〈第37話〉 彼女を守ると誓ったのに

「アメリア!?」


 気を失ったアメリアを抱き留めて、クラウドは焦る。

 アメリアの手には切り傷があり、血が流れていたからだ。

 彼女から抱きしめられた衝撃で、手の怪我に気づけなかった。


「どうして、こんな怪我を……」


 応急処置をして、クラウドは眉間にしわを寄せる。

 アンポクスが混じった空気が、まだ地下から漂ってきていた。

 すぐに床を塞ぎ、風魔法で空気を入れ替える。

 こんな危険な場所にアメリアを置いておけない。


「一刻も早くここから連れ出さなければ」


 クラウドは、意識のないアメリアを抱き上げる。

 華奢な彼女は羽のように軽く、少しでも力を入れると壊れてしまいそうで怖い。

 怪我をしている彼女に負担をかけないよう、クラウドは細心の注意を払いながら足早に歩く。 

 そして、ちょうど屋敷の外に出た時、ジュリアンが乗る馬車がこちらへ向かって来るのが見えた。


「クラウドっ! アメリアちゃんが急にいなくなって!」

「アメリアはここにいる。怪我をしているから、すぐに治してくれ」

「は!? なんで!?」


 クラウドが一緒にいて、アメリアが怪我をするなどあり得ないだろう。

 そう言いたげな顔を向けてから、ジュリアンはアメリアの手に治癒を施す。

 ジュリアンのおかげで、アメリアの手の傷はきれいに消えていた。

 そのことに安堵しながらも、クラウドの表情は晴れない。

 傷は消えても、その時に感じたアメリアの痛みを消すことはできないからだ。


「アメリアの怪我は俺のせいだ」


 地下に落とされた時、クラウドはアメリアを巻き込んではいけないということしか考えていなかった。

 アメリアの無事だけを願って、逃がしたつもりだった。

 しかし、優しい彼女が窮地に陥ったクラウドを置いて逃げるはずがなかったのだ。

 きっと、クラウドを助けようとしてくれたに違いない。

 ヴィクトリアやベアード博士に一体何をされたのか。

 だが、危険な二人がいる空間に彼女を残してしまったのは自分だ。


「俺が油断さえしなければ、アメリアが傷つくことはなかったんだ。それなのに」


 アメリアはクラウドの身を案じ、抱きしめてくれた。

 好きだと気持ちを伝えてくれた。

 これからも、側にいたいのだと。

 アメリアを守れなかった、不甲斐ない自分に。


「でもま、二人とも無事だったんだから、それでいいじゃない」

「アメリアが目覚めなければ、俺はあいつらを殺してしまうかもしれない」

「すでに殺気まみれよ。大丈夫、魔力切れと疲労で眠っているだけよ」


 クラウドの腕の中で、アメリアは静かに目を閉じている。

 色々なことがあったから疲れているのだろう。

 しかし、アンポクスの影響がまったくないとは言い切れない。

 アメリアが心配で、ジュリアンの大丈夫という言葉も信じられない。

 そして、アメリアをこんなにまで追い詰めてしまったのは、やはり自分だ。

 クラウドが自分を責めていると、ジュリアンに肩を叩かれる。


「いつまでそこで抱いているつもり? ちゃんと休ませてあげないと」

「あ、あぁ……」


 ジュリアンの言葉に頷き、クラウドはアメリアを抱いたまま、馬車に乗り込む。

 車内にはローレンスもいて、驚いたように目を見開く。

 そんな彼を一度睨みつけ、クラウドは向かい側に座る。

 アメリアを膝に座らせて、自分の胸にもたれさせる。


「は? 何してるの?」

「早くアメリアを休ませるために騎士団屯所へ戻るんだ」

「いや、何でそのまま?」

「馬車が揺れたら危ないだろう。これ以上、アメリアを危険にさらしたくないんだ」


 当たり前のことを言っているのに、何故ジュリアンに呆れられているのかが分からない。

 それに、アメリアが無事なのだとはっきり分かるまでは誰にも触れさせたくなかった。

 アメリアが目覚める瞬間に側にいて、安心させてあげたい。


「はいはい。じゃあ、あたしはここに残って騎士たちと合流して向かうわ」

「あぁ、頼む。地下にはアンポクスの原液があるから、気を付けろ」

「え、何それ。どういうこと」

「死んでいるはずのベアード博士がこの屋敷に隠れていたんだ。それで、アンポクスを充満させた地下に落とされてな。床はもう塞いでいるが、安全とは言い切れない」

「そうだったのね……クラウドがアメリアちゃんを手放せない理由も分かったわ」


 クラウドの話を聞いて、ジュリアンは額を抑えて頷いた。


「でも、よく無事だったわね」

「解毒剤を毒味していたからかもしれない。まあ、自分の周囲の空気を操ればアンポクスを吸うこともない」

「……簡単に言ってくれるじゃない」

「お前なら大丈夫だろう。何かあったら、連絡しろ」


 それだけ言い残して、クラウドは馬車を走らせる合図を送る。

 一刻も早く、アメリアを寝台で休ませなければならない。


(アメリア。もう一度、あなたの笑顔を見るまで、俺は生きた心地がしない)


 だからどうか、無事に目を覚ましてくれ。

 クラウドは、祈るようにアメリアをそっと抱きしめた。

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