39 華麗に暴いてみせましょう

 枢機卿団の重鎮と、聖教国フィロソフィー全土の司教たちが顔をそろえた大聖堂で、次期聖王の内定式が執り行われようとしていた。


 空の玉座の下には、ガレアクトラ帝国軍の正装である真っ赤な軍服に白いエシャルプを掛けたジュリオが控えている。


「僕が聖王になるのは、運命によって決まっていたんだ。内定式なんてしなくても、選ばれし者だと一目で分かると思うけれど」

「ジュリオ王子殿下のおっしゃる通りです」


 もったいぶって前髪を払うジュリオを、マキャベルがおだてる。彼が機嫌をそこねて内定式を蹴ってしまえば、振り回されてきたこれまでが水の泡になるからだ。


 ジュリオは気づいていないが、マキャベルは彼を傀儡かいらいにするために尽くしている。贅沢と賞賛が大好きで、それ以外に興味のないジュリオを聖王にしてしまえば、この国を思うがままに動かせる。


(二度とイシュタッドのような聖王を誕生させるものか)


 どす黒い決意は胸のうちに隠して、マキャベルは、内定者に着付けるマントを持ち上げた。


 上等な白い毛皮に、金色の星飾りが無数に縫いつけられている。ただでさえ重量があるのに、とある仕掛けを施しているせいで、ことさら重い。


「これより、ガレアクトラ帝国のジュリオ第四王子殿下に、聖衣をまとわせて天啓をあおぐ」

「さっさとしてくれたまえ」


 ジュリオはマキャベルから奪うようにして、マントを羽織った。そこに、一体の一角獣ユニコーンが連れられて来る。


 カントの外れにある教会の裏にいた、角の折れた子どもの一角獣だ。痩せ細って、翼は羽がところどころ梳けており、見るからに弱っている。


 ジュリオは嫌われ者なので、角がある完全体の一角獣では蹴られてしまう恐れがあった。万全を期すために、マキャベルはあえて弱っている個体を用意させたのだ。


 だが、この一角獣もジュリオが嫌らしい。首にかけられた縄に足を踏ん張って抵抗している。マキャベルは、小声でジュリオに進言した。


「殿下。アレを使うときです」

「そうだね。分からず屋には、力で言うことを聞かせるよりない」


 ジュリオが片方の腕を伸ばすと、急に一角獣が大人しくなった。

 涙ぐむ瞳は虚ろになって、ジュリオの手に頬を寄せていく――。


(さあ、皆に見せるのだ。愚かしいジュリオこそ、次の聖王だと!)


 マキャベルが歪に笑ったそのとき、聖堂を黒い風が駆け抜けた。


 集まった司教たちの間を一直線に駆けたのは、黒い騎士服をまとったノアだ。腰に差していた剣を抜いて、一閃をジュリオのマントに浴びせる。


「なにをするんだ?!」


 風圧でめくれあがったマントの内側には、膨大な数の魔晶石が、一角獣の頭から折られたそのままの形でくくりつけられていた。


「――ものものしい装いをしていらっしゃいますね。ジュリオ王子殿下」


 ざわつく司教たちの端で、一人の少女が立ち上がった。

 銀の刺繍が美しい白いドレスに、透明な宝石に彩られたベールを被っているのは、世にも美しい少女だった。


「ルルーティカ王女!? 崖から落ちたと聞いていたのに、どうしてここにっ!」

「聖教国フィロソフィーの王族は、一角獣に守られていますのよ」


「怖かっただろう。もう大丈夫だ」


 ノアが縄を切ってやると、子どもの一角獣は一目散にルルのそばに駆けてきた。

 無理やり引っ張って連れてきたのだろう。首筋に縄のあとが付いている。


「聖王になれるのは『一角獣から選ばれた人間』。ジュリオ王子殿下は、式典でそうと見せかけるために、魔晶石をたくさん仕込んでおられたようですわ。どこからそんなに調達されたのかしら?」

「は……母だよ。彼女はこの国から、大量の魔晶石を持って輿入れしてきたんだ。みんな知っているだろう!」

「それは嘘だわ。ノア、この子のはあるかしら?」


 命じられたノアは、ジュリオに剣を向けた。

 隅に控えていた軍人が駆けつけようとするが、黒い騎士服をまとった一団――アンジェラと雇いの聖騎士によって牽制されている。


 ジュリオは冷や汗をかきながら助けを呼ぶ。


「主が殺されそうになっているんだから、騎士ぐらい殺して駆けつけてこい! もういい、君たちは全員クビだ!」

「お前を殺しはしない。ルルーティカ様のご命令は、こちらだ」


 ノアは、剣を握るのとは逆の手をかざした。マントから小ぶりな魔晶石が離れて、手の平に収まる。

 ルルに持っていって手渡すと、彼女はそうっと一角獣の頭にのせた。


 折られた部分が光を放ち、角が元通りにくっつく。


「この一角獣から折られたものですわ。折られて間もない魔晶石は、膨大な魔力を有しているから、魔力がない人間に魔法を使わせることもできますし、持ち主である一角獣と融合することもできます」

「そんなことは知らないよ! なんで教えてくれなかったんだい?」


 たずねるジュリオを、マキャベルは恐ろしい形相で睨んだ。


「黙っていてください」

「黙れ? 君、誰に向かって言ってるか分かっているのかい? 僕は王子だ」

「そちらこそ、その発言がどういう意味になるのか分かっているですか」


「落ち着いてください。ジュリオ王子殿下、マキャベル殿」


 仲間割れの気配を漂わせる二人に、ルルは一歩ずつ近づいていく。


「ヘレネー様が帝国に嫁がれたのは、もうずいぶん前のこと。彼女が持っていった魔晶石にそれほどの力はありません。マントに仕込まれているのは、最近カントで暴れているガレアクトラ軍人が持っているのと同じく、一角獣保護法が施行されて以後に盗られたものだわ。これは重大な犯罪です」


 ルルの後ろに、子どもの一角獣とノアがついていく。

 黒い騎士と白い聖獣に従われたルルの神々しさは、まさしく聖女らしい聖女として、大聖堂の空気を支配していた。


「あなたたちは、さらに大きな罪を犯していますね。私は、それを暴くために戻ってきたのです――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る