(3)

 東から太陽が登ろうとしていた。闇商人とすっかり話し込んでいたロキたちのサーマルセンサー探知機が鳴り響いた。


「ビーナスだ!」


 ロキは叫ぶと、キャンピングカーの運転席に駆け寄った。ウインドウを叩く前に、ジェイドが大きな音で目を覚ましていた。


「ロキ君、乗って!」


 言うと、後ろに闇商人がのそりと出て来ると、頷き、


「行け、小僧。わしはなんとかする。その代わり、妻と孫を必ず見つけてくれ」


 ジェイドはウインドウ越しに闇商人を見つけると、


「あなたは、闇商人の……!」


 言うと、ジェイドの金髪がはらりと靡いた。闇商人はそれを見て、どこか感慨深い表情を浮かべた。それから、


「お主、前に会ったことがあるのう。元気そうで何よりじゃ。お主、名前はたしか」

「ジェイドです! 」

「ジェイド……あのとき買った音楽は聴いておるか?」

「き、聞いてますよ! 闇商人さん、ここは危ないので、逃げてください!」


 ジェイドが言うと、闇商人は、じっとジェイドの顔を見て、


「ロキと言ったか。を見つけてくれよ。じゃあの」


 言って、廃墟の大通りをガタゴトと荷車を引いて歩いて行った。ロキは、闇商人を見送ると、


「はい!」


 と言って、車の中へと乗り込んだ。

 後部座席に入ると、眠っていたミルコやアディーは警告音で起きていた。車が急発進して遠心力で転がりそうになる。


「ビーナスの襲来だね。車で飛ばせばなんとかなるだろうけど」


 ミルコが窓を見てそう言った。ロキは「うん」と頷くと、まだ闇商人の姿がバックウインドウから見える。のろのろと遮蔽物のない道路を歩いているのが、ロキにはいたたまれなくなり、


「ジェイドさん! 俺、やっぱりビーナス駆除してきます!」

「車が急発進してるから止まらず行けばなんとかなるよ! 心配はいらない!」


 ロキはそんなジェイドの言葉を無視して、後部座席にある後ろのドアを開けると、飛び降りた。


「ロキ! ってもう! ゴー、ファイア!」


 ミルコもファイアを車から抜け出させロキを追随する。ロキは思い切り地を蹴り闇商人のもとへと走った。そのときだ。

 闇商人の右横からビーナスが現れ、闇商人の心臓目掛けて一発の銃弾を発射させた。


「ぐは!」


 と、ロキが追いつく前に闇商人は倒れた。荷車がガシャリと音を立てて、転倒する。ロキは、


「おじいさん!!」


 と、廃墟に響き渡る大声で叫び、闇商人のもとへと駆け寄った。ファイアが後ろから、ビーナス目掛けて飛びついた。ガシュ、噛む音が鳴り、ビーナスの首から血飛沫が溢れた。


「おじいさん! おじいさん! おじいさんっ!」


 何度も声を掛けると、闇商人は薄く目を開き、


「……孫にもう一度、会えたから、良しとするよ……ジェイド……可愛い、わしの、孫……」


 言うと、目を閉じ、握っていたロキの手から力が抜け、だらりと垂れた。撃ち抜かれた場所が悪かったようで、もう闇商人はぴくりとも動かない。ロキは、


「くっそおおおお!!」


 言うと、地面を叩き割るくらいの勢いで地を殴った。さっき闇商人と話したことを思い出していた。


『もしも俺が奥さんやお孫さんを見つけたら、俺と一緒にいい世界を作りませんか』


 二度しか会ったことの無い闇商人。優しい人だった。ロキはジェイドの名前を最期に呼んだ闇商人を思い出し、車の方へと闇商人を抱え連れて来た。


「ジェイドさん」


 停まっていた車からジェイドが降りると、闇商人を見た。死んでしまったはずなのに、どこか満足気な表情をしていた。

 ロキが、


「多分、このおじいさんのお孫さんは、ジェイドさん、あなたです」

「えっ!?」

「あなたの名前を死に際に呼んでいました。どうか、おじいさんを埋葬してあげてください」


 言われると、ジェイドは闇商人の顔に触れた。まだ温かい。ジェイドははらはらと涙を零し、


「分かった。車に載せて、D地区で埋葬するよ」

「はい」


 言って、ロキは車に運ぶと、ミルコがそれを一部始終見ていたようで、


「そこにビニールシート置いたからそこに横たわらせると良いよ……」

「ありがとう、ミルコ」


 言って、そっと横たわらすと闇商人の腕を胸のあたりで組ませた。ロキも祈るように手を合わす。アディーも闇商人の顔を見て、


「ジェイドが孫だったのか。じゃあ、じいさんから買ったっていう音楽、何かのメッセージかもな」


 そっと呟いた。それからアディーも手を合わすと、ロキが前をしっかり見つめ、


「先へ進もう」


 言うと、まだ涙を流していたジェイドが「分かったよ」と言うと、手のひらで涙を拭い、エンジンを掛けた。

 もう太陽が登っていた。雨上がりの空は美しかった。



 午前九時。砂漠地帯に入っていた。足元が悪く、車が思うように進まない。ガタゴトと車体が無駄に揺れる。

 ロキは窓を見ながら哀愁漂う様子でじっとしていた。アディーが、


「ロキ、寝なくて大丈夫なのかよ」


 声を掛けると、


「うん、眠くないんだ」

「そうか。あんまり無理すんなよ」

「分かってる」


 言うと、じっと窓を見つめ、歯を食いしばっているようだった。闇商人は孫には会えた。でも、妻には会わせられないままこの世を去った。

 そういう人間がこの世界には沢山いて、アディーもミルコも人の子だ。

 アマテラスプロジェクトがどういう経緯で子どもを産ませ、この世に排出しているのか全く検討が付かない。

 ロキ自身は生み出された理由すら分からないし、早くあの通信してきた父親と思しき男に会って、問い詰めたいと思う。ロキはぎゅっと拳に力を入れた。


 相変わらず車は安定しないまま、昼になろうとしていた。そのとき、サーマルセンサー探知機が鳴り響いた。ミルコが、


「くそ! こんな足場が悪い場所で囲まれでもしたら面倒だよ! ビーナスを退治するしかなさそうだ、ロキ、準備して!」

「分かってる」


 言うと、ロキはいつでも外へ出れるように、木刀を握りしめた。しばらく車が進むと、ビーナスが一体立っているのを目視した。ロキは、


「俺が行くから、ファイアを援護に」

「了解!」


 言って、ロキは後部のドアを開けると、車から飛び降りた。足が砂にもつれてしまうが、なんとか足を踏ん張り、ビーナスの方へと走る。後ろからファイアも駆け寄ってくるが、ファイアは自分の重さで砂に沈んでしまうようで、なかなか進まない。

 ビーナスはロキたちを見つけると、棍棒を振りかざして走ってくる。軽快な足取りだ。砂漠での戦闘に慣れている様子だ。

 ロキはビーナスとの距離を縮めた。木刀を掲げると、ビーナスの棍棒よりリーチがあったため、それを腹に薙いだ。「ぐえ!」と言って、ビーナスは、かはかはと唾を垂らす。ロキは、木刀を振り上げると、そのビーナスはそれに気付いたようで、身体を逸らした。ロキは、ビーナスの顔を見て、イロハを一瞬思い出すも、目を閉じ、思い切り頭蓋を破壊した。ゴキ、という鈍い音がして、ビーナスはその場で崩れ落ちた。

 それを見て、ロキは鬼気迫る表情浮かべた。ここに倒れているのはビーナスであって、イロハじゃない。

 そういうロキの中に新しく芽生えた感情が自分の中に湧いているのがひしひしと分かる。ロキは咄嗟にビーナスの付けていたサーマルセンサー装置を外すと、


「おい! そこにいるのは誰だ! お前らを俺が潰しに行ってやる! 首を洗って待っていろ!」


 言うと、サーマルセンサー装置の向こうからはノイズが走っていたのが途端プツンと切れた。

 ロキははあはあと胸で呼吸を何度も繰り返す。それからサーマルセンサー装置を踏みつけると、車の方へと戻って行った。そこに待っていたのはミルコだった。


「ロキ! 何してんの! サーマルセンサー装置に向かって喋ったら僕たちの居場所分かってしまうかもしれないんだ。何勝手なことしてるの!」


 ミルコに叱責され、ロキは未だ整わない呼吸で、


「ごめん。なんかムカついてしまって」


 言うと、車に乗り込んだ。ミルコは深く嘆息すると、ファイアを連れて車に乗り込んだ。

 車の中で闇商人の遺体を見ると、やっぱり心が疼く。ロキは、シートに埋まると、


「寝るよ」


 と言って、目を閉じた。アディーはそれを見て、危うげなロキを心配する。アディーは薬の効果もあって、だいぶ身体が楽になっていた。今すぐにでもロキを慰めたかったが、纏っている空気に気圧され、声も掛ける事ができなかった。

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