11 二人暮らしはトキメキの連続です

「これが、ノアの言っていた強い魔晶石……」


 キルケシュタイン邸の食堂室の中央。見上げるくらい大きなガラスケースに入れられているのは、根元から折れた一角獣ユニコーンの角だ。


 色は黒っぽく、黒瑪瑙くろめのうの原石のように白い結晶がマーブル模様を描いている。

 形も特徴的で、キルケゴールのように額からまっすぐ伸びる角とは異なり、ゴツゴツした渦巻き状だ。羊の角にも似ている。


「悪寒を感じるのは力が強いせいかしら……」

「その角が、一角獣のものではないからです」


 腕をさするルルに、食堂室に入ってきたノアが声をかけた。手にかかえた銀盆には、湯気の立つティーカップが二つのせられている。


「それは『一角獣の王』と言われている二角獣バイコーンの角です。聖なる気を宿した一角獣とは対照的に、邪な気を宿しています。キルケシュタイン博士は、実地調査のさいちゅうに遭遇して、片方の角を折って屋敷に持ち帰ったそうです」


 博士にとって、よほど自慢の品だったのか、食堂室のテーブルはガラスケースを囲むように配置されている。


 窓を背にして座ったルルのまえに、ノアはカップを置いた。

 もったりした生クリームに、水色や桃色、黄色の星型シュガーをたっぷり振った、苺のカップケーキもいっしょに。


「どうぞ、カントで流行っているお菓子です。苺を一角獣の角に見立ててデコレーションしていることから、『ユニコケーキ』と呼ばれています」

「うわぁ、かわいい」


 一口食べると、ふわふわのスポンジとクリームの甘みにほっぺたが落ちそうになった。自然とティーカップに手が伸びる。

 カップは先日の買い出しで新調したものだ。ハンドルが羽根の形になっている。

 温かな紅茶を飲みこむと、ルルの心の深いところから溜め息がもれた。


「おいしい……」

「お気に召してよかったです」


 ノアも座って紅茶をのんだ。ケーキはルルにだけ用意したらしく、お茶請けになりそうなものはない。

 彼が口を付けるカップは、羽根ハンドルのお揃いのものだ。ルルの方にはピンク色のラインが、ノアの方にはブルーのラインが入っている。


 平然と使っているから、ノアは何も感じていないのだろうけど。


(お揃いのものを使っていると、お互いに『特別な人』だって言い合っているみたい)


 意識すると、たちまちルルは恥ずかしくなった。

 ノアとは事情があっていっしょにいるだけ。

 恋人でもないのにお揃いの食器だなんて、ちょっとやりすぎたかもしれない。

 

 カップを置いて身もだえしていると、ノアが立ち上がった。近づいてきた彼に、ルルは目を瞬かせる。


「なあに?」

「じっとしていてください」


 ノアはルルの肩に手を置くと、顔を覗きこむように上体を傾けて、そのまま――頬にキスをした。

 ルルは驚きのあまり、椅子から転げ落ちそうになる。


「なっ、ななっ、なにをするの!」

「頬にクリームがついていました」


 ノアは「甘い……」と言って唇をなめた。

 扇情的な行動に、ルルの頭は爆発寸前だ。


(キスしなくても拭いてくれればいいのに! いいえ、そもそも頬が汚れていると言ってくれれば、自分で拭けたのに!)


 責める言葉はいくつも浮かぶけれど声にならない。

 陸に上がった魚のように口をパクパクさせていると、「食べさせてほしいんですか?」とフォークをかすめ取られた。


「どうぞ、ルルーティカ様」


 一口分のケーキをのせたフォークを差し出すノアは、心なしか楽しそうだ。

 別にこういうサービスは求めてないんだから! と思いつつ、ルルは口を開けた。

 きっと顔は真っ赤だろう。慈しむようなノアの視線のせいだ。


(悪いのはノアよ。クールぶって見えるのに、こういうことを恥ずかしげもなくするんだから!)


 パクッとケーキを口に入れると、不満はパッと消えてしまった。


 ノアの手で食べさせてもらったケーキは、一口目より甘かった。

 お砂糖の甘み以上に、胸がきゅんと鳴るような甘さだった。


「――ちっくしょう、あのゴロツキどもめ!」


 乱暴な足どりで食堂室に入ってきたのはアンジェラだ。苛立った様子で、リンゴやバゲットの入った紙袋をテーブルにドンと置く。


「市場で買いだししている間中、あたしのことを尾行してきやがった。金で雇われて、ルルーティカの居場所を探してるんだ。ここはオンボロ屋敷に見えるとはいえ、ねぐらがバレちゃ困るからまいてきたけど――――って、なにしてんだ、お前ら」


 アンジェラは、ノアにケーキを食べさせてもらっているルルを見て、盛大に顔をしかめた。


「一才、二才の子どもじゃあるまいし、菓子ぐらい自分で食べられるだろ。そんなことしてると、ルルーティカが一人じゃ何にもできなくなっちまうだろうが」

「それに何の問題が?」


 ノアは、コテンとクビを傾げた。


「ルルーティカ様は息をしていてくださるだけで十分です。お世話する私がいなければ、生存もあやういくらいに頼っていただくのが本望です」

「マジかよ。なんだそのただれた関係……。ルルーティカ、こいつヤバいぞ。さっさと逃げるか、別のやつを雇った方がいい」

「ルルーティカ様、彼女の言葉を真に受けないでください。アンジェラ、この機会にはっきりさせておくが――」


 しきりに勧めるアンジェラを、ノアが腕を組んでたしなめた。


「――ルルーティカ様に信頼されているのは私の方だ。ルルーティカ様と話すときは私を通すこと。私の方が先にルルーティカ様の騎士になったし、金貨だってすでに二回もいただいているのだから」


 ノアが言っているのは、ルルがきまぐれにあげた金貨のことだ。

 毛布に紛れ込んでいたのを興味深そうに見ていたので一枚。もう一枚は、魔力を貸してもらうための対価だった。


 だから、あなたを信頼していますって証ではないんだけど……。頑ななノアには、話しても通じない気がする。


 まだノアの性格をよく知らないアンジェラは、不服そうに反論した。


「はぁ? 回数関係あんのかよ」

「ある。金貨は愛すらも買えるのだから、二回いただいた私の方が、ルルーティカ様に乞われている」

「んじゃ、三週間たてば、あたしの方が上になるな。一週間につき、金貨三枚の契約だし」

「…………………………」

「睨むなよ。くやしかったら、お前もそんくらいもらえば? そんじゃ、あたしは給料分の仕事にとりかかるんでー」

 

 嫌な雰囲気で会話が終わってしまった。

 ルルがビクビクしながらノアを伺うと、紙袋をもって厨房に向かうアンジェラに、無言のまま眼力を飛ばしていたのだった。

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