21 王子とのダンスは不本意です

 ジュリオが不機嫌になったことで、晩餐会は終わった。食べかけのお皿は慌ただしく片付けられ、食後に出されるはずのお茶が運び込まれる。


 ルルの前に出されたカップの水色はうすい。急いで大人数分を淹れたから、十分に蒸らしていないのだろう。

 周りを見ると、白湯を飲まされているような渋い顔をしている。


(ジュリオ王子は我がままね。スケジュールを変更したら、たくさんの人が困ることになるのに)


 誰にも迷惑をかけない、かけたくないと思っている巣ごもり人間のルルにとって、ジュリオの傍若無人さは目に余るものだった。

 それは参加者も同じだったようだ。あちこちのテーブルで、小声で不満が沸きあがる。


 会話をさえぎるように、会場のすみっこに設けられたオーケストラで、ワルツの演奏がはじまった。


「気分を晴らすために踊ろう。ルルーティカ王女、一曲どうだろうか」

「えっ、わたくしと?」


 ジュリオに手を差し出されて、ルルは動揺した。

 今日のためにヴォーヴナルグとダンスの練習を重ねてきたけれど、他の人間と踊ることは考えていなかった。

 会場を見回すが、聖騎士団長の姿は見えない。


(晩餐会が予定より早く終わっちゃったから、まだ到着していないんだわ!)


 彼は今日も仕事である。食事が終わるころに会場に来て、ルルと一曲踊って、周囲に好印象を与えて帰る……という完璧な筋書きだった。


(どうしよう)


 ルルはダンスが下手だ。ヴォーヴナルグ以外の男性と足並みをそろえることは不可能である。

 ダンスをしていたつもりが、キリのように細いヒールで相手の足を踏みつける格闘技になりかねない。


 だが、目の前に出された手の平を拒絶することもできないのだ。


 ジュリオは、ガレアクトラ帝国の第四王子。聖教国フィロソフィーにとっては賓客であり、王女であるルルがないがしろにすると問題になる相手だ。


 ルルは、仕方なくジュリオの手をとり、テーブルに囲まれたホールの中央に進み出た。向き合うと、ジュリオの片手がルルの腰に回される。

 ゾワゾワと不快感を覚えながらも、ルルは曲に合わせて一歩を踏み出す。


「……なんだ、意外と踊れるじゃないか」


 ステップを踏むルルを、ジュリオはつまらなさそうに評価した。

 参加者たちも、ドレスをひらめかせる美しい『ルルーティカ王女』に目が釘付けだ。当の本人はポーカーフェイスを作るのに必死なのだが。


「踊れているのは、ジュリオ王子殿下のエスコートが上手いおかげですわ」

「そういうお世辞も言える子なんだね、君。マキャベルは、幼稚で我がままなダメダメ王女だって言っていたのに、ぜんぜん違うじゃないか」


 先ほど、マロニー地区の話が出たことで、ルルが世間知らずの無能ではないと気づいたのだろう。ジュリオがルルを見下ろす視線は、見下すような雰囲気から、刺すような攻撃性へと変わっていた。


 油断はできないと、ルルは気を引きしめる。

 曲が終盤に差しかかったところで、ジュリオは、ルルを掴む手にぎゅっと力を込めた。


「っ、痛いですわ。力を抜いてくださいませ、ジュリオ王子殿下」

「痛むのは、君がひ弱なせいだろう。僕は知ってるんだよね。君が、修道院にお籠もりだった理由――」


 足を止めて、ジュリオはルルの前髪をかき上げて、にいっと笑った。


「――こんな醜い傷跡、人前にはさらせないよね」

「あ……」


 ルルの額にある大きな傷跡が、衆目にさらされた。

 一瞬にして静まった会場に、集まる非難の視線に、ルルは動けなくなる。


『王族だというのに魔力を失ったなどと嘆かわしい。しかも顔に傷なんて、政略結婚にも使えまい』


 頭の奥底で、かつて浴びた父王の声がする。

 母の軽蔑するような表情も、昨日のことのように思い出した。


 ルルの頭から血の気が引く。体から力が抜けていく。ジュリオがしてやったりという顔で手を離すと、ルルはその場にへたり込んだ。


 周りの視線が怖い。

 失望した顔つきも、家族から閉め出す空気も、もう二度とごめんだと思っていた。


 早く、早く毛布に包まれなくては。誰の手も届かない、狭くて温かな礼拝室で、丸くなって眠らなくては。これ以上、傷つけられる前に。


 そう思うのに、足が動かない。ルルは、目をぎゅっとつむって願う。

 

(だれか、たすけて!)


「ルルーティカ様」


 ルルは、ふわりとした浮遊感に包まれた。

 目を開くと、ノアが両腕で抱き上げてくれていた。


「もう大丈夫ですよ」


 囁かれた言葉に頷いて、首元に腕を回す。

 ノアは、応えるように抱く腕に力を込めて歩き出した。


 しんがりのアンジェラが睨みつけると、ジュリオは渇いた笑いを浮かべて、長い前髪を払った。


「王女の騎士っていうのは、過保護な連中のあつまりなんだね」

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