ。
マキャベルの近くにいた一角獣は、服を噛んで剣を下ろそうとする。
「なぜ私を止める……。私は、お前たちを売り払って財を成していた者だぞ」
「それは、
ノアが一角獣の気持ちを代弁する。しかし、マキャベルは「信じられるものか!」と、服に噛みついていた一角獣を振り払った。
「無償の愛など幻想だ! だからこそ私は、富を得るために非道徳的な行いができたのだ。そんな影も形も見えないものに、振り回されるものかっ!」
「つくづく馬鹿なやつだな……」
アンジェラと並んでいた黒い騎士服の男が、一角獣の間を縫ってマキャベルに近づいた。彼は、剣の根元をにぎって、無理やり奪い取る。
手の平から血がポタポタと落ちるが、顔には黒いマスクをしているため、痛がる表情は見えない。痛みも何も感じていないように堂々としている。
「ここは、この国で一番清らかな場所だ。お前の汚い血なんかで汚してみろ。せっかく許してくれてる一角獣が怒り狂って、鞠みたいに蹴られて、砕けた骨と破られた肌と流れる血のフルコースで、地獄の苦しみを味わいながら死ぬことになるぞ。そういうのがお好みなら町外れにいって、誰にも迷惑がかかんないようにやれよ」
「王女の自警団ごときが。誰に口をきいている……!」
「誰に、ねえ」
しゃがんだマスクの男は、膝をついたマキャベルの耳にささやく。
「俺様これでも元聖王なんだけどなー?」
「! 貴様、いしゅ――」
「黙ってろ」
金色の睫毛を震わせた男――イシュタッドは、マキャベルの後頭部に手刀を入れて気絶させた。
一方のルルは、自分に顔を寄せてくる一角獣たちに戸惑っていた。
集まっているほとんどの個体の耳に、ガレアクトラ文字の識別タグがついていて、軽い怪我を負ったものもいた。
「檻から逃げ出してきたの?」
白い頬に手を滑らせたルルは、まるで霧のなかに吸い込まれるように、大聖堂とは別の光景を見た。
――大司教に追い詰められて、崖に落ちるギリギリで全身全霊の魔力を手に集めたルル。それを放つ前に攻撃がきて、ノアに抱えられて飛び降りた――。
見える映像には、ルルが目撃できなかった『続き』があった。
ルルの手を離れて研究所跡に飛んでいった魔力は、天井の穴から建物に入り、積み重なっていた檻のうえで何百もの光に分散した。
光は、おのおの錠前にぶつかっていき、壊した。檻の扉があく。
一角獣たちは檻を抜け出し、司教らの手が届かない空へと飛び立っていった。
「あなたたちは、私の力になるために戻ってきてくれたのね。ありがとう」
ルルが感謝を伝えると、撫でられていた一角獣は深く頭を下げた。
それを皮切りにして、大聖堂に詰めかけた一角獣たちが次々とひれ伏していく。さながらドミノ倒しのように、末席まで。
荘厳な光景に、ルルは言葉をなくした。平身低頭する一角獣に囲まれた聖女にかしずいて手を伸べるのは、彼女の騎士であるノアだ。
「一角獣はあなたを選びました。あなたこそ、次の聖王に相応しい。私が仕えるべきただ一人のお方です」
感極まった黒い瞳のなかで、キラキラと星がまたたいている。その輝きは、彼もまた天空からの使者なのだと示していた。
(この手を取らないと、ノアは空に帰ってしまう)
ルルが手をとると、ノアは、ほっとした様子で微笑んだ。
成り行きを見守っていた司教たちから、拍手喝采が起こった。
シスターやマロニー地区の司教、集まった各地の司教たち、ヴォーヴナルグ率いる聖騎士団やガレアクトラ軍人までも、晴れやかな表情で手を打ち鳴らした。
ひときわ大喜びしているのはアンジェラだ。調子のいい指笛まで鳴らしている。
「ヒューウッ! やったな、ルルーティカ!」
「おめでとうございます。ルルーティカ様――」
ノアからもお祝いの言葉を贈られて、ルルは固まった。
改めて自分がやったことを思い返してみる。
次期聖王の内定式で、対立候補のジュリオが聖王に相応しくないと暴きたてた。
王族としての責任感とルル個人の正義感からしたことだが、見方を変えれば、自分の方が聖王に相応しいと証明したように受け取られてもおかしくない。
気づいたときには、後の祭りで。
「――これで、あなたは聖王に内定です」
「えぇえええっ!!!?!?」
気高く美しく清らかな『ルルーティカ王女』らしくないルルの悲鳴は、大聖堂中に響き渡ったのだった。
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