第46話 手塩にかけたい

 志成に諭され、結局私は東京に戻ることを決めた。


 荷物はそのまま随行し、夕方には自宅に到着出来た。

 志成はさすがに仕事があるので、私の実家に挨拶した後、そそくさとヘリコプターで移動した。どうやら次は海外に移動らしい。

 そんな用事があったのに私の実家に来るなんて、どんだけ私のこと好きなんだよ。


 ・・・・・・さすがに自意識過剰か。


 うちの母も『手のかかる娘ですけど、何卒宜しくお願い致します』なんて、だいぶ満更じゃなかったし。なんか外堀が順調に埋められているんじゃないか?

 まあ、それはそれとして、これから現実に向き合わなければ。


 既に失踪した理由は全てホテルを去る間際に手紙で書き残していた。

 当事者二人はそれを読んだようで、事の重大さを理解したようだ。

 家に帰り、スマホの電源をONにした瞬間、ジジイから電話がかかってきた。


「・・・・・・ごめん」


 開口一番に放たれた言葉は、謝罪の言葉であった。


「何が?」

「その・・・・・・あの・・・・・・」

「いいよ、私が勝手に聞いて、勝手に落ち込んで逃げ出しただけだからさ」


 ジジイはそのまま沈黙してしまった。

 永遠とも言える隔絶の時間がしばらく続いた後、耐えかねて私から話を切り出す。


「友達に戻ろう、私達。その方がお互い傷つかなくて済むよ」


 蚊の鳴くような声でジジイは頷き、そのまま電話は切られた。

 嘘のようなジジイとの交際は、呆気なく終わりを告げた。


 溜息をつき、自然と腕の力が抜け、スマホが転げ堕ちる。

 気がつけば地べたに這いつくばり、今まであげたことのないような声でひたすら泣き喚いた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 家に居ても全く気が晴れない。

 ふとした瞬間にジジイとの思い出の欠片に触れてしまう。


 このまま過去に囚われたままでは、時間を無駄に浪費するだけだ。

 未来に生きる為にはまず一歩から。


 ということで、気晴らしに隣にある神の家にでも乗り込むことにした。


 ノックをして『開けろ中に居るのは分かってんだ』と警察のガサ入れよろしく叫ぶと、困り果てた顔を浮かべ中からひょっこり神が現れた。


「どうしたの?気でも狂ったの?」

「どうにかなりそう」

「・・・・・・まあ、話は聞いているから、とりあえずお茶しながら落ち着きましょう」


 神は最初こそ腫れ物に触るような感じで接してきたが、私の状態を見かねて溜息をつきながらも、招き入れてくれた。


「とりあえず、お疲れ様、とでも言っておくわ」

「大きなお世話だ」


 玄関から廊下に進み、リビングに入る。

 私と同じ部屋の間取りであるにもかかわらず、これだけ印象が違うのは何故だ?

 装飾は最低限ながら、部屋を広く見せるために遠近法を取り入れた飾り方をしている。

 西洋ゴシック風で統一された家具の数々。白地に花柄が上品に装飾されている。

 テーブルは黒色に塗られた木製で、中央を貫くように白地のランナーが敷かれている。


「全く、アンタがそんな調子が、アタシの調子も狂うってもんよ」

「あら、意外と私の事心配してくれてた?」

「うるさい。黙りなさい」


 顔を紅潮させて私の顔から目線を逸らす。

 既に神がお茶の準備を終わらせ、テーブルに置かれる。

 カップやポットは当たり前のように高級ブランドのものが使われてる。


「どうぞ、飲んでまずは落ち着きましょう」


 お茶請けの菓子も出されるが、誰もが知る一流の名店の焼き菓子である。

 ダージリンに良く合う甘さ控えめのマドレーヌがチョイスされている。

 早速茶を頂き、マドレーヌを一口。


 これは、反則的旨さ・・・・・・!

 

「美味い、美味すぎる」

「この程度で美味いって言ってたら、普段のアタシの茶会に出れば気絶するかもしれないわね」

「そうね、今まで良いもん食べたり飲んだりしたことないから耐性ないね。そんな世界で生きたかったもんよ」

「もうアタシに出会ったんだから、そんな世界で生きているわよ、自覚してないだけで」


 思えば志成や神に出会ってから、何かと贅沢なモノやコトに触れる事が急激に多くなった。

 気づかぬうちにそういう世界に足を踏み入れていた。一生縁が無いと思っていた世界に、ほんのちょっとのきっかけで入り込めた。

 人生は何が起こるか分からない。


「ほんと、志成と神には人生狂わされっぱなしよ。どうしてくれるの?」

「どうもこうも、アンタが決めたんだから、アンタで責任取りなさいよ。アタシ達は機会を与えただけで、選び取ったのはアンタなんだから」


 何事も他人にすがって決めてはいない。

 今回のジジイのことについてもそうだ。


 私自身、今までジジイと居てとても楽しかったのは事実だ。

 あまり二人で居る時間も取れず、私の仕事の手伝いばかりさせてしまっていた。

 恋人らしいことはあまり出来なかった。というより、私自身が恋人としての付き合い方を知らなすぎたのかもしれない。


 恋人どころか人付き合いも怪しかった私が、その場の雰囲気と興味で勢いづいて付き合うことを決めてしまったので、事前準備とか出来ていなかった。

 相手が私の行動を見て、どう思うか。今まで仕事一辺倒だった私をジジイが見てどう思うか。

 今回のジジイの裏切りは、ジジイ自身の人間性の問題はあるにしろ、私自身あまりジジイに構ってあげられなかったというのも一因にあるかもしれない。


 恋人なんだし、二人で居る時間が多くなければ不満は出る。

 恋人として当たり前のことに、全く気づいていなかった。


「そうだね。選んだのは私自身。選んだ責任から逃げちゃいけないよね」


 そう私は言い放ち、テーブルにあった全ての菓子を勢いのまま食べ尽くすのであった。

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