〈第40話〉 騎士様の屋敷でお世話になることになりました

「そういえば、ここはどこなのでしょうか?」

「王都にある、シャトー家の屋敷だ」


 やはり、ここはシャトー伯爵家の屋敷だったらしい。

 本来であれば、アメリアのような田舎の令嬢が立ち入ることのない場所だ。

 予想はしていたが、はっきり言われると急に緊張してしまう。


「どうして、その、私はシャトー伯爵家のお屋敷にいるのでしょうか」

「最初は病院に連れて行ったんだが、魔法医には体に異常はないから、優先すべきは療養だと言われた。アメリアを男どもが大勢いる騎士団の屯所で休ませられる訳がないし、あの狭い借家も却下だ。もちろん、使用人のいないディーナス男爵邸に連れて行く訳にもいかないだろう。それで、信頼できる者がいる俺の屋敷に連れて来たんだ」


 さも当然のようにクラウドに言われたが、アメリアは恐縮してしまう。

 伯爵家の使用人たちにも、急な療養人で迷惑をかけてしまったのではないだろうか。

 男爵家でメイド仕事をしていたため、客人が来る時の準備がどれだけ大変か分かる。

 これ以上伯爵家の方々に世話になる訳にはいかない。

 家に帰る前に、お礼だけは直接言わなければ。

 そう思い、アメリアは口を開く。


「それは、大変お世話になりました。お屋敷の皆さまにもお礼を言わせてください」

「そうだな。これからアメリアのことを頼むことも多くなるだろうから、紹介しておくか」

「は、はい?」


 紹介とはどういうことだろう。

 アメリアはただ、世話になった礼を言いたいだけなのだが。

 しかし、クラウドはすぐに使用人を呼びに行ってしまう。

 そして、入ってきたのは、メイド服の女性が二人。


「アメリアの着替えや身の回りの世話は、この二人に任せていたんだ」


 クラウドにそう言われて、アメリアは自分が清潔な就寝用ドレスに着替えていることに気づく。

 こんな姿をクラウドに見せていたのかと思うと羞恥に襲われるが、今さらだ。

 それに、着替えをしてくれたのが同性のメイドということを知ってホッとした。


「初めまして、アメリア様。私はメイドのルニと申します」


 黒髪に茶色の瞳を持つ、キリリとした顔立ちのメイドが名乗る。


「同じく、メイドのミリーでございます」


 茶色い髪に緑の瞳を持つ、小柄なメイドがにこりと微笑む。

 ルニもミリーも、アメリアと年齢はそう変わらないように見える。

 しかし、しゃんと伸びた背筋は、アメリアにはない自信を感じさせる。

 そんな二人に頭を下げられ、アメリアも慌てて頭を下げる。


「は、初めまして。私はアメリア・ディーナスと申します。色々とお世話になりまして、本当にありがとうございました」


 なんだか緊張してしまい、噛みそうになりながらもアメリアは礼を言う。

 すると、ミリーとルニは顔を見合わせてにこりと笑った。


「お礼なんていりませんわ。お元気そうな姿を見られただけで十分です」

「そうですわ。それに、アメリア様は私たちの主人となるお方ですもの」


 彼女たちの言葉に、クラウドも満足そうに頷いている。

 アメリアは話についていけない。

 彼女たちの主人とはどういうことなのだろう。


「えっと……?」


 アメリアが戸惑っていると、クラウドが優しい眼差しで口を開く。


「ミリーとルニには、アメリアの世話係を任せることにした。この部屋も、アメリアのために設えている。これからの生活に必要なものがあれば、二人に遠慮なく言ってくれ」

「そんな、クラウド様。これ以上お世話になる訳にはいきません……私は一度、ディーナス男爵家へ戻ります」

「一人であなたを帰せるはずがないだろう。それに、あなたを王都に連れて来たのには他にも理由がある」


 そう言うと、クラウドは一度メイド二人を下がらせた。

 王都に来た理由、というのがすぐには思いつかない。

 アメリアが首を傾げていると、クラウドはアメリアがいるベッドに腰かけた。

 すぐ側にクラウドの気配を感じて、胸がドキドキしている。


「ディーナス男爵の遺言状を読むために、王城へ連れて行くと言っただろう?」


 気遣うような優しい声だった。

 クラウドの声はいつも優しくて、アメリアを安心させてくれる。

 だからだろうか。

 一人で頑張らなければならないと気を張っていた時には流れなかった涙が、いとも簡単に零れ落ちてしまうのは。

 泣き出したアメリアを見て、クラウドは慌ててハンカチを差し出した。

 

「すでに遺言状の閲覧許可は得ているから、アメリアが元気になったらいつでも行ける。そのためにも、王城に近い俺の屋敷は都合が良いんだ」


 覚えていてくれたのだ。

 事件の後処理で、副団長であるクラウドが暇なはずがないのに。

 アメリアの看病だけでなく、父の遺言状のことまで。


「うっ、うぅ、クラウド様、本当に、ありがとうございます」


 ハンカチで涙を拭いながら、アメリアは嗚咽交じりに礼を言う。

 花の姿だったアメリアを魔獣から救ってくれたあの日から、恩返しが追い付かないほどにクラウドにはたくさんのものをもらっている。


「どうすれば、クラウド様に恩返しができますか? 私、クラウド様のためなら、なんでもします!」


 潤む瞳で、まっすぐにクラウドを見つめると、何故か急に視界が真っ暗になった。

 少し息苦しい圧迫感とあたたかな温もりに、抱きしめられたのだと気づく。

 そして、耳に響くのは、通常の何倍もの速さで刻まれる心音。


(クラウド様の心臓も、私と同じくらいドキドキしています)


 そのことに気づくと、なんだか嬉しくて、アメリアは広いクラウドの背に手を回す。

 ぎゅっと抱きしめ返すと、クラウドの腕にも少しだけ力が入った。


「反則だ、こんな……可愛すぎる……はぁ、好きだ」


 クラウドが無意識にこぼす声を聞いてしまい、全身がかーっと熱くなる。

 密着している胸板は厚く、騎士として鍛えられた体は、小柄なアメリアをすっぽりと包み込む。

 アメリアとは全く違う、男性の体。

 同じ男でも、父との抱擁は安心だけを与えてくれた。

 ドキドキして、落ち着かなくて、それでも離れがたくて。

 ずっとこのぬくもりの中にいたいと焦がれる。

 自分の心臓の音がうるさすぎて、クラウドの声も心音も聞こえなくなる。

 しばらくそうしていると、先に我に返ったのはクラウドだ。


「すまない。苦しくはなかったか?」

「……はい、大丈夫です」


 真っ赤な顔のままアメリアが頷くと、クラウドは顔を片手で覆い、天を仰いだ。

 どうしたのだろう。

 クラウドは立ち上がり、ベッドから一歩離れる。

 そして、大きく深呼吸してアメリアに向き直った。


「アメリア。今回はこれだけでなんとか抑えられたが、今後はあんな危険な言葉を口にしては駄目だ」


 真剣な眼差しで、クラウドは諭すように言う。

 一体何のことかアメリアには分からない。

 アメリアはただ、クラウドのためにできることを聞いただけだったはず。


「なんでもする、なんて男に言うものではない」

「は、はい」


 クラウドが何故こんなに真剣に言っているのか分からなかったが、有無を言わせぬ圧力があったので、アメリアは反射的に頷いた。

 その返事を聞いて、クラウドは目元を和らげた。


「だが、アメリアが俺に恩返しをしたいというのなら、ひとつ頼みたいことがある」


 こんな風にクラウドがアメリアに頼み事をすることは初めてだ。

 どんな頼みだろうと、アメリアは引き受ける。

 料理、掃除、洗濯、片付け、雑用でもなんでも。


「お任せください!」


 任務では結局クラウドを心配させてしまい、恩返しが成功したとは言い難い。

 だから、アメリアは気合を入れて返事をした。

 しかし、クラウドからの頼み事はアメリアの想定外のものだった。


「俺と一緒に、王宮で開催される舞踏会に来てほしい」

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