第29話 管理人と大貴族【後編】

 

 ケイアー公爵とミュラー伯爵が、難しい顔を見合わせる。

 リズが提示したのは、かなりの難易度。

 さらに、もうひとつ問題があった。


「五つの最大級の魔力蓄積型魔石は他国に借りるしかないぞ」

「逆に考えると、魔力蓄積型の魔石を貸すだけで世界を救う手助けは行なった、と他国の顔を立てることもできるけど」


 即座に言い返すと、公爵はギョッとする。

 八歳の幼女に言われるとは思わなかったのだろう。


「ふ、ふぅむ。なるほど、国際問題も絡んでくるか……」

「だからやることは山のようにある。他国との協力体制の構築、他国の勇者候補たちの育成、情報共有、さらに強くなる魔物の対策。ボク以外に【賢者】がいるなら、その者と協力してもいいけど」

「いや、今世界にはあなた以外【賢者】は存在しないはずだ。……そうか、確かにまずいですね」

「はわぁ〜。エーヴァンデル嬢は本当に【賢者】なのねぇ……普通の八歳だと思わない方がよさそう」

「そうだよ。ボクは【賢者】で、王国始まって以来のスピードで首席卒業したんだから!」


 なにを今更。

 そう嘲笑してみせる。

 それでなくともリズには前世の記憶があるのだ。

 まあ、前世は享年十六歳。

 今の年齢と合わせても二十四歳と、彼らに比べれば若輩者だろうが。


「わかった、我々も動こう」

「うむ、私ももちろん力を貸す。必要なら声をかけてくれケイアー公爵」

「我が家、ユスト家も協力は惜しみませんわ。……魔王が復活したら、地位だの名誉だの言っている場合ではないのでしょう?」

「そうでしょうね。ただ、魔王には属性があると聞きます。王立図書館にあった歴史書では、限界がある。禁書庫の魔王に関する記述を、読ませてもらうことはできないでしょうか?」


 見上げたのはケイアー公爵。

 さすがに渋い顔をされるが——。


「陛下に申請を出しておこう。【賢者】殿たっての願いなら、許可も出るかもしれない。それに上手くすれば他国に恩を売れる、ということだろう?」

「そうですねぇ」


 ふふふ、と二人で悪い顔をする。

 その通りだ。

【賢者】の力も知識も“賢者”のものだ。

 だが、それを使うのは“賢者”を所有する国による。

 少なくともリズの前世の国はクソだった。

 姉を使い捨てにして、リズは“性別を偽っていたから”という理由で処刑。

 もちろん、あの国は魔王の手に落ちていた、というもう一つの理由もある。

 だが——。


「前回の魔王がどのような侵攻の仕方をするのか……敵を知ることは、守ることに繋がるからな。禁書庫の件、期待していてくれ」

「ありがとう、公爵。よろしく頼みます」


 握手して、三人と別れて冒険者協会に寄る。

 ストルスのクランのメンバーが、他のクランのメンバーとともに難しい、重い空気を醸し出していた。

 ギルドの受付嬢が困り果てた顔をしているではないか。


「なにかあったの?」

「! あ、アーファリーズさーん!」


 受付嬢に声をかけると、嬉しそうな顔をされる。

 その声に振り返る冒険者たち。

 ストルスがすぐに近づいてくる。


「ちょうどいいところにきた、アーファリーズ。タイミングよすぎて逆に気味悪いくらいだぜ」

「なに? なんかあったの?」

「フェンリルが出た」

「はあ?」


 盛大に聞き返した。

 フェンリルと言ったか?


「バカな! なんで? フェンリルは北の方に出る魔物でしょ?」

「これを見ろ」

「!」


 冒険者たちが囲んでいたテーブルには、小さな檻。

 その中には、小型の白い犬が唸り声を上げて周囲を睨みつけていた。

 額に青い石——フェンリルの幼生体だ。


「殺さなかったのは賢いね。でも……」

「ああ。フェンリルは愛情深い上、群で生活する魔物だ。殺せば報復が怖い。だが……」

「がううううっ!」

「怪我してるのか」

「俺たちが見つけた時、ゴブリンに襲われていたんだ。フェンリルの群れよりはゴブリンの群れの方がマシかと思ったが……」

「げ、まさか……」

「そのまさかだ」


 ゴブリンの群れも確認されたのだという。

 冒険者クランは今、意見が割れている。

 ゴブリンの群れの対処をフェンリルの群れにぶつけて行おう、という者たち。

 ゴブリンの群れを先に叩き、フェンリルの群れをあとから叩こう、という者たち。


「前者が圧倒的だ。フェンリルは賢いからな」

「ふーん。でも君は反対なんだね」

「俺は犬好きだからな」

「なるほど」


 それじゃ仕方ない!

 と、リズも頷く。

 ベルやペッシがいるので、他の生き物との共生にはリズも賛成だ。


「とりあえず怪我を治そう」

「待て、このフェンリルの子はゴブリンの群れをフェンリルの群れとぶつける時の囮に使——」

「うるさい」


 出てきた冒険者をひと睨みで一蹴。

 物理で。


「ドルトーーーン!?」

「お、おい! なにを勝手なことを……!」

「[小治癒ファストヒール]」

「!」


 ふわりとフェンリルの子を包む光。

 怪我が治ったのを確認して、それから、目を見つめる。

 困惑気味のフェンリルの子に、微笑む。


「キミをボクの使い魔にしてあげるよ。めいを与える、汝、今をもって『スノウ』と名乗れ。アーファリーズ・エーヴェルインの使い魔となり、我が力の一片を貸し与えよう」


 拒まれるだろうか。

 そう思いながら手を差し出す。

 檻の中でじっとリズを見上げていたフェンリルの子は……。


「キャン!」

「契約成立だ」

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