第5話 スキル【身代】

「きゃっっ!!」


 突然茂みから飛び出してきた小さな何かが、ソフィア目掛けて突進してきた。咄嗟に手で遮ろうとしたが、勢いよく迫るそれは、その勢いそのままにソフィアの手を貫いた。


 己の手のひらから飛びてだソレを見てソフィアは背筋が凍る思いをする。一気に血の気が引いてしまい、足に力が入らなくなり後ろへと倒れ込んでしまう。


 そのまま地面にぶつかる___思うソフィアであったが、実際にはそうはならなかった。ソフィアの背中は温かい何かに優しく受け止められた。


「おっと。大丈夫かソフィア?」


「え、あ、 あ……」


「いきなりで少しビックリしちまったみたいだな。こいつは角ウサギっていって自分の縄張りに侵入してきた敵に対して威嚇しながら突っ込んで来るんだ。」


 ソフィアを受け止めた腕とは反対側の手で、角ウサギの角を握って逃げないように捕まえている。


 青い顔をしているソフィアに、キースはゆっくりと優しく話しかけていく。


「普段はこの辺りにはあまり姿を見せないんだが……。縄張りでも変わったか?まっ、何にしても。_実はこいつ、結構美味いんだぜ? 今日はウサギ鍋だ!」


 屈託ない笑顔でそう語るキースを前に、ソフィアは少しずつ落ち着きを取り戻していく。手を胸の前に持ってきて深呼吸をした時、ある異変に気がついた。


「……えっ?」


 先程角ウサギによって貫かれたはずの手が、傷一つ無い状態になっている。瞬きをしながらも、何度確認して見ても、そこに貫かれた形跡は見当たらなかった。


「どういう……こと……?」


 あれは幻___いや、そんなはずはない。確かにあの時貫かれたはずた。

 未だ状況が掴めず、困惑しているソフィアであったが、ふとある出来事に気がつく。


 角ウサギを捕まえているキース。その彼の手から血が流れ出ていることに。その血はある場所から流れていた。その場所は、先程ソフィアが角ウサギから受けた傷の場所とまったく同じところであった。


「……キース…さん… 手が……。」


「ん、ああ、 こんなもんツバつけとけば治っちまうよ。」


 そんなはずはない。かすり傷と言うには傷が深すぎる。


「うおっ!!?」


 ソフィアはキースの腕を強引に引っ張り自分の胸の前へと引き寄せる。あまりの出来事にキースは思わず掴んでいた角ウサギを離してしまう。放たれた角ウサギはそのまま勢いよく森の中へと消えていってしまった。


「ああぁ……。お肉が逃げちまった……。」


 落胆するキースをよそにソフィアは顔を曇らせ悲しい表情をみせる。


「こんなに血が出て……。キースさん、少し我慢して下さい。」


 ソフィアは鞄の中から治療道具を取り出し、素早い手つきで、それでいてとても丁寧に治療を行っていく。その処置はとても的確で長年冒険者をしているキースをして唸らせるものであった。


 処置をしばらくの間は、お互い無言でいたが、ある程度治療が終わり包帯を巻いていく段階で、ソフィアが静かに言葉を口にする。


「___話してくれますか?」


 ゆっくりと包帯を巻いているソフィアを前にし、キースは観念したように言葉を発していく。


「えっと、まぁ、あれだ。 これは俺のスキルのせいだな。」


「……スキル?」


「ああ。スキル【身代】みがわり。対象の負傷を己が身に移す能力さ。傷の大小に関わらずね。」


 身代り___その言葉にソフィアは納得する。この手の傷は自分が角ウサギから受けたもと全く同じ位置にある。キースの言う通り自分の手からキースへと移したのだろう。


「……なんで」


 ソフィアな小さな声で、つぶやくように言葉をもらす。


「なんで身代りになったんですか……?」


「なんでって……」


 キースは困ったような顔をしている。


「目の前で傷を負った人がいたら、助けようとするのが普通だろ。特にソフィアは女性なんだ。助ける手立てがあるのにそれをせずそれを見捨てるのは男としてどうかと思うぞ?」


 さも当然と言わんばかりにキースは言ってのける。


「まっ、俺に出来るのはコレぐらいだしな。だからこそ、己の出来ることをしたまでだ。万年落ちこぼれ冒険者だけど、一緒にいる間は君を傷つけさせたりはしないさ。」


 人を助ける。言うのは簡単だ。だが実際それを行動に移すのはそう簡単じゃない。それも自身が傷ついてまで行おうとするなど、躊躇してしまうのが普通だ。実際ソフィアも、もし自分が出来るかと言われたら、すぐ肯くことは出来ないだろう。


 ソフィアは目の前にいるキースに視線を向ける。キースの顔には頬に大きな傷跡がある。そしてそれは顔だけではなく、首や腕など、露出している肌の至る所に大小様々な傷跡が見て取れた。___おそらく服の見えない場所にも同じような傷が幾つもあるのだろう。これらの傷もきっと……。


「おおぉーー。上手なもんだなっ! もう全然痛くないぞ。」


 治療が終わり、包帯が巻かれている手を目の前にして、キースが大げさに驚いてみせる。いや、実際キースからしたらその見事な治療に心底驚いていたのだが、ソフィアにしてみたらなんだか無駄に気を使わせているように思え、いたたまれない気持ちになってしまう。


 自分とは明らかに違う、キースという人間を前に、ソフィアは自分が矮小な人間に思えてならなかった。


「さすが薬剤に精通しているだけはあるな。助かったよ、ありがとうソフィア。」


 屈託ない笑顔を向けられ、ソフィアはただ俯くことしか出来ないのであった。









――――――――――――――――――――










「それで……これはいったいどういう事ですか?」


 薬草採取を終え、冒険者組合へと戻ってきたキースは険しい表情のナタリーに詰め寄られていた。


「ど、どういう事って…?」


「んっ」


 顎をクイッと動かしその先を示す。そこには、常設された椅子に俯くようにして座っているソフィアの姿があった。


「な・ん・で ソフィアさんあんなに落ち込んでいるですかね?」


 まるでゴロツキのように迫りくるナタリーに、キースは戸惑いながらも説明をしていく。


「いや、俺にもよく分からないんだよ。帰りがけも終始あんな様子だし、どう接していいのか……。」


「なにかしら原因になる事でもあったんじゃないんですか?じゃなきゃいきなりああはならないでしょ。」


「原因って言いってもなぁ。」


 キースは困り果てた様子で、そして先の出来事を話していく。


「採取の途中、角ウサギに出くわしたんだけど。いきなり飛び出してきたソイツに彼女驚いちまったみたいでな。もしかしたらそれをずっと引きずっているのかもしれない。」


「角ウサギ?」


 ナタリーは眉をひそめる。薬草採取にキースがソフィアを伴って森の中を案内した。今回持ち込まれた薬草類を見るに、恐らくキースが栽培したあの場所に連れて行ったのであろう。であるならば、角ウサギが出るのは少々奇妙だ。あの場所は角ウサギの生息場所ではない。角ウサギの縄張りはもっと森の奥のはず。


 妙な違和感を覚えるナタリーではあるが、今考えることではないと気持ちを切り替える。


「まったく……何やってるんですか。長年冒険者やってるのに彼女を危ない目にあわせるなんて。そのあげくウサギ程度に怪我までして。そんなんだからいつまでたっても低級冒険者なんですよ。」


「ははは…… はぁ。 面目ない。」


 あからさまにため息をつくナタリーに、これにはキースも乾いた笑いを出すしか出来なかった。





 キースから薬草を受け取り、査定した金額を渡した後、ナタリーは受付の席を立つとその足でソフィアの元へと近づいていく。


 顔を伏せていたソフィアは、ふと自分に近寄る気配を感じその顔を上げる。


「……ナタリーさん。」


「薬草採取お疲れ様です。ソフィアさん、この後なんですが、お時間って空いてますか?」


「……え?」




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