3.いつもの日常

 マモルはある部屋に向かう。そこは母が死体となった場所。もう面影は無くなっていたが、今でもマモルはその時の光景を思い出す。思い出すだけでゾッとする物だった。

 マモルはそこに膝をつき、両手を合わせ、ブツブツと何かを言う。そして立ち上がると再び玄関へと足を運んだ。そして先ほどと同じように膝をつく。さらに今度は先程よりも声のボリュームを上げて、


「あれから10年………。やっとだ。協力者ができたんだ。性格は最悪だけど、絶対に成功できそうなんだ。俺は、アイツにかけるよ。これで、父さんと母さんの仇を取れそうだ」


 と、報告のようなものをするとマモルは自室に戻り、そのまま眠りについた。ユミの作ったご飯を食べたのは次の日の朝だった。冷めていても美味しい。ユミがマモルが朝に食べる事を予知していたように思える。


 そうして朝食を嗜んでいた頃、玄関のチャイムがなる。誰かと思っていたマモルはある一人の顔が脳裏に映った。だがそれは間違っていたようで、玄関の先に立っていたのは制服姿のユミだった。


「お前………、また学校でって言ってただろ………」


「いや〜学校の登校ついでにチャイム鳴らしてみた的な………」


「っんな苦しい言い訳通るか! 俺の家、ユミの家から見て学校と反対方向だろ。それに今は朝の6時。登校にはまだ早いぞ」


「知ってるし。ちょっとマモルくんが心配だったから見に来ただけだし。それだけだし」


「そう………。じゃ、また学校で」


 そしてマモルは玄関の扉を華麗に閉めようとした。だがそれを止めたのはマモルの目の前の存在。鬼の形相のようにこじ開けようとする。がしかし、筋力が遥か上のマモルに適うわけでもなく、その扉はそこで止まった。言うまでもなく、マモルが手加減をし、ユミの力と均衡を保ったのだ。


「なんで閉めようとするの! 外寒いんだよ!」


「え? だって学校行く途中だったんだろ? それじゃあ俺がわざわざ中入れって言ったら失礼だろ」


「むー! マモルくんそれはなに? 嫌がらせ? わかったよ! 一緒に登校したいからここまで来たの! これでいい? バカ………」


 顔を赤く染めるユミにそれ以上マモルは何も言わなかった。


 ユミを家の中に入れたあと、マモルは素早く食べ物を胃の中へ流し込む。そうしてこれまた素早く学校へ行く支度をし、二人が家から出た時刻は6時半だった。


 空色は曇天模様で、不安、不吉極まりない景色であった。


 早かったからだろう、誰にも見られずに二人は学校へ到着し、二人は同じ教室へ入って行った。


 同じ学年はともかく、同じクラスというのがまた珍しい。確率からして6分の1。だが席と席は離れている。


「ユミの席あっちなんだけど?」


「知ってる」


「じゃあなんで俺の席の隣に立ってんの? そこは座ってた方がツッコミやすかったんだけど」


「………じゃあ座る」


「………ユミさぁ、学校になると………。いや、何でもないや………」


 そうしてマモルはユミを退かし、自分の椅子へ座る。だがユミは未だに隣から離れようとしなかった。


 ―――いつもの日常である。―――何でもない日常である。



 それからしばらくして、ちらほらと生徒達が登校してくる。その時になるとユミは立つだけでは飽き足らず、椅子を半分侵略しようとする。これまたいつもの事なのでマモルは渋々椅子の3分の1分け与えた。


 朝の行事がこれで終わりかと思いきや、まだあった。今度は一人の女のクラスメイトがマモルの席へとやってくる。

 長い黒髪をたなびかせ、制服をきちんと着こなす女。まさに優等生の気品を感じるような人物であった。


 マモルの席まで来たが、要件があるのはマモルではなく別の存在。要件があるのはマモルの直ぐ隣に座っているユミにあった。これが最後の朝の行事だった。


「お、おはよー。ユミ………ちゃん………」


「…………」


 名前を呼ばれているのにも関わらず、ユミは無視をする。更にそれだけでは飽き足らず、黒髪の女とはまた別の方向を見る。


 決して嫌っている訳ではない。ただ家族とマモル以外のどの人物に対してもこれなのだ。つまりユミは重度の人見知り。見知ったクラスメイトにさえもそれが発症するレベルだ。


「あのー………、えっとー………、あー………」


「悪いけど………、あんまり何回も話しかけないでくれる? ユミも怖がるからさ。ほら、あれだよ。猫みたいなもの。気まぐれなんだよ」


「う………」


「春から頑張っているのは分かるけど………、もう秋だし、そろそろ諦めたらどうなの? やっさん」


 これはいつもの日常。つまりこの光景は日常下に起きている事だ。春先から秋の今まで休みの日以外の毎日、黒髪の女はユミにあいさつを試みる。最終的に友達になると宣言していたのにも関わらず、現在この結果であるのはマモルも思うところはある。


 だがそれとは別に、


「や………、やっさんって誰? もしかして私!? シンキ君ってもしかして私の名前覚えてないの?」


「覚えてない事もなくはなくはないけど………、シンキじゃなくてマモルでいいよ。というかそうしてもらえるといいかな、やっさん」


「いやだからやっさんじゃ無いし、やっさんどっから出てきの! わたしのなまえは、エミ! 山田 エミ………、ってユミちゃん何処行くの?」


「…………」


 マモルに自分の名前を教えるエミはマモルへの怒りを忘れる。それはエミが最も重要視しているユミが行動したからだ。

 何処に行くのか訊ねられたユミは勿論無視をする。


「どうしたユミ? 席に戻るのか?」


「保健室………」


「そっか、行ってら」


 自分の席に戻ってもエミが付いてくると思ったのだろうか、ユミはその場から逃げる様に教室を出る。それを送ろうとエミがユミに近寄ろうとするが、ユミが汚物を見る目で拒否していた為、エミはその場に留まる他無かった。

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