32 騎士が本性を現わしたようです

 ノアの体が白い光に包まれた。


 ルルの存在ごとかき消してしまうような、朝日よりも強い光だった。

 直視できないほどの眩しさのなかで、ノアの形はぐにゃりとほぐれていく。


 感じるのは驚異的な強さの魔力だった。一角獣ユニコーンの清廉な気とはちがった、暴力的なまでの気迫にルルの肌が粟立つ。


(どうなっているの?)


 何者でもなくなった光は、ルルの体の下へ集まった。すると、見えないハンモックで釣り上げられたように落下が止まった。


 びっくりして真下を見る。光は、一角獣ユニコーンのような獣の輪郭を成していき、ぱっと散った。

 姿を現わしたのは、翼を広げた成獣だった。


二角獣バイコーン……!」


 巨大な体躯は、ルルを乗せても背中に余りがある。体は黒くてキルケゴールと似ているが、頭にある角は二本。しかも、左の方は根元付近で折れている。


(研究所で捕らわれていた二角獣と同じだわ)


「ノアなの?」


 真っ赤な瞳を覗きこんで言うと、避けるように伏せられた。

 それを見て直感する。これは、絶対にノアだ。


 彼は、いじったらしいほど尽くしてくれるのに、大事なことは言葉少ないのである。


「人に化けられるなんて知らなかったわ。事故のあと、私を背負って病院に連れて行ってくれたのは貴方だったのね。町を壊さないでくれてありがとう。ずっと会ってお礼を言いたかったのよ――」


 そのとき、ズンと高度が下がった。

 ノアの翼からじょじょに力が抜けていく。


 ルルの脳裏に、教会裏で集まっていた一角獣たちがよみがえった。


 彼らは、角を折られて魔力の源を失い、空を飛べなくなっていた。

 二角獣の本性を表したノアは、二本ある角のうち一本を失っている。


「ひょっとして、上手く空を飛べないんじゃ……」


 ルルの不安は的中して、ノアは斜めに滑空しはじめた。人間二人が崖から真っ逆さまより速度は遅いが、海へとダイブは免れない。


 ルルの魔力は、こんなときには発揮されない。

 他になすすべもなくノアの首にしがみつくと、落下はいよいよ本格的になった。


 猛スピードで海へと近づいていく。恐怖と風で目を開けていられない。


「きゃあああーーーーーー!」


 ボッチャン!と高い水しぶきを上げて、二人は海へと飛び込んだ。強い衝撃にルルは気を失いかけたものの、衿元をつかまれる感触に呼び戻された。


 真夜中の暗い海のなか。塩分が染みる目では何も見通せない。水圧のせいで手足は思うように動かせないし、叫んだせいで息も保てない。


 もうろうとしたルルは、何者かに引っ張られるまま、上へ上へと向かっていく。


 やがて海面に辿りついた。水のベールを突き破るように顔を出して、ぷはっと口を開けて大きく息を吸う。


 死ななくて良かった……!

 

 安堵して目を凝らせば、海面に二角獣が立っていた。濡れそぼった翼は、月光を反射して青鈍色につやめいている。


「助けてくれたのね。ノア、ありがとう。あなたも怪我はない?」

『……ルルーティカ様、』


 ノアの声は、ルルの頭のなかに直接ひびいた。


『申し訳ありません。正体を隠していて』

「いいのよ。ぷはっ! 二角獣だって見破られたら、研究対象になってしまうものね、ぷはっ! 人として生活するのは大変だったでしょう――ぷはっっ!」


 波が顔にかかるたびに、ルルは息継ぎをした。

 足踏みするように水をかいていたが、長年の巣ごもり生活で弱った筋力では、長くは浮かんでいられない。だんだんと体が沈んでいく。


「話したいことはいっぱいあるのに、ごめんなさい。溺れそうだわ!」

『岸へ参りましょう』


 ノアはルルのネグリジェの衿を噛んで、崖の真下へと向かった。たくましい四足は、草原を走るように海面を駆けていく。

 近づく陸地がチラチラと光っているので、小さな灯台でもあるのかと思ったら、どうやら炎が焚かれているようだ。


(こんなところに人が?)


 大きな岩を別けて狭い砂浜に上陸すると、炎のそばで一人の人間が立ち上がった。枝に刺した魚を炙っていたのは、上半身が裸の青年だった。


 ボロボロに裂いた布きれを腰に巻いていて、日焼けした肌は筋肉質。オレンジの炎色を映す銀髪は細く、かき上げたスタイルで固まっている。


「お前、ノワールか?」


 二角獣を見ても動じないどころか正体を言い当てた青年に、ルルは飛び上がるほど驚いた。

 

「イシュタッドお兄様っ!?」  

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