〈第12話〉 酔った騎士様を介抱しました

 花ではなく人の姿でクラウドの前に立つことに、アメリアはかなり緊張していた。

 いくら酒に酔っているとはいえ、彼は騎士だ。

 もし意識がはっきりすれば、もう花としても一緒にいられないだろう。

 それでも。

 

「う、うぅ……」


 苦しんでいるクラウドをこのままにしておけない。

 アメリアは覚悟を決めてクラウドに近づいた。


「気持ち、悪ぃ……」


 酒を飲みすぎると、嘔吐する人もいると言っていた。

 もしかしたら、クラウドも吐いた方が楽になるかもしれない。

 でも、その前に水分補給だ。


「クラウド様、お水を飲んでください」


 家の中を掃除していたおかげで、飲み水の場所も把握していた。

 瓶に入った水をクラウドの目の前に置く。

 しかし、自分で起き上がる様子はない。


「これは不可抗力ですから、どうか触れることをお許しください」


 アメリアはクラウドの肩に触れ、ぐっと力を入れる。


「んぅ~~~っ!」

 

 意識が朦朧としているクラウドを起こすのは、かなり一苦労だった。

 ドキドキする暇もないくらい、アメリアは必死だった。

 そして、ようやく身体を起こしたクラウドに、水を飲ませる。

 顔色は少しだけだが、良くなっているように見えた。


「クラウド様、大丈夫ですか? まだ気持ち悪いですか?」


 クラウドの顔を覗き込むと、焦点が合っていなかった赤い瞳がアメリアを捉えた。


「……花の妖精が、見える」

「え?」

「もう、いなくなっていると思っていた……いや、これは夢か」


 そう呟いて、クラウドはアメリアに手を伸ばした。

 彼の大きな手は、肩まで伸ばした青紫の髪に触れ、頭を撫で、頬に触れた。

 触れられた箇所が熱を持ち、どくどくと鼓動が跳ねる。

 アメリアは、驚きすぎて動けなかった。


「教えてくれ。君が待っていたのは俺だと思っていいか?」


 クラウドにそう乞われ、アメリアは素直にこくりと頷いた。

 その瞬間、クラウドは破顔した。


(どうして、こんな笑顔を向けてくれるのですか?)


 勘違いしてしまいそうになる。

 クラウドの側には自分ではない、他の女性がいるのに。

 求められているのはアメリアなのだと。


「あぁ、君は本当に美しい」


 何度も聞いた言葉なのに、人の姿で聞くと全く違う。

 直接鼓膜に響く甘い低音は、アメリアの心を震わせた。

 うっとりと幸せそうな笑顔を向けられて、もう何も考えられなくなる。


「想像していたよりも、はるかに可愛い声だ。もっと、君の声を聞かせてほしい」

「…………」

「君の名が知りたい」


 クラウドの手がそっと頬にあてられた。

 きっと、今のアメリアは酒に酔ったクラウドよりも赤い顔をしている。

 クラウドに名を呼んでほしい。

 その低く甘い声で、アメリアを求めてほしい。

 しかし、アメリアは答えることができなかった。


「……教えてくれないのか?」

「私は、ただの花ですから」

 

 アメリアは無理やり笑みを作った。

 好きな人に本当の自分を見せることが、こんなにも恐ろしいなんて知らなかった。

 

「クラウド様、ベッドでゆっくりお休みください」


 そう言って、アメリアは立ち上がる。

 クラウドの手を引くが、彼は動かない。


「クラウド様?」

「夢から覚めても、君が俺の側にいてくれるというなら」

「……っ!?」


 これは本当に夢ではないか。

 そう思うほどに、アメリアにとって嬉しい言葉ばかりが紡がれる。


「はい、クラウド様。私はクラウド様が許してくれる限り、あなたの側に咲いています」

「そうか。それなら、安心して眠れる」


 にっこりと優しく微笑んで、クラウドはアメリアの手を握ったまま、ベッドに向かう。


「あの、クラウド様……?」

「どうした?」

「これは、その……」


 ベッドに腰かけたクラウドだが、アメリアの手をいっこうに放そうとしない。

 立ったままのアメリアは、必然的にクラウドを見下ろすかたちとなる。

 とはいえ、クラウドは背が高いので、その差はほんのわずかだ。

 むしろ、目線が近くなり、互いの顔がよく見える。


「俺の側にいてくれるんだろう?」


 ぐっと引き寄せられ、アメリアは体勢を崩してクラウドの胸元へ倒れ込む。

 そして、そのまま抱きしめられて、ベッドに横たわった。


「君のおかげでぐっすり眠れそうだ」


 今朝、花相手に謝罪していた男と同一人物とは思えなかった。

 普段のクラウドならば絶対にこんなことはしないだろうに、酒の力とは恐ろしい。


(私は、まったく眠れる気がしません……っ!)

 

 心音がバクバクとうるさくて、すぐ近くに好きな人の体温を感じて。

 花の姿の時は触れられなかった、彼の鍛えられた体。

 耳元に聞こえてくる低音は、「かわいい」「美しい」「きれい」というアメリアを褒める形容詞ばかり。

 初心なアメリアには刺激が強すぎる。


(うぅ、もう耐えられません……っ!)


 アメリアは早々にギブアップし、花の姿に変わったのだった。

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