19 晩餐会で解けない魔法をください

「上手よ、アンジェラ」


 キルケシュタイン邸の自室で、ドレッサーの前に座ったルルは、アンジェラの手で髪を結い上げられていた。

 三つ編みをくるくると巻いて宝石のついた櫛をさすまとめ髪は、顔周りと首に沿わせるように垂らした後れ毛が絶妙だ。


「とっても綺麗だけど……。前髪は厚めにつくってほしいわ」

「わかった」


 念を押すと、アンジェラは櫛で多めに前髪を下ろしてくれた。

 これならダンスをしても崩れなさそうだ。髪をかき上げられるのでも無いかぎり、額にのこる傷跡を見られることはないだろう。


「次は化粧だ」


 アンジェラの手で、頬に薔薇色のパウダーがはたかれ、まつげには星明かりのようなラメが絡み、ほのかに色づくリップが塗られる。

 控えめながら要所をおさえたメイクによって、ルルの表情にはじんわりと滲むような魅力が付加された。


「本当にすごいわ、アンジェラ。まるで別人になったみたい」


 ルルが身につけたドレスは露出が少ないデザインで、袖やスカートには透ける素材が重ねられている。ルルの銀髪とあいまって清楚な印象の装いのこれは、アンジェラが「絶対にこれがいい!」と見立ててくれたもの。


 彼女の美的センスのおかげで、たぐい稀なる美貌をもつルルーティカ王女殿下が誕生した。


(イブニングドレスや髪飾り、化粧品まで、けっこうな額を課金したけど、やった甲斐があったわね)


 儚くも美しいこれは、ジュリオ第四王子が主宰する晩餐会のための戦闘服である。


 ジュリオと主席枢機卿のマキャベルは、ルルの評判を落とそうと、さまざまな嫌がらせを仕掛けてくるだろう。彼らの仕打ちに迎合して、それまでは無関心だった連中も、いっしょになってイジメてくることも考えられる。


 一度、舐められたら終わりなのだ。そうならないように、ルルは、美しく清らかで、不用意に触れてはならない『聖女』らしい装いで臨むことにしたのである。


「んじゃ、自分も着替えてくる」


 ルルの支度を終えたアンジェラが退室すると、入れ替わりにノアが入って来た。


「借りた客車の支度がととのいました。聖騎士団に所属している一角獣ユニコーンに引かせる二頭立てです。雇い入れた騎士には、黒い騎士団服を配布して、ルルーティカ様に忠誠を誓っているように見せかけること、異常があればすぐに私に報せる流れを確認させました。ヴォーヴナルグ団長が選んだ騎士だけあって、有能な団員ばかりです」


 ノアは、この日のために揃えた『ルルーティカ最愛騎士団(仮)』のとりまとめ役だ。黒い騎士服に剣をさしている彼は、ドキリとするほど凜々しい。


 直視できなくて視線を外していると、ふいに顔を覗きこまれた。


「ルルーティカ様、どうされました?」

「~~~なんでもないっ」

「何でもないようには見えないですが……」

「かっ、考えていたの! 他に課金する当てはないかしらって!!」


 気持ちを知られたくなくて誤魔化すと、ノアは「目的と手段が入れ替わっています」と指摘してきた。


「装備も装飾も十二分にととのっていますから、課金先を探す必要はありません」

「そうかしら?」


 ルルは鏡を見た。アンジェラが張り切って支度してくれたので、綺麗にドレスアップされている。

 だが、どんなに粧っても中身はルルだ。


 巣ごもりに特化して成長したため、いつボロが出るとも知れない。敵軍に突撃するためには、もっと効果的な武器がほしい。


(たとえば、何があっても曲がらない背筋とか、王族らしい神々しさとか……)


 無い物ねだりをはじめたルルは、ピンとひらめいた。


「ねえ、ノア。わたしに、また魔力を分けてくれない?」


 聖堂に押し入って、ジュリオの演説を中断させたときのように、金貨一枚分のキラキラをまとえば、少なくとも神々しくは見えるはずだ。


 金貨を一枚つまんで差し出すと、ノアは珍しく首を横に振った。


「魔力をまとわなくとも、ルルーティカ様は美しく清らかです。周囲は、この方こそ聖王になるべきだと気づくでしょう」

「そう思ってくれるのはノアだけだわ。今夜の晩餐会では、嫌でもジュリオと比べられるんだから、万全の状態で行きたいの。一枚で足りないなら、二枚でも三枚でも、十枚でも渡すわ」


 ルルは、袋から次々と金貨を取り出していく。


「ノアはアンジェラと違って、お給金はいらないって言うんだもの。いつもお世話になっている分もいっしょに――」

「ルルーティカ様」


 ルルの唇に、ノアの指が当てられた。子どもを静かにさせるときのように優しい手つきだが、表情は少し険しい。


「魔力を貸すだけなら一枚で十分です。ですが、誰かから魔力を供給するというのは自然に反します。本来ならばやってはならないことなんですよ。それに、」


 そういってルルの指先から、金貨を一枚だけ引き抜いたノアは、当てていた指で唇をなぞった。


「あまり叶えすぎると、もっとあなたを欲しくなってしまうので……」

「わたしが?」


 ルルがきょとんとすると、ノアは、はっと我に返った。


「……いいえ。忘れてください」


 ひざまずいてルルの手にキスを落とす。ノアから流れ込む魔力が、ルルの体のすみずみまで行き渡ると、不安が自信へと塗り替えられるような気がした。

 支度を終えたアンジェラがやってくると、ノアは立ち上がってルルの手をとった。


「それでは、参りましょう。晩餐会へ」

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