17 過保護は騎士のたしなみです
教会への慈善訪問を皮切りに、ルルはカントの市場や博物館など、さまざまな場所にいって『ご立派なルルーティカ王女殿下』の姿を見せて歩いた。
行く先々にあの記者が待ちかまえていて、魔晶石のライトで連写する。場数を踏んでいるので、カメラに微笑むのもすっかり慣れたものだ。
「……ふふふ、上手くいったようね……」
自分の写真が掲載された新聞を読んでいたルルは、まるで悪役のようにニヤリと笑った。毛玉になっているので、卑しい表情は誰に見咎められることもない。
「思惑通りですね」
デスクについたノアは、ルルがのった記事だけを、ハサミでチョキチョキと切り出している。
「記者の尽力により、ルルーティカ様が無能な引きこもりではないと証明できました。国民の人気もあがってきているようです。課金してよかったですね」
実は記者はルルの仕込みである。
金貨を渡す代わりに、行く先々で取材をして、新聞に載せてくれと頼んだのだ。
相手からすると、わざわざ情報を集めなくても王女の訪問先が分かって大助かりなので、Win-Winの関係を築くことができた。
「ジュリオとわたし、どちらが聖王にふさわしいか決めかねるぐらい……支持率五分五分くらいで拮抗したいわ。その方が時間は稼げるでしょう。お兄様の行方については、いまだに手がかりをつかめていないし」
慈善訪問にかこつけて、あちらこちらの人々に兄イシュタッドが行きそうな場所を訪ね歩いているのだが、状況はかんばしくない。
活動的な人だったので、誰しもが旅行先で事故にあったと思っている。
山に遊びにいくと言っていた、とか、海沿いの教会に用があると言っていた、とか、珍しい食べ物を求めて外国に行きたいと言っていた、とか。得られる情報を統合しても、結局どこに行きたかったのか分からない。
(順調にはいかないものね)
毛布の間から、にゅっと頭だけ出したルルは、デスクに積み重なった切り抜きに目を丸くした。
「そんなに切って、どうするの?」
「アルバムに貼り付けて保管しておきます」
「する必要ある?」
「捨てろとおっしゃるんですか? ルルーティカ様がのっているのに??」
ノアは、わけが分からないと言いたげに、小首を傾げた。
彼にしてみたら、ルルにかかわる物には全て価値があるのだろう。河原で拾い集めた小石を宝物のように思う子どもみたいだ。
(わたしを崇拝する気持ちは以前と変わらないのね)
教会裏の一角獣の飛来地で、失ったと思っていた魔力が発露したときは、嘘つき呼ばわりされると思った。
しかし、ノアは特に問い詰めることもなく、普段通りに接してくれている。
アンジェラの方は、「ルルーティカ、お前すげえな!」と大興奮して、より一層尽くしてくれるようになった。ルルを王女らしく見せようとヘアアレンジを勉強したり、騎士としての立ち居振る舞いを積極的に学んだり、毎日忙しそうにしている。
「そろそろお茶の時間ですね。ユニコケーキを買ってありますから、お付けしましょう。準備してきます」
記事を貼り終えたノアは、アルバムを閉じて部屋を出て行った。料理はアンジェラが担当しているが、紅茶は彼が淹れるので、お湯を沸かすためキッチンへと向かう。
一人残されたルルは、ふと思う。
そういえばノアにも変化はあったのだった。
たとえば、お茶の時間――。
「あの……ノア?」
「なんでしょう、ルルーティカ様」
三人掛けのカウチソファにのっかったルルは、ノアの腕のなかにいた。彼は、手を伸ばして器用にケーキをすくうと、胸にのせた子猫に餌をあげるように、ルルの口元に運ぶ。
「どうぞ、お召し上がりください」
「えっと……ありがとう」
一口分をパクリと口に入れる。ケーキの美味しさにほっぺを抱えるルルを、ノアは幸せそうに見つめている。これが二人にとっては毎日のこと。
また、お昼寝するために安心できる場所を探し歩いているとき――。
博士の部屋に入ると、書棚のそばで革張りの本をひらいていたノアが顔を上げた。彼は、片手に本をもったままベッドに腰かけて、自分の太ももをとんとんと叩く。
「ルルーティカ様、どうぞこちらへ」
「うんと……ありがとう?」
ノアの膝に頭をあずけて、毛布にくるまって丸くなると、ノアは赤ちゃんを寝かしつけるように背をポンポン叩いてくれる。
膝枕にドキドキが止まらないルルは、なかなか寝付けずに本を読むノアを見上げる。王子様みたいに美しい横顔を見ているうちに、いつの間にか眠りに落ちるのだ。
他には、食堂へ向かうとき――。
「階段で転ぶとあぶないので、私がお運びしましょう」
「そう……ありがとう??」
丈の長いネグリジェを踏んづけて転ぶことがあるので、心配してくれているのだろう。ルルは、ノアに横抱きにされて食堂へ運ばれ、決まった席に座らされる。
ちなみに、食べ終わったあとの移動もノアの手を借りる。
極めつけは、就寝する直前――。
「ルルーティカ様、今日はこちらの本をどうぞ」
アンジェラの手を借りて髪をまとめ、寝る準備を終えたルルを、ノアはベッドへ導いた。彼と二人で横たわっても邪魔にならない絶妙な位置に、本や手紙や金貨を入れた袋が配置されている。
「今晩の本は、王位継承についての歴史書と、
「わかったわ……ありがとう???」
いつもの流れで、ルルはノアに背中を預けて横たわる。
ノアの腕がお腹にからんで安心する。眠くなるまで本を読むのが日課なので、ノアが選んでくれた二冊のうち、歴史書に手を伸ばすと。
「ちょっと待ったーー!」
ルルとノアの行動を見守っていたアンジェラが、堪えきれずに声をあげた。
「いくら何でも過保護すぎるだろ! お前らが自然すぎて、騙されるところだった!!」
「おかしいって、なにが?」
目を瞬かせるルルに、アンジェラは大声で詰め寄る。
「ふつうの騎士は、主人にケーキを『あーん』しないし、昼寝のあいだも付きっきりで膝枕いないし、お姫様だっこで移動させないし、良い本を渡してどさくさまぎれに添い寝したりしねえんだよ!!」
考えてみれば、ノアはちょっとだけ過保護な気もする。
ルルが「無理してお世話してない?」と尋ねると、ノアは真剣な顔で「当たり前のことをしているだけです」と答えた。
「次の聖王になられる方を、大事に扱っているだけですよ」
「これが当たり前だそうよ、アンジェラ。わたしを思いやってくれてありがとう、ノア」
「感謝すな! 洗脳されてるぞ、ルルーティカ!!」
アンジェラは、ルルをノアから離すと毛虫のようにしっしと追った。
「このままじゃ、王女らしい振る舞いもできなくなっちまう。もうすぐ晩餐会もあるっていうのに、巣ごもりが生きがいの変人だって、ボロが出たらどうするんだよ!」
「晩餐会?」
「王城に、ジュリオから王女宛ての手紙がきたって、ヴォーヴナルグが持ってきてたぜ」
アンジェラは、届いた招待状を差し出した。
「国内の有力者を集めてパーティーするんだと。あのクズ王子のことだから、味方の枢機卿やらなにやら大勢集めて、いっせいに『ルルーティカ王女はダメ』ムーブするかもしれない。かといって、辞退したら逃げたって笑われるだろ。ノワールに甘えてばっかいないで、王女らしい王女に見せかける方法を考えろよ」
「味方がいないパーティーでも、見劣りしない王女になる方法……」
一考したルルは、袋からこぼれ落ちていた金貨をつまみ、キラリと瞳を光らせた。
「大丈夫。わたしには『課金』という奥の手があるんだから!」
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