下宿先の娘さんな恋人と元旦から稲作ゲームをしている件

久野真一

第1話 元旦からゲームデートをしている俺たち

「あ、太一先輩。それ、塩使い過ぎですってば」

「いやいや、これくらいが適正な量だってば」


 時は1月1日。元旦。


 俺、天王寺太一てんのうじたいちと彼女、藤原穂乃果ふじわらほのかは元旦からゲームをしていた。昨年冬に発売されたゲーム『天穂てんすいのサクヤヒメ』を一緒にプレイ中なのだ。


 『天穂のサクヤヒメ』は稲作を売りにした世にも珍しいゲームだ。「公式攻略サイトは農林水産省」と言われるくらい稲作描写が詳細な事でも有名になった。ゲーム好きの俺たちとしてはやらない手はないということで、こうして同じ画面を見つつ、二人でやいのやいの言い合っている。


 そんな俺と穂乃果の仲だが、昨年10月までは、店子と下宿先の娘さんの関係であり、小学校の頃からの付き合いの幼馴染であり、先輩と後輩の仲でもあった。が、色々あって、今は恋人同士でもある。


「ほらー。塩害が発生したじゃないですか」


 だから言わんこっちゃないと言わんばかりの穂乃果。

 リアル農業のめんどくさい面も反映させたというのが売りだけあって、肥料の調整を間違うと今のように塩害が発生したりする。


「悪い悪い。穂乃果の言う通りだった」


 自信満々だっただけに、少しバツが悪い。


「ほんと、太一先輩は仕方ないんですから」


 そんな事を言いつつも、穂乃果の横顔はどこか幸せそうだった。


「仕方ないと言いつつも、顔が笑ってるんだが?」


 からかう意味も込めて言ってみる。


「太一先輩、わかってて言ってません?」

「いやあ、どうだろう」

「変なところで意地悪なんですから」


 ぷいっと機嫌を損ねた振りをする彼女も可愛らしい。


「で、なんで笑ってるのか聞いてもいいか?」

「言わないといけませんか?」

「出来れば」

「もう。新年から先輩と一緒に居られるからに決まってます!」


 その言葉を聞いた瞬間、とてつもない多幸感が胸に満ちていく。


「ああ。俺も穂乃果と一緒に居られて嬉しいぞ?」

「も、もう。そういう言葉、全然遠慮しなくなりましたよね」

「可愛い彼女と居られる幸せを噛みしめるのに遠慮しなくてもいいだろ?」

「それはそうですけど……ちょっと恥ずかしいですよ」


 頬を染めつつの穂乃果は可愛らしい。

 俺たちは、恋人としてはまだまだ初心者マークだ。

 穂乃果はまだまだ好意を率直に出すのを少し恥ずかしがるところがある。

 俺に告白されるまで好意を自覚してなかったらしいので無理もない。


「よし、次は洞窟を攻略しよう」


 『天穂のサクヤヒメ』は稲作とアクションRPG要素を合体させたという面でも珍しいゲームで、収穫の結果がプレイヤーの強さにそのまま反映される。


「その前に、ヒロインとの仲を深めましょうよー」


 RPGパートを進めようとすると穂乃果が異論を出す。


 サクヤヒメでは、村娘たちと交流したり、贈り物をしたりすることで親しい仲になることが可能で、結婚をしたり子どもを作ったりも出来る。


「まあいいか。で、やっぱり歩乃華ほのか推しか?」

「そりゃーもう」


 歩乃華は、村に住む主人公を慕う、年下の娘だ。主人公を「先輩、先輩」と慕ってくれる元気な後輩系キャラで、プレイヤーの中でも人気嫁キャラだ。


「俺は愛梨あいり推しなんだけどな」


 愛梨は、同じく年下の後輩キャラだけど、プレゼントを図々しく要求して来たり、気がつくと主人公の家に入り浸って、一緒にご飯を食べていたりする、ちょっと変わったキャラだ。それがいいというプレイヤーもいれば、ちょっとゲテモノだろという人もいる。


「愛梨は悪くないですけど、ちょっと図々しくないですか?」

「小学校の頃、俺んちを占拠してた誰かさんを思い出すんだよ」


 ちょっと当てつけにそんな事を言ってみる。ゲーム好きな穂乃果は、一時期、ゲーム中毒と呼べる程だった。そのせいで、お袋さんであり俺を下宿させてくれている由佳ゆかさんから「ゲームは1日1時間まで」と某うどん県のような制限を課せられた結果、ゲームを大量に保有していた俺の家に目をつけたという過去がある。


「その頃の事は、反省したって言ったじゃないですか?」


 なんで今更その事を持ち出すんだと、不満げな穂乃果だ。


「いやいや、今でもいい思い出だって。なんせ、人の家でラスボスクリアして行ったゲーム友達なんか、穂乃果くらいだったからな」


 からかいつつ、小学校の頃を回想する。毎日のように、今は東京に引っ越した我が家を訪れては、ゲームをしまくっていた穂乃果だが、とりわけRPGには熱中していた。自分のプレイデータを作成して、総プレイ時間50時間のRPGを悠々とクリアしていった程だ。


「もう。そんな意地悪をする先輩はキライです」

「キライになられると困るなあ。俺は好きなんだから」

「も、もう。そうやっておだてて機嫌取ろうとしても遅いですよ?」

 

 と言いつつも、早くも機嫌が回復している。ちょろいちょろい。

 なんて、恋人同士のやり取りを楽しんでいると、ふと、部屋の外から声が。


「穂乃果ー。太一君ー。ご飯よー」


 下宿先の大家さんでもある由佳さんの声だった。

 あ、ご飯のこと忘れてたな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る