23 聖王の痕跡を引き当てたようです

 ノアが身を引いたと思ったら、扉が開いた。ルルがとっさに毛玉を解くと、廊下に立って警護しているアンジェラが顔を覗かせる。


「ルルーティカ。ヴォーヴナルグが来たぞ」

「悪いな、遅くなって」


 大きな体に似合わず恐縮して現われたヴォーヴナルグに、ルルはジュリオの我がままで晩餐会が切り上げられたこと、ダンスはジュリオと踊ったことを話した。


 わざと傷跡を暴かれたことは黙っていたが、ヴォーヴナルグは大弱りだ。


「もっと早く来たかったんだが、城下町の居酒屋でガレアクトラ軍人が酔って暴れていて、対応に手こずったんだ」

「ジュリオ王子殿下のお付きかしら?」

「だと思うぜ。真っ赤な軍服でくだ巻いて、『あんたらはルルーティカ王女が聖王になると思ってんだろうが、枢機卿団はうちのジュリオ王子殿下に内定を出すと決めた!』って大声で吹聴してたんだ。通報を受けたうちが、『いい加減にしろ』って出て行ったら、魔法でカミナリを出して楯突いてきた。これを使って」


 ヴォーヴナルグが開いた手の平には、真新しい魔晶石が一つのっていた。加工品ではなくて、根元から折られた角を持ち歩きやすいサイズに切ったもののようだ。


「本来の魔晶石は、持っている魔力を増幅させる、補助的な役割をはたすものだ。魔力のない一般人が魔法を使えるようにするには、一角獣ユニコーンから半年以内にとれた魔晶石が必要だと言われている」

「半年?」


 一角獣保護法が施行されて、もう三年も経つ。

 つまり、ガレアクトラ軍人が持っていた魔晶石は、違法に採取されたものだ。

 

「他の国に一角獣は飛来しないから、聖教国フィロソフィーで密猟されたものかしら」

「その可能性が高いな。ジュリオ王子についてきて国内で手に入れたのか、それともガレアクトラ帝国への密輸ルートがあるのかは分からないが……」


 ヴォーヴナルグは、そこまで言って、急に笑った。

 ルルが不可解そうに見ると、「いや」と弁明する。


「イシュタッド陛下が知ったら、政務も会議も何もかもをほっぽり出して、真相を確かめに行くだろうと思ってな。国内のどこにでも一人で突撃していくような、元気が良すぎる聖王だった。好奇心は猫をも殺す、その調子で行動していたら、いつか大変なことになるって、何度も注意したんだが……」

「ヴォーヴナルグ聖騎士団長。兄は生きていますわ」


 ルルは自分に言い聞かせるように、強い口調で言い放った。


「殺しても死なないような人です。それは、団長自身がいちばんご存じでしょう? あきらめずに探しましょう。どこかで助けを待っているかもしれませんから――」


 励ますようにヴォーヴナルグの手に触れる。と、指先が魔晶石についた。

 その瞬間。


 ざあっと吹いた風に、ルルの意識は引っ張られた。


 座っているソファごと、見知らぬ草原に移動している。ルルの目からは、崖に建った崩れかけの建物と、その奥に広がる大海原が見えた。


 それらを背景にして、ルルに背を向けて立っているのは。


「お兄様?」


 ぽつりとつぶやくと、上背の高い後ろ姿が振り返りかけた。

 顔が見える寸前で、眼前に広がった世界は、絵画がくしゃくしゃに握りしめられたように収束して、消えてしまった。


 気づけば、ルルは、先ほどまでと同じくヴォーヴナルグの手に触れた姿勢でいた。

 座っていたソファは、豪奢な家具が置かれた控え室にあり、ノアやアンジェラが心配そうに顔を覗き込んでいる。


「どうした、ルルーティカ?」

「いま、魔晶石を通して見えたの。お兄様が、どこかの岸壁に立っているところが!」


 ルルは魔力を失っているかに思われていたが、ときたま発現すると最近わかった。

 見えた映像もその賜物たまものだろう。この魔晶石がとられる前、持ち主だった一角獣は、兄といっしょにいたのかもしれない。

 

「どこかの地方だと思うわ。崩れかけた大きな施設があった……」

「崖の上にある崩れかけた構造物か。思いつくのは、ユーディト地区の研究所跡地だな。事故によって良くない魔力が滞留しているとかで、壊されずに残っている。だが、ここ一年ほどイシュタッド陛下はユーディト地区へは行っていないはずだ」

「ということは、一人で出掛けられたのかもしれないわ」


 行方不明の兄が、最近行っただろう場所。調べてみる価値はありそうだ。


 ようやく手がかりを得られて喜ぶルルに、ヴォーヴナルグとアンジェラが、研究所跡への視察という名目で遠出してはどうかと意見を出す。


 事態を見守っていたノアは「客車の準備をしてきます」と言って、会話から外れた。

 控え室を出て扉を閉める。灯りもまばらな廊下は、ひっそりと静まっていた。


 暗殺者の気配はない。さすがにガレアクトラ帝国の王子が主宰のパーティーで、惨劇は起こせないということだろう。


 肘から先にしびれを感じて、おもむろに白い手袋を外すと、手が透けていた。

 肌色は薄ぼんやりとかすみ、手の平ごしに敷かれた絨毯の模様が見える。


「……尽くしすぎた」


 ノアは戒めのように口にした。

 けれど、ルルーティカを前にすると、特に彼女が弱った様子でいると、胸が切なくなって、手を貸さずにはいられないのだ。


「気をつけなければ。できるだけ長く、ルルーティカ様のそばにいるために……」


 手袋をはめ直して、他の騎士がいる待ち合いへと足を向ける。

 この体に異変が起き始めていることを、ルルにだけは知られまいと決意しながら。

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