第3話 夕焼け

「ねね、サエさ最近好きな人できたでしょ」

友達と弁当を食べているときに急に話を振られ、思わずむせてしまった。

「え、なんで?」

「だってさ、最近空ばっか見てんじゃん!恋煩いとしか思えんもん!」

「え、まじか」

そう言って卵焼きを口に運ぶ。

「わぁ〜まさか、あのサエさんがねぇ……」

「ほんとほんと〜!」

「いや、違うって!」

友達たちは私の言葉には耳もくれず、私の恋愛経験談で盛り上がり始めてしまった。

はぁ。私はわざとらしくため息を付いて、彼女たちの話に加わった。


その放課後。

友達に冷やかされながらも彼女たちと別れ、人にばれないように階段を登っていく。

屋上につながるドアを開けると、イーゼルの上に描きかけのキャンバスがおいてあるだけで、彼の姿はなかった。

あれ、どこいったんだろう。

キョロキョロと探していると、上から彼の楽しげな声が聞こえた。

「ルーナちゃーん!ここだよ〜!」

声のする方を見ると、彼が階段に続くドアの屋根の上で仰向けに寝転がって手を振っていた。

「おいでよ〜」

彼は屋根の端から手と頭をだらりと投げ出して私を見ている。

「危ないよ、気をつけてね」

私は彼のもとに走っていき、重力によって露わになったおでこにデコピンをする。

「いったぁ……!」

彼はおでこを押さえながらあぐらをかく。

「もう、ルナちゃん!」

そう言いながらも笑っている彼の顔を見ると、そんなに怒ってはいないようだ。

「ほら、早くおいで」

彼が梯子の上から手を差し出してくる。

私は気恥ずかしくて、彼の手を借りずに登りきった。

「空が近いでしょ〜!」

彼は勢いよく立つと空に手を伸ばした。

「そうだねぇ〜」

私も立ったままで上を見上げる。

白い機体の飛行機が爽やかな青色に一本の線を引いていく。

「はぁ〜!いいねぇ」

彼はすぐさま梯子を駆け下りて、スケッチブックを取り出した。

前とは違い、ザザーッとすごいスピードで描きあげていく。

「ここは……」

う〜んとうなりながら顎に手を当てて考えている彼の視界に、私はもう映ってはいないだろう。

私はごろんと屋根に横になった。

うつ伏せになって彼の様子を眺める。

ほんとに楽しそうに絵を描くなぁ。

彼の口は絵を描き始めてから微笑みが絶えない。

見ているこっちまで絵を描きたくなってくる。

まぁ、うまく描けなくて諦めてしまうだろうけど。

くるくる回りながらスケッチブックに描き進めていく彼を見ながら、私も思わず笑顔が漏れる。

「できたー!!」

彼はぐっと両手を空に伸ばして、ばたっと倒れてしまった。

「ルナちゃん、見てみて〜!」

彼は私の方にスケッチブックを向けてきた。

私は梯子をゆっくり降りて彼の隣りに座る。

スケッチブックには、さっき見た景色がそのまま閉じ込められていた。

「すごい……雲くんにカメラは必要ないね」

「いや?やっぱ文明にはかなわないよ……」

そう言って、空を見上げたまま黙ってしまった。

あ、やらかしたな……。

彼の寂しそうな横顔を見て、とても後悔した。

「あ、ごめんね?そんな深い意味はないんだけど!」

彼はそう言って立ち上がった。

「よし!今日は作品できたし、早めに帰ろっか、一緒に帰ろ!」

彼はにこっと笑って私に手を差し伸べる。

今度はその手をちゃんと掴んだ。

「ありがと」

そう言うと、彼はふふっと笑った。

「どういたしまして」

執事のようなわざとらしい仕草で応じた彼はとても楽しそうで、私も一緒になって笑った。

きれいな夕日が、私達を優しく包んでいた。


オレンジに染まった通学路を、二人並んで帰る。

なんか不思議な感じだ。

「あ、あそこのコロッケ屋さん美味しいんだよ〜」

「え、そうなの?」

「奢ったげる!!ほーら、行こ!」

「え、いいよ、自分で買う!」

そう言いながら、走り出す彼に慌ててついていく。

「コロッケ3つください〜」

「はいよ〜」

店員のおばさんが器用に一つずつ袋に入れてくれる。

すごくいい手際だ。

「はい、やけどしないようにね〜」

「わー、ありがとうございます〜!!」

はい!と彼から一つ渡されたコロッケは本当に熱そうで、湯気がふわっと立っている。

「いいのに。」

一度断ってみたものの、この香りには勝てなかった。

「……ありがと。」

「僕は2つ〜!!」

近くの公園の柵に腰掛け、二人でがぶりときつね色のコロッケにかぶりつく。

「「あっつ!!」」

変な所でハモってしまい、思わず二人で吹き出す。

「くく、ほんと、ルナちゃんと居ると楽しいな〜」

彼はコロッケを頬張りながらそう言って、にこにこ笑っている。

「く〜っ、ほんとおいし〜!!」

「ほんとに。教えてくれてありがとね」

「ふふ、喜んでもらえてよかった!」

彼は足をブラブラさせながら、2つ目を頬張った。


「はぁ〜美味しかったね!」

「うん、あ、値段いくらだった?払うよ」

「いーのいーの!君になにかお返ししたくてね」

そう言われたものの、彼になにかした覚えはまったくない。

「私、何もしてないよ?」

「ううん、してるよ。君が気づいてないだけで」

よっと。彼は勢いをつけて柵から飛び降りる。

「お、新記録〜!」

彼は足を動かさないように私の方を見て、ピースを掲げた。

「何メートルくらい?2メートルいったんじゃない?」

「そうかも、ねっ」

私も便乗して柵から飛び降りてみる。

「あ〜、ルナさん、まだまだですなぁ」

彼より50センチほど手前で降りた私に、彼は自慢げに鼻を鳴らした。

「今度コツ教えてあげる!」

彼はくるりと私のほうを向いて、急に真剣な顔を向けた。

「だからさ、また来よう?」

彼の普段と違った雰囲気に、私は自分とは思えないほど食い気味でうなずいた。

「来よう、また一緒に」

「ふふ、そうだね」

彼の時々覗く儚げな表情の理由が、次来るまでに知れるといいな。

私はそんなことを思いながら、彼の隣へと急いだ。

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