第5話 

 何故そこまで他人を思いやる気持ちが持てるのだろうか。人は脆く弱い。いつだって病気や怪我で命は途絶える。水や食べ物が無ければ痩せ細り、生きていくだけの寿命も短い。

 自分の命だけを考えておればよいのに、誰かのことを思って泣き、笑い、悲しみ、喜び、祈る。


 どうしても、あの親子の眼差しが忘れられない。お互いを慈しみ、愛おしみ、何物にも代えがたい対象として、大事にする気持ちを込めた微笑みをもう一度みたい。


 私もそんな風に見つめられたいと強く強く思ってしまった。そんな気持ちを持つようになるとは…。私も人に感化されてしまったのだろうか。

 さぁ、この森は、村人がこれからも守ってくれるだろう。私は、誰かに呼ばれているような気もする。



ハアアアアアアアアー



 森の意識ともいうべき存在が、龍の形に変わっていく。そして、大きな口から赤くて丸い石を吐き出した。そして、黒い影に向かって命令をした。


『ここに入れ』


赤くて丸い石の中に黒い影が吸い込まれていく。


『この森の穢れは、もうお前だけだ。森を村人に渡すならば、お前は不要…。石の中で浄化を待て。』


赤くて丸い石にほんの少し黒い影がゆらゆら揺れている。その石をしっかりと掴んだ龍が、大空を舞う。


『少し北へ参るか。もう少し大きな山が良いだろう…』


独り言を言いながら、優雅な羽ばたきを見せた龍は、すぅーと姿を透明にさせていく。陽炎のようなもう目には見えない龍は大空をどこかへ飛んで行ってしまった。


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る