第21話 ロベルトという男の子


 すん、すん、とだいぶ落ち着いてきたエリザベートを部屋に戻してからリズは地下談話室に戻った。

 残っていたのは、後片付けを買って出たロベルトのみ。

 彼はこういうところがある。

 誠実で、人に好かれようとするところが。


「皆部屋に戻ったのか」

「はい。……あの、エリザベートは大丈夫でしたか? ずいぶん長く戻ってきませんでしたけど……」

「うん、あのまま部屋に返したよ。キミも帰って寝た方が……あ」


 ロベルトが木皿を集めて重ね、トレイに載せる。

 そのあと顔を真ん中のテーブルに向けた。

 そのテーブルにはホーホゥがいる。

 怪我をして、丸いバスケットの中ですやすや眠るホーホゥが。


「……ありがとう、そうだった」

「管理人さんもたまにうっかりしますよね」

「そうだな。……ボクの使い魔にしてしまえばすぐ回復すると思うんだけど、この子は許可が必要な子だしね」

「そうなんですか?」

「そうだよ。ああ、キミも魔法使いだっけ。……でも使い魔について知らないの?」

「あ……」


 沈黙。

 思い切り目を逸らされて、恥ずかしそうに頭をかくロベルト。

 ああ、なるほどな、と少し頭痛がした。


「独学では限界があるものね」

「は、はい」

「だよね。勇者特科の生徒は学園図書館に許可がないと入れないもんね」

「はい……勇者特科の図書館も、一人だとその……色々行き詰まってしまって」

「うーん……」


 リズは[速読]と[透視]と[記憶]で本を開かないまますべて読み終えてしまう。

 内容も前世の記憶と照らし合わせてすべて解読、会得する。

 しかし魔法とは、一から学ぶのであれば素人に毛が生えた程度の者にはかなり難しい内容らしい。

 リズは天才なので難なく理解してしまう。

 でも、才能のない者はそれができないのだそうだ。

 多少才能のある者だけが、努力で高みへと少しずつ登っていく。

 リズの姉も才能はあるのだが、努力が苦手。

「アーファはすごいわねぇ」と他人事のように言うけれど、姉が努力すれば瞬く間にリズと同じ領域に立つことができるはずだ。

 だが、それを望まなかったりできなかったりする。

 それが人間であり資質であり才能。

 


「ボクはまだ教員免許がないから、教えることができないんだよね」

「そ、そうですよね」

「でもそのホーホゥはキミにお世話を任せるよ。使い魔についても校舎の図書館から詳しく書いてある本を探して持ってきてあげる。返すのは自分でやってね。わからないところがあればボクのにつきあってもらうから」

「! ……はい、ありがとうございます!」


 教えることはできない。

 だからリズの復習につきあってもらう。

 そういう建前。


「キミたちには、早く強くなってもらいたいしね」

「?」


 空に黒点が現れた。

 数百年前に魔王が封じられた空間の入り口だ。

 あそこから漏れ出た魔素が、『邪泉』を生み出しているのだろう。

 邪泉が増えれば魔物はもっと増え、巨大化し、強化される。

 邪泉を消し去れるのは勇者、または聖女のみ。

 だがこの世界には聖女が存在しないため、頼れるのは勇者だ。

 勇者候補たちは候補にすぎず、彼らの中から勇者に者の誕生を待つ他ない。

 リズはあくまでも賢者。

 勇者を導く者にすぎない。

 黒点の入り口、その空間の間隔から、入り口が本格的に開き始まるのは五年後。

 それまでに彼ら、または他国に勇者が現れるのを期待する。

 なんとも他人任せで……腹が立つ。


「それにしても、管理人さんは不思議な人ですね。どう見ても子どもなのに……年上の人と話している気分になります」

「精神年齢は年上だからね〜」

「あはは、なるほど〜」

「…………。そのホーホゥが元気になったら、ボクの仕事を手伝ってみる気ない?」

「はい?」


 ほんの少し考えてから、そう提案してみる。

 ホーホゥが体力を回復するのには、一週間ほど必要だろう。

 その間に使い魔について教えて、その後元気になったホーホゥを野生に返す。

 もちろん、お世話をしたロベルトに恩義を感じるホーホゥなら、そのまま使い魔の契約に同意するはずだ。

 人気も高く、自然バランスが関わってくるのでホーホゥを使い魔にするのは国の許可が必要。

 あのダメ王子のように強制的にホーホゥを使い魔にするのは許されていないが、ホーホゥの同意があれば話は別。


「仕事……? この寮の、管理ですか?」

「そう。新しく作ったこの談話室以外にも、寮の地下にはいろんな施設があるんだよ。掃除も管理も魔法で終わらせているんだけど、実際に行ってみたことはないんだ。でも管理人として、それはまずいだろう?」


 この寮の地下空間……正確には、勇者特科施設には、地上と同じ広さの地下空間が存在している。

 掃除はきた時に魔法で終わらせているものの、実際行ったことはない。

 この談話室も、地下に降りてすぐの空き部屋を改造したもの。

 上と同じ広さなので、まだすべてを把握していないのだ。


「生徒の意見が聞きたいんだよね。自主練に使うにしても、一度見ておいた方がいいでしょ」

「自主練、ですか?」

「そう。校庭側は、校庭よりも広い空間がある。校舎側はシンプルな鍛錬施設っぽい」

「校庭よりも? そんなに広い空間、なにに使うんですか?」

「広範囲魔法の練習には打ってつけだと思う。[耐魔法]の気配もするから、起動させると好き放題練習に使えるね。鍛錬施設は魔法使いのボクには使い勝手がわからない。誰か適当に一緒に来てもらうとしよう。ボクの方で誘っておくね」

「なるほど」


 よろしく、と言ってホーホゥをロベルトに預けた。

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