第6話 好きなあの子は(フィクション)

僕の好きなあの子は、洋画が好きで、いつも映画音楽を聴いているらしい。

そんなにカッコ良くもなく、特別勉強ができるわけでもない僕が、どうすればあの子のハートを射止められるだろう?


これは当時中学2年生だった私の、大きな悩みのひとつだった。


沼沢玲子、彼女は名をそういった。私と同じクラスで、私はいつも、彼女を見ると切なくて、愛しくて、胸がキュンキュンしたものだった。


隣のクラスに神川隆也という、すげえかっこいい奴がいる。勉強もできるし、バレーボール部でスポーツは万能、背も高い。

沼沢はそいつのことを好きだという噂もある。

だいたい神川なんて名前からして良すぎるじゃないか。


私は神川に彼女を取られる前に、自分が何とか取ってやろう、そういう熱情に燃えていた。


熱情? ベートーベンのピアノソナタか?


そうだ!


私は夏休みにそれを思いつき、その考えに夢中になった。


映画音楽だ!


毎年文化祭になると、体育館で色んな生徒がコンサートみたいなことをする。

1人何分とか、何曲とか決められてるんだけど、勇気のある奴はステージの上で、毎年思いっきり自己表現、自己アピールをする。


私は小学校に入る前から4年間ほどピアノを習っていた経験がある。

そして、絶対音感にも自信があった。


イージーリスニングなどのピアノ曲であれば、耳で聴いて覚えて、それを鍵盤で楽譜を見ずに再現できるのだ。


文化祭で、大抵の奴はギターなんかを弾く奴が多く、ピアノを弾く奴はまずいない。

そして文化祭では合唱を必ずやるから、間違いなくステージにはグランドピアノが置かれる。


よし!


私の勝負の方法は決まった。勿論ピアノだけではダメで、普段から彼女に好印象を与え、勉強も頑張ってどんどん発言し、彼女にアピールしていくことも大事だ。


で、映画音楽って何にしよう?


彼女に何の曲が好き? と聞いて、それを弾くのも一案だが、やはりちょっと野暮でもある。

僕が自分で彼女の好きそうな曲を選ぶしかない。


夏休みが終わり、10月の文化祭が近づくにつれ、私のピアノの練習には熱がこもった。

そして具体的に文化祭の準備が始まり、ステージは1人15分と聞いて、やっぱり沼沢に尋ねざるをえなくなった。


ある日の会話。

「俺さあ、文化祭でピアノ弾くんだ」

と沼沢に語りかけた。

「えっ、レネくんて、ピアノ弾けるの?」

「少しだけどね。沼沢さあ、どんな曲好き?

ロミオとジュリエットとか?」

「うわっ、大好き!」

あとは?

「そうだなあ。太陽がいっぱいとか、黒いオルフェとか」

「ほかには?」

「うーんとね、風のささやきとか、ある愛の詩かな」

「わかった。俺、それ弾くから。聴きに来てくれたら」

「ホント、弾くの?」

「うん、聴きに来てくれたら嬉しい」

「わかった! 絶対行く!」


半分はもう成功したようなものだ。

私は毎日毎日それらの曲を、何時間も練習した。一曲平均3分。5曲で15分。執行部にはこの5曲で登録しよう。



やがて文化祭当日がやってきた。

緊張するな!

堂々と、自信たっぷりに、15分弾き続けるんだ!


やはり皆、ギターの弾き語りをやったり、バンドを組んで演奏したりしている。


私の番になった。

舞台の袖から登場した私は、無言で一礼してピアノの前に座り、一呼吸置いてから、「ロミオとジュリエット」を弾き始めた。


体育館は静まりかえった。「ロミオとジュリエット」が終わると、拍手や応援の声が聞こえた。私は心に少し余裕が生まれるのを感じた。

「太陽がいっぱい」を弾き始めると、私は自分が演奏に集中し、調子が出るのを感じた。

「太陽がいっぱい」が終わり、私は練習してきた通り、「黒いオルフェ」をジャス調のアレンジで弾いた。

生徒たちの姿が見えた。何と、一瞬だが沼澤が1番前の方に座り、うっとりしているのが見えた。


やった!

私は心の中で叫んだ。「黒いオルフェ」が終わってもう一度客席の方を見ると、うっとりしている沼澤の横に、何と、神川が座っているではないか!


ちくしょう!

しかし、今こそ神川との差を広げるチャンスなのだ。

私は「風のささやき」を弾いた。かなりうまくいったと思う。

客席からは一曲終わるごとに拍手や口笛が湧き、私はスターだった。と、なんと、沼沢が神川と手を繋いでいる。

その時の私の動揺が想像できるだろうか?

時間がない。

私は最後の「ある愛の詩」を弾き始めた。

弾きながら、沼沢を見ると、神川の肩に頭をのせているではないか!


全曲弾き終わった私は皆の拍手や口笛や声援を背に、そそくさと体育館をあとにした。

俺のピアノはBGMじゃないんだぞ!

心の中で、そう叫んだ。

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