第7話 冒険者になろう!【前編】


東和海国とうわかいこく』は大陸最東端の国。

 独自の言語を使うため、あの近辺と隣接する地域は独特の言葉や訛りが入る。

 モナはそのあたりから来たらしい。

 そりゃあ口数も少なくなるだろうし、この国の中心部で生まれ育ったお嬢様たちからは「言葉もまともに話せないなんて」みたいな扱いをされることだろう。

 めちゃくちゃ動揺してしまったが、偏見があるわけではない。

 言葉とは文化。

 無理に変えるものではないと思っている。


「それに、うちは一番新しくここさ来たから……」

「ほーん、一番後輩なのか。フリードリヒは最年少と言われていたな?」

「おう! おれっち十五歳だ!」

「ほう」


 こいつ、口が軽そうだな。

 キュピーン、と目を光らせて、この際ここの生徒たちの情報を引き出すのがよいかもしれない。

 その方が色々やりやすくなる。色々。

 情報は武器。

 貴族たちはそのあたりよく分かっていそうだが、平民相手なら口も滑らせていそうだ。


「せっかくだ、今日は色々話を聞きながら魔物討伐と洒落込もう。冒険者登録を済ませたらパーティー登録をして、分け前は三等分。どうだ?」

「おれっち冒険者登録って初めてだから分かんない! 任せるよ!」

「う、うちも」

「そうか」


 フリードリヒよ、冒険者登録は基本的に一人一回だ。

 笑顔でそう心の中で突っ込みを入れ、彼がその『常識』を知らないことに全身からぶわりと変な汗が出た。


(……貴族連中はともかく、ボクはもしかしたら早まったのではないだろうか? 勇者特科の施設に入る子たち、下に年齢制限はなかったよね?)


 出る時の年齢はある。

 しかし勇者特科の施設へ入るのは、天啓にて【勇者候補】の称号が与えられたと発覚したら、だ。

 だからたとえば、生まれながらにその称号を持っていたら常識を覚える前に入れられることもあるということ。

 あの中だけで育てられ、外へ放り出される者がいるのかと思うと身の毛もよだつ。


「フ、フリードリヒはいつから勇者特科にいるんだ?」

「おれっち? おれっちは七歳の時にあそこに入ったんだ! だから、八年前かな! おれっち、こう見えても一番古株なんだぜ!」

「そうなのか……」


 フリードリヒが勇者特科に入った時、二人の候補がいた。

 しかし彼らは当時すでに十九と十七で、間もなく一人が卒業し、もう一人も三年でいなくなったそうだ。

 入れ違いに入ってきたのがエリザベートとヘルベルト。

 二人はものすごく困惑したそうだ。

 子どもの世話など、したことがなかったからだろう。

 その次の年に入ってきたマルレーネ。

 彼女は比較的子どもの世話が得意で、フリードリヒはマルレーネを一時期「姉ちゃん」と呼んでいたらしい。

 しかし、高位貴族のヘルベルトとエリザベートが「平民とか貴族」の違いを教えられて呼ぶのはやめてしまった。

 少し寂しいけれど、卒業後のことを考えるとそれがいいと判断されたのだ。

 今はフリードリヒもその意味が分かる。


「そんで、おれっちが十三歳の時にロベルトが入ってきて、モナは今年入ってきたんだよな!」

「そうなのか……じゃあ今が一番多い感じか」

「うん! そうだな!」


 彼らが入ってきた順番を聞き終えてから、思考を一巡させた。

 つまり、フリードリヒは完全に世間知らずの部類に入れて問題なさそう、ということ。

 そしてエリザベートとヘルベルトもなかなかの世間知らず。

 マルレーネは未知数だが、入ってきてからの年数を考えると同じくらい世間知らずなのではなかろうか。

 庶民感覚がない、という意味でならロベルトも怪しい。


(うーーん、こいつぁヤバいぞー)


 改めて、近いうちなにがなんでも六人全員に外の常識を叩き込まねばなるまい。

 自分の生活のためにも。

 彼らの卒業後のためにも、だ。


「よし、では今日はお前たちに一般的な仕事なども説明しながら魔物の狩り方なども教えよう。ボクは教員免許がないから、授業とかではなく、冒険者として学ぶ感じで頼む」

「? よく分からんけど分かったぞ!」

「は、はい」

「じゃあ出かけるぞ」

「おーーう!」


 フリードリヒのテンションがものすごく高い。

 彼からすれば八年ぶりの外の世界。

 門を出ると、途端に瞳の輝きが増す。

 本当ならば、彼はあと五年、ここから出ることはできなかったのだ。

 そう思えばなんとも微笑ましい。


「道をちゃんと覚えるんだぞ」

「うん! うん!」

「こんなに早くまた施設から外さ出られると、思わんかったべさ」

「そうだなぁ」


 それからテンションの高いフリードリヒが「おれっちのことはフリードって呼んでもいいよ!」とか「おれっちの父ちゃん、騎士団にいるんだ」など色々と話し始めた。

 それに呼応するかのように、モナも「うちの実家はこんなところで〜」と止まらなくなる。

 いや、喋るのはいい。

 彼らの情報は今後の役に立つと思うので。


(でもこいつらちゃんと周りの景色とか道順とか覚えてるのか? ボクみたいに[探索]の魔法が使えるならいいけど……使えなさそうだよな。迷子になりそう)


 しっかり見ていてやらねばダメだな、と強く思う八歳。

 八歳にそう思われている十五歳男子と十六歳女子。

 一応きちんとついてはくるのだが、お喋りに夢中で人が増える大通りに出ると人にぶつかりそうになる。

 なので二人の尻を引っ叩き、「落ち着け」と一喝してから冒険者協会の建物へと引き連れていく。

 なんでそんなにお喋りが止まらないのか。

 施設内でも喋る機会はありそうなものだが、モナはエリザベートがいる場所では訛りを注意されるので喋れず、フリードリヒはヘルベルトに「落ち着きがない!」と怒られるから喋るのを我慢しているらしい。

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